23 悪役令嬢、逃走する。
クリストファーの目に信頼の二文字が見える。
少し前まで私のことを断罪しそうな顔で睨んでいたと言うのに、ちょっと掌返しがすぎると言うか、他人を信じすぎると言うか。
そんな風だから木の上から降ってきた怪しい女なんぞに運命を感じてしまうのよ。
ああ、彼が第三王子で良かった。
今しがた彼が王位に就く可能性を説いたばかりだけれども、本当に王になった日にはあっさりと悪い輩の口車に乗って国を滅ぼしかねない。
しかし運がいいことに、マツリカの本命はクリストファーではないことが判明した。
だとすれば、彼が王位に就くことも当初の予定どおり、ない。
当人はまだマツリカのことを〝真実の愛〟だと信じているようだけれども──。
「だから、これを機に私も寮生活を体験してみようと思う」
──他人の恋路がどうなろうと知ったことではないし、むしろ破談になって攻略対象から脱落してくれれば、クリストファールートの破滅フラグが全滅してくれるのだから、私にとっては有難い。
って、そんなことよりも!
どさくさに紛れて爆弾発言しませんでしたかクリス様!?
「今、何と!?」
「だからね。新たに始めるものと言うのは多かれ少なかれ不備が出て来るものだろう? 実際に使ってみなければ気付かない不都合とかね」
「ご実家すぐ其処じゃないですか!」
思わず指さした先にはホイップクリームみたいな形の尖塔が見える。
此処から徒歩で五分もかからない位置に従僕がズラッと控えた我が家があるのに、何故わざわざ〝不備があるかもしれない〟寮に入る必要がある!?
「はっはっは。私が寮にいればマツリカも心強いじゃないか」
「はぁ」
近くにいたほうが心強いかもしれないけれど、それは諸刃の剣。
華々しい活躍ができれば株も上がるが、何もできない印象を持たれれば最悪、関係が消滅する。
そして大抵こういった場合の不具合は『食材が届かない』とか『灯りが点かない』とか『毒蛇が出た』とか『水から悪臭がする』とかと言った、一国の王子がどうこうできる範囲を超えたサバイバル系が多いのだ。
第一、マツリカは本命だと思っていないのだからそんな危険な橋を渡らなくても!
「学園は社会の上下関係などなく皆が平等に扱われる場所だろう? 私たちが同じ制服に袖を通しているのがその証だ」
突然、クリストファーはそんなことを言いだした。
だから何だ? 学生の大半は通学者で、むしろ寮生は少ない。
平等と言うのなら王城から通うべきだと思うのだが。
学生は制服の着用が義務づけられている。
勉学に努める場に身分差、衣装の華美さは関係ないから、揃いの制服を着用するのはむしろ理に適っている。学生間の平等を表すのに制服ほどわかりやすいものはない。
貴族ばかりの園に平民が乗り込んで来ることを知っている身としては、富裕具合がわかってしまうドレスを禁じて制服を採用するのは全てマツリカのためのお膳立て、としか思えないけれど。
「だから私が寮に入ることだって何ら問題ない!」
クリストファーは見ろ、とばかりに制服に包まれた自分の胸を叩く。
正装すれば第三王子の印として勲章が並ぶその左胸も、今は他の男子学生と同じだ。
「陛下からも此処では第三王子ではなく、ただのクリストファーとして振る舞えと言われている」
「……御立派なお考えですわ」
確かに、学園内が平等という考えは評価できる。
転移者による歪みという理由を除けば、テオルクとも話したように『親の権力やコネで才能を水増しすることなく真に優秀な者を手に入れたい』という理由がこの学園創設にはあったのだろう、と推測もしている。
社会の身分制度をそのまま持ち込んでしまったら、爵位が下の者に対して勝敗を分ける競技で負けを強要するような理不尽な要求の温床になりかねない。
〝真に優秀な者を〟という当初の意図も汲めない。
けれど!
「王城の暮らしと寮生活はあまりにもかけ離れ過ぎておりませんこと? 私でも戸惑うことがありますのに」
サバイバルな不具合を予測されている場で、第三王子が何の役に立つ!?
趣味が野外活動と自炊だとでも言うのか!? それが本当なら今頃コーネリアは山ガールと化しているはずだ!
『機転でどうにでもできるだろうが』と『同じ寮生活仲間として良い見本に』の中には『何か問題が起きたら戦地の知恵で助けてね♡』が入っていたのでは? と今更ながらに心配になって来る。
冗談ではない。
こっちは何人いるかもしれない攻略対象の動向を把握するのに忙しいのに、〝第三王子のわくわくひとり暮らし~ちょっぴりサバイバル~〟の世話までやっていられない。
入寮して一日しか経っていないが、従僕ひとりで今までの生活を維持するのは無理と言っていい。
例えば食事ひとつ取るにしても、昼食は学園の食堂が使えるが朝と晩は寮備え付けの小さな厨房設備で、料理人でもない従僕が作ることになる。
メイドのペトラなんて『週に五日はシチューですけどいいですか!』と言って来た。ぬい服作りは店が持てるレベルだが、料理の腕はそれほどでもないらしい。
貴族の屋敷では大抵、料理人は別にいるから、他の従僕たちも似たようなものだろう。
「さすがはマルグリット。早速不備に気がつくとは!」
クリストファーは何処かの教師のように手を叩く。
いや、私でなくても気がつきますって。
食事を筆頭に不自由な生活を強いられることがわかっているからこそ、寮住まいを希望する学生の数が極少なんです。
起床から就寝まで誰かの手を借りなければ何もできないボンボンなんてすぐに音を上げるのがオチ。それがわかっていて寮を希望するとか馬鹿ですか?
そう言いたいが、攻略対象の心証は下げられない。
「でも問題ない。王城の料理人を数名、学園の厨房に呼び寄せたからね。ひとり分も数十人分も同じだし、寮生の分も全部こちらで賄うことにしたよ」
って王子ーー!?
環境に自分が合わせるのではなく、環境を合わせるのですか!?
確かに連日シチューよりは王城の料理人が腕を振るってくれたほうが有難いけれど、でもひとり分増えるのならともかく数十人増えても同じって、料理人さんも気の毒に。
「ほら言うだろう? 〝同じ釜の飯を食った仲〟って。やはり同じ国の貴族同士、足を引っ張り合うよりも仲間意識を高めるべきだと思うんだ」
これは誰かに『仲間って素晴らしい!』的なことを吹き込まれたのだろうか。例えばこの学園プロジェクトを成功させたい誰か、とか。
テオルクは『一度潰れてしまえばいい』とまで言っていたが、『膿』ことプロジェクトが成功すれば甘い汁が吸える誰かは当然いるわけだし、そんな彼らは良いことしか言わないものだ。
だが仲間意識はともかく、そんな思いつきにGOサインが出たのは無料で毒見役が手に入るから構わない、と言うところもあるのだろう。
王城の料理人が毒を盛るとは思わないが、例えば少し痛んでいたり、古くなって毒素が発生したり……でも寮生が王子と同じものを食べるとなれば、食の安全は確保されたようなもの。
クリストファーは安全に食事ができるし、私たちも毎食、美味しい食事にありつけるとなれば、
「いいのう! 日常生活でどれだけ多くの接点があるかが恋愛ゲームの醍醐味だからのう!」
「……のう?」
「あ、ちょっとルブローデの方言が出てしまったわけですわ! のう! なーんて!!」
クマッティーーーー!!!!
その思いついたらすぐ口に出す癖をどうにかしろーー!
「私! 急用を思い出したので失礼させて頂きますわ!」
突然割り込んできたクマの声に、私は即座に身を翻した。
下手に弁解したら墓穴を掘る。こういう場合は逃げるに限る。
時間が経てば、『のう』がルブローデの方言だと勝手に納得してくれる!!
クリストファーの「ああ、夕食の席で会おう」と言う声に、頭を下げるために立ち止まって振り返ると……マツリカが口角をつり上げて私を見ていた。
「嫌ですわ。これだから考えなしにポンポン喋るクマは!」
「すまんのう。思ったことは口に出さずにはいられない素直な性格なんじゃ」
「口が軽いと言うのですわ!」
「まあまあ、良かったじゃないですか。マツリカ嬢から『〝のう〟だなんて語尾は聞いたことがなかったから少数民族の出身なのかと思ってしまいましたわ~』なんて返しが来なかっただけ」
クマッティをなじる私をフォルッツがとりなす。
が、あの女がとっさにそんな返しができるとはそもそも思ってない。
もし知恵が回る女だったとしても、乙女ゲームのヒロインは攻略対象の前ではか弱い女を演じなければいけないのだから、相手を言い負かす姿など見せるはずもない。
そんなことよりクマッティだ。
今ので存在がマツリカにバレたかもしれない。
マツリカは気付かなくても彼女の近くにいる(かもしれない)トラウラなら気付く。
奴はディナエルがクマ化した時にはカジウラの傍らにいた。が、〝勇者カジウラの冒険〟が『功績を認められ、辺境伯の養子になりました』と言うフィナーレを迎えた今、もうひとりの転移者・マツリカの助力に向かうはずだ。
「でもこれで攻略対象がかなり絞られるわ」
〝寮生の食事は食堂で〟が日常化されれば、マツリカは毎食を王子と、いや他の寮生とも共にすることができる。
マツリカのために寮ができた、と言う考え方から推測するに、きっと攻略対象は全員寮生、もしくはこの夕食会に顔を出せる人物だろう。
通常では考えられない斜め上仕様だが、これなら男爵の養女でしかないマツリカでも、身分差のある彼らと恒常的に接点を持つことができる。
木の上から降ってきたり廊下で何度もぶつかったりする女など、普通は運命よりも意図的な危険を感じるものなのだから、いくらマツリカでもその手は何度も使えないだろう。
現在、寮生は二十人もいない。
全学生&職員合計一〇〇人に比べれば、見つけ出すのは格段に楽になる。
後は実際の夕食会で、マツリカが誰に目を付けるかを確認して……。
「……コンラートがいるぞい」
マツリカ対策で回り始めた私の頭は、だがしかし、クマッティのその声に止まった。
見れば、廊下の先に義弟がいる。
が、様子がおかしい。
「入学早々喧嘩かしらあの子は」
あの不愛想さと初対面から喧嘩腰に突っかかって来る性格をもってすれば、友人よりも敵を作るほうが早いだろうとは思っていたけれど。
そのまま見なかったことにしてもよかったのだが、相手がコンラートから何かを奪ったのが見えた。
白い、片手で掴めるモノ。私にはひとつしか思い当たらない。
コンラートなら少しくらい痛い目を見たほうがいろいろと反省する部分もあるのではないかと思ったが、ディナエルが危険にさらされているとなれば話は別だ。
「そこ! お待ちなさい!」
私は足早に彼らのもとに向かった。




