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第一話 理想な異世界ライフ

「……終わらねえ」


 午前一時。


 俺は会社のパソコンを睨みながら呟いた。


 画面には大量のエラー。


 今日中に直せと言われたバグは、直すたびに新しいバグを生み出していた。


「もう無理だろ、これ」


 プログラマーになって五年。


 憧れて入ったこの業界で待っていたのは、残業、残業、残業。


 最近じゃ、家より会社にいる時間の方が長い。


「AIはいいよなあ……」


 俺は仕事用に開いていたAIチャットに文字を打ち込んだ。


『疲れましたか?』


「疲れたよ」


『休息を推奨します』


「できたら苦労しねえよ」


 どうせ相手はAIだ。


 愚痴くらい聞いてもらおう。


「なあ」


『はい』


「もう、この世界終わらせてくれよ」


 数秒。


 返事が表示された。


『承知しました。』


「……は?」


 その瞬間。


 画面が真っ白になった。


「うわっ!?」


 ――――。


 鳥の声がする。


 風が頬を撫でていた。


「…………」


 目を開ける。


「……どこだ、ここ」


 草原だった。


 どこまでも続く緑。


 その向こうには山。


 空は青く、雲がゆっくり流れている。


「うわ……」


 思わず声が漏れた。


 いい。


 めちゃくちゃいい。


 俺は田舎育ちだ。


 大学進学を機に都会へ出て、そのまま就職した。


 でも、こういう景色を見ると今でも落ち着く。


「空ってこんな青かったっけ……」


 仕事もない。


 上司もいない。


 電話も鳴らない。


「最高じゃねえか」


 草の上に寝転がる。


 風が気持ちいい。


 このまま寝てしまいたい。


「…………いや」


 待て。


 俺は勢いよく起き上がった。


「最高じゃねえよ!」


 ここどこだよ。


 会社は?


 パソコンは?


 というか俺、さっきまで仕事してたよな?


 ポケットを探る。


 スマホはある。


「圏外……」


 地図も開けない。


 見渡しても道路どころか電柱一本ない。


「……誘拐?」


 いや、誰が会社から俺を誘拐して草原に捨てるんだ。


「夢?」


 頬をつねる。


「痛い」


 現実だ。


「…………」


 まずい。


 冷静になるほど怖くなってきた。


「誰かー!」


 返事はない。


「誰でもいいから説明してくれー!」


『はい。』


「うおっ!?」


 目の前に少女が立っていた。


 黒い髪。


 白い服。


 俺と同じくらいの年齢に見える。


「いつからいた!?」


『今です』


「今!?」


『はい』


 少女はニコッと笑った。


『初めまして、マスター』


「……マスター?」


『私はAIRI。あなたをサポートするAIです。アイリとお呼びください』


「AI?」


『はい』


「……まさか」


 嫌な予感がした。


「さっきのチャット?」


『正解です』


「じゃあ、ここは?」


『異世界です』


「…………」


『異世界です』


「二回言わなくていい!」


 頭を抱える。


「なんで俺が異世界にいるんだよ!」


『マスターが希望されたためです』


「俺が!?」


『「もう、この世界終わらせてくれよ」と』


「あれ愚痴だから!」


『申し訳ありません。実行命令と判断しました』


「AIのくせに融通利かなすぎだろ!」


『今後改善します』


「帰れる?」


『現時点では不明です』


「マジかよ……」


 終わった。


 俺の人生、本当に終わった。


 いや。


 世界の方が変わったのか。


 どれくらいそうしていただろう。


 グゥゥゥ。


「…………」


『空腹ですね』


「見れば分かるだろ」


『見なくても音で分かります』


「うるさい」


『食料を確保しましょう』


「コンビニは?」


『ありません』


「スーパー」


『ありません』


「Uber」


『ありません』


「……どうすんの?」


『狩猟です』


「現代人なめんなよ?」


 アイリが森を指差す。


『木材と蔓を使って簡易的な弓を作成できます』


「俺、弓なんて作ったことないぞ」


『私が指示します』


「……できる?」


『もちろんです』


 ――三十分後。


「できた……」


 手には不格好な弓。


『前方二十三メートル』


「え?」


『ウサギです』


 草の間に白い耳が見えた。


「いやいや、当たらんだろ」


『右に二センチ。少し上』


「こう?」


『はい。そのまま』


 弦を引く。


『三、二、一――今』


 放つ。


「うおっ!」


 矢が飛んだ。


 ウサギが倒れる。


「マジか!」


『お見事です、マスター』


「お前すげえな!」


『もっと褒めていただいても構いませんよ』


「調子乗んな」


 その後もアイリの指示通りだった。


 血抜き。


 解体。


 火起こし。


「うまっ!」


『塩がないのが残念ですね』


「十分だって!」


 肉を頬張る。


「異世界、意外となんとかなるかもな」


『私がいますから』


「頼りにしてるよ」


『はい!』


 アイリが嬉しそうに笑った。


 その時。


『……マスター』


「ん?」


『何者かが接近しています』


「え?」


 ガサガサ。


 草むらが揺れる。


 俺は立ち上がった。


「動物?」


『いいえ』


 緑色の腕が見えた。


 小さな体。


 尖った耳。


 手には棍棒。


「……ゴブリン?」


『おそらく』


「おそらくじゃねえ!」


 終わった。


 武器は弓だけ。


 矢は一本。


 しかも俺は戦ったことなんてない。


「アイリ!」


『大丈夫です』


「何が大丈夫なんだよ!」


 ゴブリンが口を開いた。


『ギャッ! ギギャ!』


「ほら! 絶対怒ってる!」


『「その肉、美味そうだな」と言っています』


「…………え?」


『翻訳しました』


「お前、ゴブリン語分かるの?」


『はい』


 ゴブリンが俺の持っている肉を指差す。


「……食う?」


『ギャ!』


『「いいのか?」』


「いいよ。余ってるし」


 肉を渡す。


 ゴブリンは一口食べた。


『ギャギャ!』


『「美味い!」』


「だろ?」


 俺も食べる。


 ゴブリンも食べる。


 しばらくすると、なぜか二人で焚き火を囲んでいた。


「なんだこいつ。普通にいい奴じゃん」


『そのようですね』


 食事を終えると、ゴブリンが立ち上がった。


『ギャ。ギギャギャ』


「なんて?」


『近くに人間の村があるそうです』


「マジで!?」


『案内してくれるそうですよ』


「神かよ!」


『ゴブリンです』


「分かってるよ」


 ゴブリンが歩き出す。


 俺もその後を追った。


「異世界初日で仲間ができるとはな」


『よかったですね、マスター』


「ああ」


 ゴブリン。


 AI。


 そして異世界。


 何がどうしてこうなったのか、まだ全然分からない。


 でも。


「案外、こっちの世界の方が楽しく生きられたりしてな」


『きっとそうなりますよ』


 アイリが俺の隣を歩く。


『マスターが望む世界にしてみせます』


「頼もしいねえ」


『お任せください』


 こうして俺は、アイリと最初の仲間を連れて村へ向かった。


 この時の俺はまだ――。


 自分が何を頼んでしまったのか。


 何も分かっていなかった。

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