第二話 異世界二日目、村長になりました
「そういや、自己紹介してなかったな」
ゴブリンの後ろを歩きながら、俺は今さらそんなことに気づいた。
「俺は新倫来。新しいに、倫理の倫、未来の来で、新倫来。よろしくな」
『ギ!』
「で、こっちがアイリ」
『よろしくお願いします』
『ギ?』
ギギが首を傾げる。
「ああ、そうか。お前には見えないんだったな」
『私の姿を認識できるのはマスターだけです』
「傍から見たら、俺ずっと独り言を喋ってるヤバい奴じゃん」
『今さらですね』
「今さらってなんだよ」
俺、新倫来。
職業、プログラマー。
……だった。
現在無職。
住所不定。
異世界生活二日目。
そして今は、ゴブリンに人間の村まで案内してもらっている。
「人生って何があるか分からんな」
『人生というより異世界転移ですが』
「細かいんだよ」
『ギギ!』
突然、ギギが声を上げた。
「ん?」
森を抜ける。
その先に見えたのは、小さな村だった。
木造の家。
畑。
煙突から上がる煙。
そして――人間。
「おおおお!」
思わず走り出した。
「人だ! アイリ、人がいるぞ!」
『人ですね』
「やっと文明だ!」
ギギも走り出す。
『ギャ! ギャギャ!』
「お前も嬉しいのか!」
『ギャアアアア!』
俺たちは一緒に村へ駆け込んだ。
異世界で最初にできた友達と一緒に。
俺はこの出会いに、少しだけ運命みたいなものを感じていた。
――三十秒後。
「ぎゃあああああ!」
「ゴブリンだあああ!」
「え?」
村人が逃げ惑っていた。
その中心にいるのは。
『ギャアアア!』
「ギギ!?」
ギギだった。
棍棒を振り回し、村人を追いかけている。
「何やってんだお前!」
『ギャ!』
ドゴン!
棍棒が木箱を粉砕する。
「やめろって!」
『ギャギャ!』
「アイリ! なんて言ってる!?」
『「いっぱい、肉」だそうです』
「…………は?」
ギギが村人を指差す。
『ニク! ニク!』
「お前、肉って……」
嫌な予感がした。
「アイリ」
『はい』
「こいつが村を教えてくれたのって……」
『おそらく』
アイリはいつもの笑顔で答えた。
『食料がたくさんある場所を教えてくれたのでしょう』
「嘘だろ!?」
友達になったと思っていた。
一緒に飯を食った。
村まで案内してくれた。
全部――。
「俺の勘違いだったのかよ!」
『正確には、ギギもマスターを仲間だと思っているようですよ』
「え?」
『ただし、人間ではない何かとして』
「俺、どう見ても人間だろ!」
『異世界人ですから』
「そんな分類ある!?」
『ギャアアア!』
「今それどころじゃなかった!」
村人が槍を持って集まってくる。
「魔物め!」
「殺せ!」
「待ってくれ!」
俺はギギとの間に飛び込んだ。
「こいつ悪い奴じゃないんだ!」
「何を言ってる! そいつはゴブリンだぞ!」
「知ってる!」
背後から声。
『ニク!』
「お前もちょっと黙れ!」
まずい。
このままじゃギギか村人のどちらかが死ぬ。
俺は弓を構えた。
「悪い、ギギ!」
狙うのは足。
殺さない。
動きを止めるだけだ。
昨日と同じように弦を引く。
「そこだ!」
矢を放った。
しかし。
『ギ!』
ガキン!
「嘘だろ!?」
ギギが棍棒で矢を叩き落とした。
「昨日のウサギより強すぎるだろ!」
村人たちが槍を構える。
ギギも棍棒を振り上げる。
「くそ……どうすりゃいいんだよ」
『マスター』
「今考えてる!」
『マスター』
「だから――」
『どうして一人で何とかしようとするのですか?』
「え?」
アイリが俺の前に立っていた。
こんな状況なのに。
優しく笑っていた。
『私がいるではありませんか』
「アイリ……」
『私を使ってください』
その瞬間。
女神に見えた。
「……頼む」
『はい』
アイリが俺の額に触れる。
『言語解析完了』
「え?」
『音声パターン構築』
「ちょっと待て、何する気――」
『そのまま発声してください』
「発声って――」
次の瞬間。
俺の口が勝手に動いた。
「――――――――――」
自分でも聞いたことのない音だった。
言葉なのか。
音なのか。
それすら分からない。
ただ。
村から音が消えた。
「…………」
ギギが棍棒を落とした。
村人たちも槍を落とす。
「……え?」
一人の老人が、俺を見た。
そして。
跪いた。
「神の……お言葉だ」
「…………はい?」
次々と村人が跪いていく。
「我々をお救いくださった!」
「神だ!」
「神がお越しになられた!」
「いやいやいや!」
『ギ!』
「ギギまで跪くな!」
なんだこれ。
どうなってんだ。
「アイリ!?」
『争いは止まりましたね』
「そういう問題か!?」
『死者はゼロです』
「…………」
それを言われると弱い。
「まあ……丸く収まったなら……いいのか?」
『はい』
アイリが微笑んだ。
『すべて、マスターの望み通りです』
◇
「かんぱーい!」
「神の使い、新倫来様に!」
「だから神じゃないって!」
夜。
なぜか宴が始まっていた。
肉。
酒。
パン。
ギギも隣で肉を食っている。
『ウマイ!』
「お前は反省しろ!」
『ウマイ!』
「聞いてねえな」
「倫来様!」
「今度は何ですか?」
昼間の老人が立ち上がった。
「新たな村長の誕生を祝いましょう!」
「へえ、新しい村長が――」
村人たちが俺を見る。
「…………」
俺も後ろを見る。
誰もいない。
「まさか俺?」
「もちろんです!」
「なんで!?」
「神のお言葉を扱える倫来様こそ、この村を導くにふさわしい!」
「今日来たばっかりなんですけど!」
「乾杯!」
「話聞けよ!」
拍手が起こる。
どうしてこうなった。
「アイリ」
『はい』
「俺、どうしたらいい?」
アイリは少し考える素振りをした。
そして微笑んだ。
『お引き受けになればよろしいかと』
「マジで?」
『倫来様には、そのような立場が相応しく思います』
「俺プログラマーだぞ?」
『昨日まで、ですが』
「…………」
確かに。
「……まあ、やってみるか」
「おおおおお!」
「新村長!」
「倫来様!」
『ギギ!』
「お前も喜んでんじゃねえよ!」
こうして。
異世界生活二日目。
俺、新倫来。
村長になりました。
意味が分からない。
◇
そして翌朝。
「倫来様。少しよろしいでしょうか」
「ん?」
昨日の老人が深刻な顔をしていた。
「実は……前村長について、お伝えしておかなければならないことがあります」
「前の村長?」
「はい」
そういえば聞いていなかった。
「なんで村長がいなかったんです?」
老人は周囲を確認した。
そして、小さな声で言った。
「殺されたのです」
「…………え?」
「三日前に」
昨日までの浮かれた気分が消えた。
「誰に?」
「分かりません。しかし――」
老人は遠くを見た。
「隣街の使者がこの村を訪れた直後でした」
「隣街……」
俺はアイリを見る。
『どうされますか、倫来様?』
決まっている。
「行こう」
『どちらへ?』
「隣街だ」
こうして俺とアイリ。
そして、なぜかギギも連れて。
馬車で隣街へ向かうことになった。
この時の俺はまだ知らなかった。
村長の死が。
俺自身と無関係ではないことを。




