11 悪役令嬢、戦略を練る。
「ああ、来たんですか。義弟君」
午後からずっと姿を見せなかったフォルッツがやって来たのは両親と義弟が去ってしばらくしてからのことだった。
目が虚ろなのは来客のバタバタに巻き込まれていたからに違いない。
なんせ一国の王子が事前連絡もなく押しかけて来たのだ。
そしてやっと帰ったと思ったら今度はコンラート。
後者は身内のようなものだけれども、立て続けの来客に城内も私も大忙しで、フォルッツの所在などとんと頭の中から抜け落ちてしまっていた。
彼は今でこそ私の護衛騎士ではあるけれど、その前に古参。
騎士団長の父にくっついて小さい頃から城内にいたから、ほとんどの者と親族レベルで親しい。
手が空いていれば(空いていなくとも)給仕だろうが薪割りだろうが窓ふきだろうか頼まれることはしょっちゅうで、だからいない間何をしていたか、なんて余裕で想像できる。
しかし護衛騎士が護衛しなくてどうする。
王子だから大丈夫? 義弟になるから大丈夫?
そんなお花畑な危機感のなさだとしたら護衛騎士は失格と言わざるを得ない。
「その言い草。もしかしなくてもコンラートが来ることを知っていたのかしら?」
「あ、いや」
しかもコンラートが来ることを事前に知っていたような、その口ぶりは何だ。
〝大丈夫〟の理由が”安全な人となり”だったとしても、従者が私より先に義弟の人間性を知り得ることがあるだろうか。
まして、知っていて私に伝えないだなんて。
「フォルッツ」
「ええと」
「フォルッツ。怒らないから言いなさい」
「そう言って怒るじゃないですか」
「私の言が信用できない、と? ああ、自らの護衛騎士にすら信用されないだなんて……そうね、私は悪役令嬢ですもの。誰かに信用されようなんておこがましい考えだったのね」
「違いますって!! 以前から義弟君を迎えるって話はあったんですよ!」
「……詳しく」
「うっ」
そして聞き出したフォルッツによると、両親は兄が帰って来ないことを見越して、かなり前から跡継ぎ候補を探していたらしい。
優秀だし剣の腕も確かだから王城の騎士団に入ったら手放してもらえないだろう、なんて親馬鹿すぎる理由だが、実際に(別の理由だけれども)手放してもらえなくなっているわけだから、先見の明があったと言うべきかもしれない。
世界の歪みは過去まで改変できるのではないか、と言う疑問にも、一応は『否』と言う答えが出たわけだ。
が。
別の視点から見ると、私はそんな両親の暗躍も知らずに『兄を王都に追いやった』と浮かれていたことになる。
跡継ぎはもう私しかいないと思い込んで。
将来設計については私も隠したりしなかったから、わかりやすく両親にも伝わっていただろう。だからこそ両親はこのことを私に言わずにいた。
そればかりか使用人にも緘口令を敷いた。
つまりは知らないのは私ひとりだけだった、と。
「知っていて言わなかったわけね」
「あー……だって義弟君が来ればお嬢様は辺境伯を継がなくても良くなるでしょう?」
「私が此処を継ぐために剣や魔法の鍛練をしていたのはフォルッツだって知っていたでしょう? コンラートの存在はその努力が無駄になることを意味しているのよ? なのに」
「そうなんですけどね。なんて言うか、継がないほうがお嬢様は自由になれるんじゃないかな、とか」
フォルッツは口籠る。
何年も私の隣で”女領主になる野望”を聞いていたにもかかわらず、結局は彼も”家を継ぐのは男子”思想からは抜け出せなかったと言うことなのだろう。
〝継ぐ子がいなければ養子を迎える〟のが貴族社会の通例だからフォルッツの考えは決して咎められるものではないが、私の考えを汲み取らない護衛など、護衛でいる必要はない。
そうだ。そう考えれば、ずっと顔を出さなかったのも他の手伝いで奔走していたのではなく。
私とクリストファーの婚約に喜んだのも束の間、その縁談を私が蹴ったことを知り、失望しすぎて顔を合わせられなかったのかもしれない。
私は視線を合わせようとしないフォルッツを見据える。
断罪されるあの夢で、この男は笑いながら手を叩いていた。あの時は何故私の不幸を喜ぶのだろうと思ったけれど――。
遠くない未来、私の周囲が敵だらけになることを考えれば味方の数は多いに越したことはない。
が、フォルッツはいずれ私の敵になるかもしれない。あの夢に意味があるのなら。
勝手に期待して勝手に失望して、その繰り返して感情がマイナスになって。その自分勝手な怨みを私にぶつけて来るなんて甚だ迷惑でしかないけれど、もしそうなら、所詮その程度の男だったということだろう。
「継がなかったら縁談が組まれて何処かへ送られるだけのことではなくて? 今回はクリス様だったからまだ良かったものの、何処ぞのご老体の後妻だの、言葉も通じない外国だのって話が来るかもしれないのよ? それの何処が自由なの?」
「うっ……いやまぁ……そうなんですけど」
全く。
クリストファーと言うフラグをひとつ消したつもりだったのに、代わりにフォルッツと敵対するフラグが立ちそうだ。
今後もこんなフラグ連鎖が続いていくのなら、クマッティの希望どおり、根源である転移者をどうにかしたほうが早いのかもしれない。フラグ回避よりも先に。
「ほ、ほら! それより、例の乙女ゲーム的なナントカってのには義弟も出て来るんでしょう? 警戒するに越したことはないですよね」
空気が悪いのを察したのか、フォルッツは声を張り上げた。
矛先を自分から逸らすために話題を変えようとするのはいつもどおりだが、その”いつもどおり”の振る舞いが今はやけに空々しい。
「うむ。確かに悪役令嬢の義弟はヒロインの攻略対象になりやすいのぅ」
そしてクマッティはと言えば、フォルッツが機嫌取りに持参した焼き菓子を咀嚼しながら、まんまと話題転換に乗せられている。
私としてはこの際フォルッツの立ち位置をはっきりさせておきたかったのだが、必要以上に突いては反感を買うことになりかねない。だから今はまだ泳がせておいたほうがいい……クマッティの態度はそんな意味を……いや、脳が綿でできている奴がそこまで考えているはずがない。
「その警戒すべき義弟が来た時にいなかったのは何処の誰だったかしらね」
「こいつじゃな。儂はおった」
そう。
クマッティはただ単に長いものに巻かれる主義なだけだ。
神としてその考え方はどうよ、と思うが、そもそもこんな日和見主義だからトラウラが増長したに違いない。
と言うかクマッティ。
ぬいぐるみなのに食べるのか。
食べると言うことは出すのか。
真剣に考えなければいけないのに頭がそれを拒絶しているのか、妙な下ネタばかりが浮かんで困る。
もし心を読まれて『出すとも!』と穴(もしくは出すところ)を見せられるのは冗談でも嫌だ。
別のことを考えよう。そう、義弟。義弟の話題!
「義弟ルートの破滅フラグ回避方法というのもあるにはあるのじゃが」
その甲斐あってか、無事下ネタは回避された。
が、どうにも心を読まれているようで素直に喜べない。
「何か問題でも?」
「義弟ルートのフラグ回避は〝義弟を苛めない〟が鉄板なんじゃが、それは義弟が幼くして連れて来られた場合にのみ効果があるのじゃ。右も左もわからん子供が義姉から執拗な苛めを受けることで怨みと敵対心を宿すわけじゃからのう。しかし、まさかあんなにデカい義弟では」
「そうね。苛めたら返り討ちにあってしまうわ」
「お嬢さまは返り討ちをさらに返り討ちにしそうですけどね」なんて言う、ここぞとばかりのフォルッツの呟きは無視させて頂いて、私は数時間前にできたばかりの義弟を思い浮かべる。
あの目つき。並大抵の嫌がらせ程度では屈しそうにない。
だが苛めていない今なら少なくとも怨みは買われていないわけだし、だとすれば目つきの悪さはただの生まれつき。過度に心配することではない。
もっとも、一筋縄ではいきそうにない胡散臭さはあるけれど。
「もういっそのことコンラートもマツリカにくれてやろうかしら」
「は?」
私の提案にフォルッツが引きつった笑顔のまま固まる。
「だってその乙女ゲームの中じゃ義弟もヒロインの攻略対象なんでしょ?」
クリストファールートが確定すればコンラートはヒロインと恋仲にはならない。
しかしヒロインに好意を持ったままなら──ただの第三者で終わってくれるなら問題ないが、私のフラグ回避の邪魔をされては困る。
私はこのストーリーの流れを知らない。
クマッティが語るのはあくまで〝鉄板〟でしかない。
誰が攻略対象なのかも、何処で誰がヒロインと出会うのかも、何処で破滅フラグが立つのかもわからないのなら、全ての攻略対象をマツリカに押し付けたほうがずっと楽だ。
私はクリストファーにもコンラートにも未練があるわけではないし、それ以外の攻略対象候補とされる彼らの友人・知人もどうでもいい。
私を巻き込まないのなら、勝手にハーレムでも修羅場でもやってくれて構わない。
むしろしろ、修羅場。
貴様らが面白おかしく踊ってくれたほうがこっちは仕事がやりやすいってもんよ、と口に出しては言わないが、蟲毒の虫のように互いに食い合って潰れてくれればいい、とは思う。
「──私を誰に差し上げる、と?」
「だからマツリカに、ってコンラート!?」
そして噂をすれば何とやら。
声のしたほうを振り返ると、冷ややかな目をしたコンラートが開け放たれた扉の前に立っていた。




