Act・3
「いつもながら見事だな。」
「また記録更新したんじゃないのか?」
村の広場にドンッと巨大な猪が鎮座し、村人達がその周りに集まってきている。
事件が起こったとかではなく、この村の若手ナンバー1コンビの成果を称えに来たのだ。
「ラッキーだったよ、このサイズは滅多に出会えないからな。」
「いや、普通出会っちゃダメなサイズだろこれ。どう考えても死ぬわ。」
「がっはははっ!こいつらにとっては幸運なことなんだろうよ。なぁ、セト、ノア。」
「勿論!」
「いい獲物だってはしゃいで突っ走らなければ文句ないな。」
「う゛っ…」
しれっと小突く俺に顔をくしゃりとしかめるセト。
そうすれば途端に広場は笑いに包まれ、その騒ぎのまま解体だと村の腕自慢が巨大な猪の解体に取り掛かる。
その光景をぼんやり見学しながら、傷一つない右手に視線を落とす。
5年前は包帯でぐるぐる巻きになっていた両腕、今ではすっかり良くなり鍛錬の甲斐あって怪我をする頻度も少なくなってきている。
けれど、やはり攻撃魔法は使えないままであり攻撃手段も見つからないまま月日が流れ俺とセトは10歳になった。
(最初の2年ぐらいは結構焦ったもんだけど、一向にセトが旅立つ気配もなければ、魔物が再度襲ってくる気配もない…街に繋がる道の土砂がまだ撤去されていないから世界情勢がどうなってるのか分からないのが痛いな…)
俺が眠っていた時の襲撃以降、魔物の気配はない。
もしかしたら、早期開始ではなくゲームの年齢になるまで事態は動かないのではという予想も立てられるがそれを裏付けるためには街にでて世界の状況を知る必要があった。
しかし、セトが聖剣を手にする前に起きた土砂崩れの規模はかなり広かったらしく復旧の目途は全く立っていない。
幸いにも俺とセトが見つけた穴場で採れる木の実やきのこ、薬草で隣村から物資の取引ができているので村に影響はないがこのまま手をこまねいているわけにはいかない。
(今考えらえる早期開始以外の可能性は、セトが魔物の襲撃を防いだことでこの村だけがゲームの筋書きから外れてしまっているって可能性だけど、聖剣がセトの手にある時点で考えにくい事でもある…う~ん…やっぱ、一度街に向かうべきだよなぁ。)
「なーに難しい顔してんだよ、ノア。」
「セト。」
「おっちゃんにサイズ聞いたら最高記録更新してたぜ!!俺の剣とノアの魔法があればどんな獲物だって仕留められそうだな!」
「油断は禁物だぞ、今日だって一人で突っ走ったじゃないか。」
「ごめんごめん。」
「ったく…」
苦笑いを浮かべながらも楽しそうに次の狩りに向けて話をするセト。
この無邪気な笑顔が旅に出た途端に失われるかと思うと、やはりセトにはこのまま村で過ごしてほしいと思ってしまう。
(そういや、タイミング逃し続けて聖剣の事セトに言えてないままだな。もしかして、それも関係あったりするのか?確かにゲームのセトは俺の助言を聞いて聖剣の正体を知った後に旅立った…ん?あれ?いや違う、俺がセトに言葉を残せたのは今際の際だったから伝えられたのはほんの些細な事だけだった、だから聖剣の正体なんてものは話せていない、はずだ…)
ゲームのノアは村が襲撃された時に急いで戻ってきたセトが手にしていた剣を見て、その剣が聖剣で世界を救う唯一の希望だと告げる。
その後、戦闘チュートリアルに移行しノアのアナウンスと共に村を襲撃した魔物を一掃するのだが全てのチュートリアルが終了した後、生き残った魔物に背後を取られたセトを庇って死亡する。
絶命する際、ノアはセトに街に向かって装備を整えろと言い残し街方面のルートが解放されるのだ。
それが、ゲームでのノアの役割であり最後のはずなのに一瞬脳裏に過った光景は似ているけれどまったく違った。
(あの時は確か…そう、今みたく狩りに出ていて俺だけ先に帰ったんだ…アイツ(・・・)の誕生日だから、急いで準備しないとって…だけど、村は魔物に襲われていて…戦ったけどダメで…それで…それで……)
「…ぁ…ぉ……ノア!!」
「うわぁ!?な、なに?」
「何はこっちのセリフだ。さっきからずっと考え込んでるし、何か悩み事か?」
「え、あ…そういうわけじゃ、ないんだけど…」
(今、俺は何を考えていた?)
セトの声に引き戻されるのと同時に、先程まで脳裏に浮かんでいたはずの事は綺麗さっぱり消えていた。
何か、とても大切なことを考えていた気がするのに全く思い出せずその前に考えていた事から推測しようとしても全くと言っていいほど思い浮かばなかった。
歯の奥に何かが詰まったような強烈な違和感があるが、目の前で心配そうにこちらを見つめるセトを放置して考え込むわけにもいかず当たり障りのない言葉で誤魔化す。
「なんでもないよ。」
「そんなんで誤魔化せると思うか?」
「あー…本当に大したことじゃない。そろそろ武器を新調したいなぁと思っていただけだから。」
懐から杖を取り出せば、セトはようやく納得してくれたらしい。
狩りに出られるようになってからずっと使い続けているせいで、杖の心臓部たる魔水晶に濁りが出始めていた。
魔水晶が完全に濁ってしまえば杖はただの棒切れ同然になってしまう為、まだ使えるうちに新しいものを用立てるか修理屋に持ち込まなくてはならない。
咄嗟に思いついた話題ではあるが、これは使えるかもしれない。
「確かに、かなり使い込んであるな。」
「だろ?だから街までのルートを考えてたんだ。」
「ルート?」
「そ。いつも使う所は土砂で塞がったままだから、隣村を迂回するルートか山越えルートの二択になる。山越えの方が迂回より距離的には近いけど危険性は高いから安全を取るなら遠回りだけど迂回の方がいいからさ。」
「なんでだ?確かに山越えは危険だけど、俺とノアなら山の魔物だって敵じゃないだろ?」
「あのな、お前まで村離れてどうすんだよ。俺と違ってセトの剣は修理も調整もいらないだろうが。」
もしセトが村を離れている間に襲撃が起こり、村が壊滅でもしたらセトの精神的ダメージはかなり高いだろう。
確証らしい確証が何もないこの状態で、セトがむやみに村を離れるのは避けたいのだ。
「え?」
「いや、え?じゃないわ。セトは留守番!俺が帰るまでに今日よりもデカい獲物狩っておけよ。」
「嫌だ。」
「じゃあデカくなくていいから沢山狩っておけよ。」
「それも嫌だ。」
「はぁ?お前狩り好きじゃないか、何が嫌なんだよ。」
「ノアが一緒じゃなきゃヤダ。ノアがいないなら狩りなんてしない。」
「俺が居なくてもセトなら危なげなく戦えるじゃないか。それに、狩りをしないと食料がなくなって餓死しちまうぞ?」
「いい。ノアがいないなら生きる気なんてない。」
「セト…?」
ぎゅっと俺に抱き着いてくるセトの様子に、首をかしげる。
セトが聖剣を手にした日に俺が大怪我をしたせいで前より過保護になったとは思っていたが、今の言動は過保護で済ませられる範囲を超えている。
「どうしたんだよ、セト。様子がおかしいぞ?」
「ノアが悪いんだろ。俺を置いていくから、ずっと傍に居るって約束したのに、俺を置いていこうとするから…」
「置いていくって、ただ街に杖を新調しに行くだけだろ?ちゃんと帰ってくるし、延いては無事にお前の傍に居ることに繋がるんだから。少しだけ我慢してくれよ。」
「嫌だ、もう我慢は嫌だ。」
幼子を宥めるように頭を撫でてもセトは嫌の一点張りでまったく聞き入れくれない。
俺としてもここまで様子のおかしいセトを置いて村を離れるのは気が引けたが、どのみち杖がなければ狩りは勿論、セトを守ることも助けることもできなくなる。
俺に制作系スキルがあればよかったが、残念な事にこのゲームにそんなスキルはないしもしあったとしても前世を含めて手先不器用人間には縁遠いスキルだ。
いよいよ困ったと途方に暮れていると、不意に視界がぼやけ始める。
眩暈を起こした時に似ているのに、身を襲うのはどちらかといえば睡魔に似ていてぐらぐらと頭が揺れる。
(い…ったい…)
身を襲う現象を疑問に思う暇もなく、俺の意識はあっという間に沈んだ。
「…認めない、ノアが俺の傍を離れることは……ノアが俺を置いていくならその時は…今度こそ世界を壊してやる…」
≪技術向上を確認。新たな干渉領域の獲得を確認。≫
*
「んっ…」
目が覚めると、そこは慣れ親しんだ自室だった。
窓を見れば空は夕日色に染まっていて、かなり長い時間眠っていたのだと悟る。
(えっと確かセトと狩りをして、杖を新調しなきゃならない事をセトと話している間に寝落ちた、んだよな多分…なんで?)
確かにあの猪は自己最高記録ではあるが、攻撃魔法が使えない俺は専ら援護が仕事であり大量に魔力を使ってもセトから流れ込んでくる膨大な魔力で疲れることは殆どない。
むしろ、特攻役であるセトの方が寝落ちて然るべきなのに対して疲れていない自分が寝落ちるのは不可解だった。
なにより、疲労したからと言って眩暈と睡魔を足して2で割ったような状態に果たしてなるものなのだろうか?
(分からん…まさか、病気とかじゃないよな?)
≪否。貴方は至って健康体。≫
(うおっ?!鞘か…なんか久しぶりだな。)
≪意思を伝える必要性を認められなかったので、沈黙していた。≫
(左様で。てことは、今は何か伝えることができたってことか?)
≪是。≫
5年前のあの日に聞いた声と同じ声が久方ぶりに語り掛けてきた。
あれ以来どんなに呼びかけても返事を返してくれなかったのに、何があったのかと少しだけ警戒する俺の胸から突如光が放たれた。
ギリギリ目を開けていられるぐらいの光だが、眩しさよりもいきなり自分の体から光が放たれたことに驚愕し顔を青くする。
「なっ?!は!?」
≪顕現を確認。≫
「はぁ?!顕現ってなにが…杖?」
動揺して声を荒げる俺とは裏腹に静かに鞘が告げる。
そして、その通りに目の前には美しい装飾が施された見事な杖が浮かんでいた。
植物の蔓のような細工が幾重にも施され持ち手の上には、大輪の花を模した巨大な魔水晶がつけられている。
「すげぇデカい魔水晶…こんなの見たことないぞ…」
杖はつけられた魔水晶の大きさで能力が決まる、目の前の杖に施されている魔水晶の大きさはラスダン付近で手に入る最強装備の杖よりも遥かに大きかった。
つまり、この杖はラスダン付近で手に入る装備よりも高性能という事になる。
「どういうことだよ鞘…鞘?」
呼びかけても一向に返答が来ない。
杖を出して終わりかよとツッコみたくなるが、5年間の沈黙を破って態々声をかけてきたのだからきっと違う。
恐らく、手に取れという事なのだろう。
ゆっくり、恐る恐る手を伸ばし掴んだ杖は、妙に手に馴染んだ。
「すげぇ…こんなに大きいのに、軽い…」
≪貴方を使い手と認識しているが故の軽量。≫
「うお?!」
杖を手にした途端にまた話しかけてきた鞘にいきなりはやめろと内心呟きながら、手に持った杖に視線を戻す。
何度見ても見事な杖だ、こんな立派な杖があれば態々街に行かなくてもなんとかなるだろう。
少しだけ街で魔導書なるものも見て、新たな魔法の開拓をしてみたかった気もするがそれはもう少し先の楽しみに取っておくことにする。
(それにこんな立派な杖なんだ、攻撃魔法が使えなくてもアイツを救うことだってできるかも………?)
アイツって、誰だっけ?
≪回路の構築を確認、魔力の導入を開始。≫
「へ?なにして…光った!?」
≪貴方の魔力で杖を満たす。これにより、杖との結びつきを強化。≫
「それが強化されると何があるんだ?」
≪貴方の身体能力が向上。≫
「それはいいな!あ、でもデメリットとかあるのか?」
≪是。ただし、それは既に徴収済み。≫
「既になんか取られてんの!?ちょ、待て待て!そういうのは先に俺に確認してくれ!何取った?!」
≪貴方の要求を拒否。全ての決定権は使い手に集約されている。≫
「は?どういうことだよ、さっき俺を使い手として認識してるって言ってたじゃないか。」
≪回答を拒否、私には権限がない。≫
一体全体どういうことだ、使い手として認識しているくせに決定権がないだなんてそれではまるで俺以外にこの杖の使い手がいるみたいじゃないか。
納得できずさらに言い募ろうとした俺の耳が、外の騒がしさを知らせた。
いつもならこの時間は殆どの村人が自宅に帰り、夕食の支度やら明日の準備やらを始めているので騒がしいこと自体は不自然ではない。
だけど、その騒がしさがいつものとは違っていた。
「なんだ…!?」
窓から外を覗いてみると、村の入り口付近に人だかりができていた。
まさか魔物の襲撃が起こったのかと杖を手に急いで外に出るが、予想に反して魔物の姿は欠片もなかった。
「どうしたんだ?」
「ノアか。いやな、ミルロの奴が村の外でひでぇ怪我人見つけてきたんだよ。かなりの重症で村に運び込んだらしい」
「怪我人?」
ミルロは俺と同い年の少女であり、俺と同じくあまり活発に外へ出ていくタイプではないが、芯がしっかりしているのでよく小さい子の面倒を見る器量良の子だ。
そんな彼女が連れてきた怪我人が誰なのか気になった俺は、人の合間を縫って人だかりの前までたどり着くと驚愕に目を見開いた。
ミルロが必死で手当てしている血塗れの怪我人は、ミカエルだったのだ。
「なっ…」
「!ノア!お願い、手を貸して!!」
どうしてここにミカエルがいるのか、どうしてそこまで重症なのか、疑問は尽きないが一先ず今はミカエルを救うのが最優先だと手にしたばかりの杖に魔力を籠める。
攻撃魔法が使えない代わりに、それ以外の魔法は熟練の魔法使い並みに使えたおかげで酷い怪我は殆ど回復させることができた。
だが、傷は癒せても流した血が戻るわけではない。
「一先ず怪我は治したけど血を流しすぎているから暫く安静にした方が良い。」
「ありがとう、助かったわ。」
「その、ミルロ。彼は一体…」
呼吸が安定したミカエルにミルロが安堵している横で、聞きたくてしかたなかった疑問をぶつける。
だが、妙な事を口走ってはいけないという意識が強すぎて漠然的な問いかけしかできなかった。
もう少し語彙力というものを身に着けようと内心肩を落としている中で、ミルロは俺の言いたいことを正確に読み取ってくれた。
「私が薬草を摘んでいたら急に現れたの。多分、魔物に襲われて命からがら逃げてきたんだと思うわ。」
「魔物に?」
「ええ。私が見つけた時、剣を手にしていたから。」
確かゲームではこの時期、魔物に憑依された両親に命じられて悪事に手を染めていたはずだが具体的にどういう悪事をしていたのかは明記されていない。
そもそも、ミカエルが悪事をしていたこともミカエルがセトに自分で告白することで判明したぐだいだ。
【両親に言われたとはいえ、悪いこともたくさんやった。勿論、償うつもりだが俺が罪を犯した事実は消えない。】
【確かにお前の言う通りだ、でもだからって死ぬことが贖罪か?お前が死んで誰かが喜ぶのか?むしろ、お前の罪を許さない奴からしたら激怒ものだろうぜ。】
【何故だ?害悪が滅びるのだぞ?】
【それが分からねぇから激怒するんだよ、馬鹿野郎。】
(そういって牢屋からミカエルを引っ張りだして一緒に救済の旅に出るんだよなぁ~きっとグラフィックに力を入れていたらかなり美麗なスチルになった気がする…って、今はそっちじゃない。)
トリップしていた意識を何とか呼び戻して現状の整理を再開する。
もしミカエルの状況がゲーム通りならば今彼は両親に命じられて何か悪事を働いている真っ最中という事になる。
剣を手にし、尚且つここまで酷い怪我を負っている所から荒事なのは間違いないが初登場時からかなりの強敵だったミカエルをここまで追いつめる相手とは一体何者なのだろうか。
ミルロの言ったように魔物の類か、それともどこぞの騎士団の精鋭か、なんにせよ今の段階では情報が不足しすぎている。
(変な先入観で視野を狭めない為にも、今は静観するか…)
「よし、手当はこれで終わりね。」
「ミルロ、手を貸すよ。」
「ありがとう、ノア。」
意識のないミカエルの体をミルロと共に担いでゆっくりと歩みを進める。
1歳しか変わらないはずなのにミカエルは立派な戦士の体をしていて、猶の事疑問が募る。
それと同時に、酷い違和感が身を襲った。
(なんだ…?なんというか、嬉しいような恥ずかしいようなでも少し悲しいような…変な感じだ…)
身を襲う覚えのない感情の乱気流に首をかしげながら、俺はミルロに指さされた方角を見た。
誰かが村長に連絡を入れていたのか、ミカエルは一先ず村長の家で預かることになった。
案内された部屋に横たえてもミカエルはピクリともせず、回復した張本人だというのに本当に大丈夫なのかと不安が過る。
(もしミカエルがこのまま目覚めなかったらどうしよう…いや、何弱気になってるんだ。攻撃魔法が使えない代わりに他の魔法の精度がピカ一な俺が回復したんだぞ?絶対大丈夫だ。)
自分を鼓舞しながら村長の家を後にすると、すぐにセトが駆け寄ってくる。
この時、俺は初めてセトの存在を思い出していた。
「ノア、余所者治療したんだって?大丈夫か?」
「あ、うん…」
余所者、確かにミカエルは別の村の住人だからセトの言っていることは正しい。
だが、強烈な違和感がまた俺を襲った。
セトの言葉が他人行儀に聞こえたからなのか、それとも余所者という言葉自体を好意的に受け入れられないからなのかは分からないが、セトがミカエルを遠ざける言葉は俺の中で酷く不愉快に感じた。
「そうだよな、他でもないノアが治療したんだからすぐに良くなって帰るだろう。それよりも、明日の狩りの準備しようぜ!今度はもっとデカい獲物を狙うぞ!」
「えー、デカいと運ぶの面倒じゃないか。」
「何言ってんだ!デカいは正義だ!」
「どこの教えだよそれ。」
じゃれついてくるセトを好きになせながら帰路を歩く。
そうだ、今俺が気にするべきはミカエルじゃない、セトだ。
セトの孤独を、阻止する事だ。
(そのために、この杖だって手に入れたんだ。この杖があれば、セトの傍を離れる必要がなくなる…このまま、村にセトを留め置くことだって…)
セトが村にいる限り、セトの旅は始まらない。
セトの旅が始まらなければ、セトの孤独は訪れない。
それが、俺が俺として生まれてからずっと掲げてきた目標であり願いなんだから。
(…?)
また身を襲う強烈な違和感。
今、俺は何か変なことを考えたか?と違和感を辿ろうとすると途端に意識がぼやける。
眩暈と眠気を足して2で割ったようなあの感覚が、再び身を襲った。
「ノア、疲れたのか?」
「つか…れ…た…」
「そっかそっか、アレに魔法を使ったからだな。」
「まほう…」
「心配すんな、俺が運んでやるから。ゆっくり休んでくれ。」
「で、も…」
「なぁに、話は明日でも構わないさ。だって、俺達はこの先ずっと一緒なんだ、だろ?」
「そ……だな…」
ぐらぐらと揺れる頭をセトが受け止め優しく撫でる。
その手がとても心地よくて、意識が沈む速度がさらに増しまるで子守唄でも歌うかのようなセトの言葉に、満足に相槌も打てなくなる。
「だから、お休み。ノア…」
「う…ん…」
酷く甘い声でセトがそう囁いたのを最後に、俺の意識は完全に沈んだ。
*
新たな杖を手に入れてからというもの、日々は目まぐるしく過ぎていった。
その原因はセト、俺がセトの傍を離れる大義名分がなくなったことがよほど嬉しかったのか杖を手に入れた翌日から暴走機関車の如く休むことなく俺を引っ張りまわしている。
お陰で杖が俺に馴染んできたし、何よりあの日見せたセトの不穏な様子も全くと言っていいほどなくなったので安心してはいたが、いい加減少し落ち着いてほしいと思う俺であった。
「ノアー!」
「だから突っ走るなバカセト!!」
お前の前世はウサギかとツッコみたくなるほどセトはぴょんぴょんと森を縦横無尽に跳ね回り、宣言通り一際デカい獲物を見つけ、意気揚々と倒しにかかる。
ウサギはウサギでもデスラビットだよなコイツ…とジト目できゃらきゃら笑うセトを睨みつけながら付与魔法で援護する。
実際、俺が援護する必要なんてないだろうが1人の戦闘に慣れてしまえばどんな無茶をするか分かったものではない。
なまじ実力があるから余計に質が悪いのだ。
「勝利!」
「はいはい。すごい、すごい。」
「心がこもってないぞノア!」
「ワーー、セトサン、スゴ~イデスネー」
「棒読み過ぎんだろ!?」
ウサギの次は子犬かよと思うほどキャンキャン吠えるセトに笑いながら仕留めた獲物を縄で縛る。
血抜きと運ぶ用の縄なのだが、巨大すぎる獲物のせいで俺とセトだけでは満足に血抜きもできない。
仕留めてすぐに血抜きをするかしないかで肉の味が天と地ほど差があるのだ、俺としては小さくても美味い肉の方が良いのだがセトは味よりもロマンらしい。
「あ。」
「ん?」
両足と胴体を縛る為に縄を用意していたが、想定よりも巨大な獲物に長さが足りなくなっていた。
このままではせっかくの獲物を傷つけるだけでなく、運ぶことすらままならない。
少々骨だが、村まで追加の縄を取りに行くしかない。
「セト。悪いけど、一度村まで戻って追加の縄を取ってくるからここで獲物を見張っててくれ。」
「嫌だ、俺も行く。」
「お前まで来たらせっかくの獲物を横取りされるかもしれないだろ。」
「この森にそんなことできる奴なんていねぇよ。」
「なんで分かんだよ。兎に角!!村は目と鼻の先なんだからちゃんと大人しく見張りしておけ!爆速で戻ってきてやるから。」
「嫌だ。」
「駄々こねんな。」
「嫌だ。」
「あのなぁ…そろそろ本気で怒るぞお前…」
「嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ─」
「セ、セト…?」
あの時よりもさらに酷い状態のセトはまるで狂ったように拒絶の言葉を繰り返し、本能的な恐怖を感じ後ずさる。
さっきまで活発な笑顔を浮かべていたのに、まるで表情が削げ落ちてしまったかのように無表情でこちらを凝視している。
好奇心に輝いていたはずの緑の瞳も瞳孔が完全に開き、不気味な血走る目を化してしまっている。
(知らない、こんなセトは知らない…)
俺が後退すれば、すかさずセトが距離を詰めてくる。
それはまさに、獲物を追いつめる行動に似ていた。
「お前、誰だ…」
「何言ってんだよ。自分の相棒の顔、忘れたのか?」
「セトはそんな表情しない。」
「酷いな、ノアが知らない顔したら俺は偽物なのかよ。」
「違う。俺の知らない顔とかそういう問題じゃない…お前は、違う…」
杖を構えながら対峙すれば、無表情だった顔にニタリと愉快そうな笑みを浮かべる。
愉悦を極めた、いや、いっそ狂ったような笑みは酷く不愉快な気分にさせたが同時に強烈な違和感も与えた。
(その笑みも知らない、いや違う、俺はこの笑みを見たことがある…どこでだ?どこで見た?)
「何考えてんだよ、ノア。何も考えることないじゃないか。」
「っはぁ?!」
「ノアが考えることは俺の事だけでいい。俺の事だけ考えて、ずっと俺の傍に居続ける方法だけ考え続ければいいんだ。」
「っ…」
セトの言葉を否定したいのに、セトの言葉が正しいと思ってしまう自分がいる。
まるで俺の中に別の自分が住み着いている様な感覚に、気持ち悪さが募る。
「さぁ、もっと奥に行こう、ノア。俺達ならどんな奴が相手でも大丈夫なんだから。」
「…せ…と…」
セトが差し出した手を反射的に取ろうと腕を上げた瞬間、激しい拒絶感が身を襲う。
この手を取ってはいけない、早く離れないといけない、そんな思いがまるで警告のように脳内を駆け巡る。
それなのに、早く手を取らなければ、セトと一緒に居なければと考える自分がいる。
セトの手を取りたいけど取りたくなくて、セトの傍を離れたくないけど離れたくて、相反する思考は脳を痺れさせ、目の前の光景が次第にぼやけていく。
(セトの、手を、取らないと…だって、セトが、聖剣を手にしたのは、俺の、せい…)
だから、セトの傍を離れちゃダメなんだ。
少し離れていた距離を埋めるようにゆっくりと足がセトに向かって動き出す。
セトとの距離が縮まるにつれてセトを拒絶する思考は徐々に小さくなっていき、あと一歩という距離につく頃にはセトの手を取る事しか考えられなくなっていた。
俺がセトの旅を阻止できていればセトは今頃、村で平穏に笑っていたんだ。
その償いができるのなら、俺は喜んでセトの傍に居よう。
─だって、相棒のくせしてセトを置いて行くと決めてしまったんだから。
(…?)
「ノア?どうしたんだ?」
あと少しでセトの手に触れるという所で、俺の手が止まった。
セトの手を取る意思に変わりはないけれど、どうしても気になってしまったのだ。
(何だ、セトを置いていくって…逆だろ。俺は序盤お助け死亡キャラだからセトの旅が始まれば俺を置いて行くことになる。いくら知識があったとしても戦えない魔法使いなんてなんの役にも立たないんだから…)
小さな亀裂のような違和感は止まることなく俺の中で育っていった。
いくらセトが強くともまだ子供のセトが補助魔法だけの援護で戦い抜けるわけがない。
先日狩った猪は、斬撃耐性があって魔法攻撃じゃないと決定打が打てないはずだし何より、剣で戦ったにしては猪が綺麗すぎる。
まるで、魔法の援護があったかのように。
(俺は、本当に攻撃魔法が使えないのか?俺にそういったのは鞘だ、もし鞘が嘘をついていたとしたら?いや、そうじゃない…重要なのはもっと別だ…どこだ…どこから記憶が変わった?)
「ノア、考えなくていい。お前はただ、俺の事だけ考えていればいいんだ。」
「っ!」
「ほら、手を取って。一緒に行こう?ここよりもずっと、ずっと楽しい場所に。」
再度語り掛けてくるセトに思考が乱される。
だが、何故かは分からないが今ここを逃せば永遠にセトを失ってしまうような気がして何とか踏ん張る。
(この村に生まれて、セトと友達になって、ゲームよりも早く聖剣を手に入れて、ゲームよりも早く魔物の襲撃を阻止した。どこかにあるはずだ、何かが変わった分岐点が…俺が見落としている何かが…)
ぐらつく頭を何とか支えながら記憶を探るが、それらしい記憶は見当たらない。
その間にもセトの言葉は途切れず、またしても辺りの輪郭がぼやけ始める。
(ダメ、だ…のまれちゃ……セト、を…うしなっ…)
「ノア、ノア…愛しいノア…さぁ…行こう。」
こうなったら腕を噛み切ってでも正気を保ってやろうとするが、どうやらその考えは既に読まれているらしく体に力が入らない。
いよいよヤバくなってきた所で待つことをやめたセトが、俺の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。
アレに掴まれたら終わりだと思うのに、またしても俺の中でセトが触れてくれる時を今か今かと待ち望んでいる俺がいる。
拒絶の言葉すら発せない俺を、ニタリと愉快そうに笑いながら見つめる。
「さぁ…イコう…」
澄んだ緑色をしていたはずのセトの瞳は、黒く淀んでいた。
読んでいただきありがとうございました!
もし良ければブクマや評価をつけていただけると、とても励みになります。




