10 悪役令嬢、義弟ができる。
「うむ、さすがは儂が見込んだだけのことはある! うまく婚約を回避したのう!」
疲れ果てて部屋に戻ると、クマッティが『こうなることはわかっていた』とばかりの顔でふんぞり返っていた。
案の定、私と同じ意匠のドレスに身を包んでいる。
無性別なぬいぐるみだから許されるが、爺さんが着ていると思うと疲れも倍増だ。言わないけれど。
「社交性のない陰キャ~なのに棘ばかり吐きよる~だと思っていたが、王子相手にあれだけ喋れるのなら上出来じゃ。案外王族の嫁も務まるのではないかの?」
「冗談が過ぎてよ。一生分の社交を使い果たしてしまったわ」
自他ともに認める引き籠り令嬢の割にはよく喋った。一生分と言うのは決して比喩などではない。
でもこれは全て私の平穏な未来のため。うん、頑張ったわ私! その代償がジジイのドレス姿と言うのは解せないけれどっっ!!
私はクマッティを凝視する。クリストファーが視線で令嬢を射殺せるのなら私だって掌サイズの綿の塊を燃やすくらいできるはずだ! ……と思いたかったが、さすがにそれは無理らしい。
それにしても。
まさか材料までは同じではないだろうが、職人の腕をもってしても一ヵ月かかったドレスと同じ意匠を、その数十分の一の大きさとは言え数時間で縫い上げるとは。この腕、はっきり言ってメイドにしておくには惜しい。
私はこの場にいないメイドの腕を絶賛しつつ、そっと白い物体からは目を逸らす。
「王子との婚約。それが破滅の第一歩。何の捻りもない定番の流れじゃが、だからこそわかりやすかったのう。まぁこれも全て儂が先の展開を教えておいたおかげではあるけれどもっ!」
視界からは外れたものの、機嫌のよさそうな声は続く。
ドレスが気に入ったのか、イベントが予測どおりに来るのが嬉しいのかは不明だが。
「この分だと貴族ばかりが通う学園に編入してくるヒロインとか、攻略対象が通りがかった時に限って木の上から落ちて来るヒロインとか、廊下でいつも攻略対象にぶつかるヒロインとかもあるに違いない。今から想定して対策を練っておくが良いぞ」
「は?」
想像したこともない内容のオンパレードだが、それらのイベントが今後発生する予定なのだろう。
しかしヒロインが異質すぎる。令嬢が木に上るとか、三番目なんてどう考えてもストーカーの手口じゃないか。これが定番とは乙女ゲーム恐るべし。
「クマッティ。その学園のことだけれども」
「うむ。学園に入学すればマツリカは必ず現れるんだから、楽と言えば楽じゃの」
こちらはまだ歪みの元となる転移者が誰かも──マツリカという名前しかわかっていない。その名すら正解とは限らない。
しかし、だからと言って何もできずにいるわけではない。
クマッティの説によれば、決して道が交わることなどない攻略対象と悪役令嬢とヒロインは今後、学園で出会うことになっている。
まぁ、クマッティが列挙したような奇行に走る令嬢なら学園の外でも十分見つけられそうな気がするが、問題は、まず──。
「大事なことをお忘れでなくて? そもそもこの国には学園など無いと言うことを」
この国には公的な学園がない、に尽きる。
乙女ゲーム的な世界では、ヒロインは貴族しかいない学園に唯一、平民の身分で入学してくる。
確かにそれなら見つけやすいが、残念なことにこの国には貴族専用の学園などないし、鋭意建設中でもない。子供の教育は各家ごとに家庭教師を付けて、と言うのがこの国のやり方だ。
それに婚約などと言う、あるとしてもせいぜい紙きれ一枚の約束ごととは違い、箱物は一朝一夕でできるものではない。いくら転移者の影響力が強くても無理というものだろう。
「いや、この捻りのない展開で確信した。学園は必ずできるし、お主はそこに通わざるを得なくなる。マツリカに新たなストーリーを生み出すようなクリエイティブさがあえば要注意じゃが、この分ならそんなこともないじゃろう」
「要は鉄板展開と言うことね」
しかし、全く予測不可能な学園とやらに放り込まれて、学園生活などという未知の世界で、何処の誰かもわからない転移者(チート能力持ち)と戦うなんて、異世界では鉄板でも私には初見。上手くできるとは言い切れない。
クマッティから預かっているチートクラッシャーはそれ自身チート能力なスキルではあるけれど、武器ひとつが突出して良くても勝てるわけではないのだ。
「ともかく破滅フラグはひとつ減ったわけだわ。あとはマツリカとクリス様でよろしくやって下されば」
ともかく。そう、ともかく。
来ない未来に悩むよりは、今、ひとつ解決したことを喜ぼう。
そもそも断罪だの処刑だのと言う話は、いつまでも婚約者の座にしがみつく私を排除するのが目的。私が快く婚約者の座を明け渡せばいいだけの話だった。
マツリカはクリストファーと結婚できるし、クリストファーは跡継ぎを作る責務を全うできる。
私も面倒な役割や人付き合いに神経を削られることなく、此処でのんびり暮らせる。
悪役令嬢が主役になる系のストーリーでは、平民出身の娘の学のなさに元婚約者が『こんなはずではなかった』と絶望する展開が続くらしいが、そのあたりは私の管轄ではないし、淑女教育の教師にしても私以上の適任者はいくらでもいる。私にお鉢が回ってくることはない。
まぁ、どれも真実の愛とやらがあれば乗り越えられるだろう。頑張れ心の友よ!
「まぁ……悪役令嬢がヒロインに敵対しないのはフラグ回避の常套手段じゃからの。あえて奇策に走らず、先人に倣うのも良かろうて」
しかしクマッティはと言えば、あまり喜んでいるようではない。
クマッティにしてみれば、私の破滅フラグ回避よりも転移者のチートスキルを消し去って世界の歪みを正すことのほうが真の目的なのだから、是非ともマツリカと対決してほしいのだろう。
しかしものには優先順位というものがある。
私は世界や神どもがやらかしたことの尻拭いよりも、私の命が大事だ。
「転移者の能力を考慮すれば、私の破滅フラグ回避と転移者のスキル消滅を同時に行うのは無謀ですわ。だったら断罪までの期限が限られている私を優先するべきだとお思いにはならなくて?」
それにマツリカだって、攻略対象を手に入れた後のほうが隙ができるはず。
「私の命より優先させるものなどこの世にはなくってよ? それにそんなに急ぎなら創・造・神・様・が、自ら手を下されればいいだけのこと。今の今まで〝何処の誰だかわからんのじゃ〟とか言いながら惰眠の限りを尽くしておいて、急げと言うのは矛盾の塊ですわね。
創・造・神・様・も、神を名乗られるのでしたら万民が理解し、共感できるご指示をなさいませんと」
「……うう……そ、それは、」
そんな折だった。
ドアがノックされる音がしたのは。
私はとっさにクマッティにクッションを押し付ける。
モギャ、と一声鳴いてクマッティが動かなくなったと同時に、両親が入って来た。母が妙に晴れがましい顔をしているのが不安を煽る。
ほんの少し前、『クリストファーとの話は白紙になった』と伝えた時には、口から泡を吹いて倒れそうになっていたのに。
何だ?
王城から『婚約破棄は嘘ぴょ~ん』なんて伝書でも来たのか?
「本日何度目かのごきげんよう、お父様、お母様。今日はよくお会いする日ですわね」
「そう嫌味を言うもんじゃない。今しがたコンラートが到着してね。夕食にはまだ間があるし、城内の案内も兼ねて顔見せに来たんだよ」
コンラート?
首を傾げる私の前で両親は左右に分かれた。
その間から現れたのは緩いウエーブのかかった黒髪の美青年。全体を見れば憂いを帯びたもの静かな印象を与えるが、切れ長の目に野心の色を感じるのは私だけだろうか。
青年は私の前に来ると軽く室内を見回し、それからふわりと微笑んだ。
「はじめましてマルグリット様。私はコンラート・オーエン。ルブローデの遠縁にあたります。今日から──」
「お前の義弟になる」
「はあああああああ!?」
義弟!?
婚約者(候補)を追い払ったばかりだと言うのに、今度は義弟!?
私は『義弟』と言い放った父を凝視する。どう見ても嘘をついているようには見えない。
そればかりか納得済みのその顔は何だ?
義弟を迎え入れることは前々から決まっていたとでも!?
もし世界の歪みが過去まで改変することができるのだとしたら、兄の件も突然始まったのではなく、過去からアレコレがあったことになっているかもしれない。
マズい。これはゆっくりしていられない。
でもその前に義弟ー---!!!!
「うむ! そうきたか! やはり悪役令嬢には美形の義弟が必須だからな!」
「何か言ったかい? マルグリット」
「何も言っておりませんわ!」
クッションの下で叫んだクマを力の限りに押さえつけ、私は義弟と紹介された青年に向き直す。
ああ、この顔。そう言えば夢の中にいた気がする。
フォルッツたちと一緒に満面の笑みで手を……断罪される私に向かって手を叩いていた。
婚約者。そして義弟。
本来ならどちらも縁がなかったはずなのに、断罪シーンを再現するためだけに私の周りに集まって来る。
これも全て転移者の影響なのか!?
この分だとクリストファーをマツリカに譲ろうが何をしようが私が処刑される運命は変わらない、なんてことにならないだろうか。
そんな中。
ふと思いついた不安がもうひとつ。
「お父様。まさか貴族の子弟ばかりが通う学園に行け、などと仰ったりはしませんわよね?」
例の〝学園〟も現実になるかもしれない。
この短期間で婚約者と義弟が出てきたことを考えれば、今存在しないからと言って数ヵ月後も存在しない確証は何処にもない。
「おや、知っていたのかい? 実は魔法省の提案で魔法の基礎教育をする場を作っては、という話があってね。空いている建物を使って来月から実験的に開校することになったんだよ」
ああ!
婚約者に義弟に、今度は学園!!!!
いや。
まだだ。まだ手はある。
学園に入学しなければいい。そうすれば断罪シーンの舞台となる卒業パーティとやらにも出ないで済む。
マツリカをあぶり出すには入学するのが一番の早道だが、婚約者と義弟というフラグがいきなりふたつも立った今、それ以外の破滅フラグは立つ前に極力排除していきたい。
「お父様、私は学園になど、」
「うむ、お前は魔法属性的に誰かと共に学ぶと言うのは向いていないかもしれないが、まぁ良い機会だからコンラートと一緒に入学するといい。手続きは済ませておいたよ」
行きません。断ります。と続けたかった言葉は、父の声にかき消された。
向かないとわかっていて! 本人の了承も得ないで! 何勝手に手続きしているのだこの親は!! と思いつつも、
「学園内は平等だと言うし、お前のやや難のある素行もそれほど咎められはすまい。ついでに友人を得ておいで」
と言われては反論できない。
ついでを装ってはいるけれど、やはり私が他の貴族令嬢たちと親しくなれずにいることを気にしていたのかもしれない。私は気にしていないのに。
「そうそう、学園にはクリストファー様も通われるそうだ」
「そうですよマルグリット。婚約が白紙になったとは言え、リベンジのチャンスはまだあります」
父に続いて母も畳みかけて来る。
何のリベンジだ! って言わなくてもわかっているけれど!
でも!
それが一番のネックなんですが!!!!




