第4.5話 吸血鬼の呪縛(ユウside)
今回はユウサイドのお話です。
※この話は前の話のユウ視点のお話です。
気になる方はそのまま次に進みたい方は飛ばしていただいて大丈夫です。
よろしくお願いいたします。
『君には期待しているよ、——————卿』
俺は未だその言葉にずっと縛られ続けている。
♢♢♢
(完全に寝過ごした……!)
窓に目を向ければ既に日が落ち切っており、町は夜闇に包まれていた。
(最悪だ、今日に限って夕刻を知らせる鐘の音で目が覚めないとは……)
俺は急いで身支度を整え、泊まっていた宿を飛び出し昨日涼香と会う約束をしていた町の広場へ急いだ。
ここ最近見慣れた町並みを通り過ぎて行く。
しかし視界に入る商店は何処も店終いをしており人気が無い。
(折角のチャンスをこんなミスで水に流してしまってはたまったもんじゃない……!)
俺は涼香が帰っていない事を祈りながら約束の広場へ一直線に走る。
数日前、母国であるセンチュラルで起きたとある事件により、俺は碌に食事を取る事も出来ない状態に陥った。
そして飢えを凌ぐ為、まだ同族の誰にも目をつけられていない国境付近の町マージナへとやって来た。
そして来て早々、俺はその町に住まう様々な獲物に洗脳魔法をかけ血を頂いていた。
それは今から会う人物も例外ではない。
暫く進むと暗く街灯に照らされた広場に一人ぽつんと佇む人影が見えた。
そして俺はその人影がすぐに待ち合わせの相手である涼香だと分かった。
「すまない、待たせた」
「……遅かったですね」
俺が声を掛けると涼香はこちらを振り返る。
「夕方という約束だったのに結局こんなに遅くなってしまった。」
俺は遅れた事を詫びるが、涼香は俺のミスを許してくれるばかりか昨日のローブと一緒に手土産まで持ってきてくれていた。
「わざわざ買ってきてくれたのか?」
「ええ、ですが何が好きか分からず、自分の目利きで買ったのでお口に合わなければ捨ててください」
「捨てる訳無いだろう、ありがとう帰ったら頂く」
相変わらずの腰の低さにこちらも気を遣ってしまうが、俺が好意的な返事をすると一瞬涼香の冷たく凍った表情が少しだけ緩んだ様な気がした。
「こんなお礼しかできませんが喜んでもらえたのなら幸いです。ではこれ以上遅くなってはいけませんので私はそろそろお暇させて頂きます」
すると涼香は俺に頭を下げ俺に背を向けた。
「待ってくれ」
俺はそう言い立ち去ろうとする涼香を引き止めた。
折角のチャンスなのだ、こんなところで易々と別れてしまって言い訳がない。
「こんな時間に一人は危ない、よければ近くまで送っていく」
「……ではご厚意に甘えることにします」
そうして俺は涼香が泊まっている宿まで送る事になった。
「そう言えば何故ユウは私が男三人に襲われそうになっていた時、私に手を貸してくれたのですか?」
薄暗い夜道を二人並んで歩いていると唐突に涼香から質問を投げかけられる。
一瞬心臓が口から飛び出してしまいそうになるが、俺は知られてはいけない事実を悟られぬ様、表情筋を引き締め笑みを作りよく回る口先で最もらしい理由を述べた。
「……そうだったんですね」
沈黙の後、涼香はそう返事をした。
だが涼香の俺を見る目はその答えに納得していない事を物語っており、こちらに疑いの眼差しを向けている。
(この空気はまずいな……)
俺はその空気感を打破するべく涼香に別の話題を振った。
「すまない、俺はあまり自分の事を話すのは得意ではないんだ。だから代わりに君の事を聞かせて欲しい。例えば……君は何故この町に居るんだ? 見るからにこの町の出身という感じでも無さそうだからつい気になってしまってね」
そう話を振れば涼香の眼差しはこちらを疑うものから何処か遠くを見る様な目に変わった。
「……自分探しの旅……の途中です。諸事情あって家出中でして…… だから何処まで続いているかわからない果てしない旅です」
「その自分探しとやら何か見つかりそうなのか?」
俺がそう聞くと涼香は顔を下げてぽつりと呟いた。
「いえ、まだわかりません……だけど一つだけ揺るがない目標があります」
「どんな目標なんだ?」
そう聞くと涼香はふと瞬く星空を見上げ答えてくれた。
「この旅の果てがどんなものなのか知りたい、そしてその途中で目にする様々な景色を脳裏に焼き付けたい」
星空を見上げる彼女の姿は何処か感傷的で、そして俺がとうの昔に失ってしまった夢をまっすぐに追う者の固い意志の宿った目をしていた。
とうの昔に夢なんてものは捨てた。
何故ならこの世界は俺の思い描く夢を叶えるにはあまりにも窮屈で汚くて、そして残忍だったから。
「自分探しの旅の途中と言っていたが、いつかきっと見つかる」
だからなのかもしれない、結局血を吸い尽くして殺してしまう命なのに、その無垢な夢だけは綺麗なままで取っておいてやりたい気持ちと、何年経ってでも叶えて欲しい気持ちが心の中で水と油の様に反発しあう。
すると涼香はこちらを見つめ口を開いた。
「私を必要として迎え入てくれる……そんな場所があるのでしょうか」
その言葉の節々に何処か寂しさを埋めて欲しいという願望と、認めて欲しいという微かな欲望が垣間見えた。
そしてそんな涼香の言葉に俺は建前半分本心半分で答えた。
「心配しなくていい、きっと何処かに存在する。
出会ったばかりでこんな事を言うのもあれだが、俺は君のことを悪くないと思っている」
そうすればこういう口説きに慣れていないのか、涼香はまるで生娘の様な反応を見せる。
その様子に俺も段々と居た堪れなくなり、俺は涼香の泊まる宿に向けて足を速く動かした。
(こんな風に心を動かされたのは久しぶりかもしれない)
生まれてからおよそ二百年、我が国を守るという使命と吸血鬼のしがらみに囚われ、いつしか感情というものを永らく忘れていた。
しかしそんな俺にもこんな風に感じる心がまだ残っていたのだと知ることができた。
そうして俺は無事涼香を宿まで送り届け、帰路に着く為再び夜道を歩き始める。
(涼香ともっと違った形で出会っていれば、築けた関係も違っていたのかもしれない)
だがそんな思考を遮る様に俺の腹の虫はけたたましく咆哮を上げる。
(嗚呼、本当に嫌になる)
いつだってそうだ、俺の食欲はまるで空気を読んではくれない。
俺は仕方なく空いた腹を満たす為、夜闇に包まれた町へと足を踏み出したのだった。
♢♢♢
それから数日後のことだった。
俺はその日、いつもの様に食事を摂ろうとマージナの町を歩いていた。
どうやらここ最近、この町では吸血鬼の噂が流れている様で外出する町人が極端に減っている。
(だがそんな事をしようとも俺には関係ない)
何故なら俺のかける洗脳魔法は獲物の認識や好感度を弄り強制的な崇拝状態を作り出す。
そして獲物自ら食べ頃になると食われる為に俺の元へやって来る様、洗脳魔法によって仕向けられているのだ。
(さて、今日の夕食はどんな獲物にしようか)
そんな事を考えていると俺の胸の中に何かが飛び込んでくる。
腕の中を見ればそこには数日前に洗脳魔法をかけたブラウン髪のお下げの娘が俺を離すまいと抱きしめていた。
(丁度いい、今晩はコイツを食すとしよう)
俺はその獲物を抱き寄せると耳元で囁いた。
「 」
そして俺は獲物の首元に牙を突き立てた。
すると獲物は悲鳴を上げ俺の腕から逃れようと踠く。
俺はそれを力ずくで押さえ込み牙を突き立て暴れる獲物の首元から口を離さず血を啜った。
そうしていると次第に腕の中の獲物は次第に抵抗が弱々しくなり、やがて動かなくなった。
食事も終わり俺は邪魔になったそれを地面に転がし口元に付着した血を丁寧に舐め取っていく。
(今日の獲物はそこそこだったな)
だがそんな事を考えていると何処からか視線を感じた。
振り向くとそこにはありえないと言わんばかりの表情でこちらを見つめている涼香の姿があった。
「……見られたか」
俺は涼香の方に歩み寄る。
「噂の犯人……貴方だったんですね」
普通なら卒倒してもおかしくないこの状況で涼香は何処か冷静だった。
しかし目の奥はあの日星空の下で別れた時の様な輝きは一切宿ってはいなかった。
「このまま何も知らなければ助かったのに……本当に残念だ」
二百年生きてきてようやく出会えた俺の心を揺さぶる様な狩り応えのある獲物。
しかし運命の神はどうやら相当に性格が悪いらしく、まだ熟してもいない状態でお気に入りの獲物を狩らねばいけない様仕向けてくるとは……本当に残念で仕方がない。
「君には申し訳ないけど此処で死んでもらう。俺の正体は同族以外の誰にも知られてはいけないから」
せめて一撃で終わらせよう。
俺は手を伸ばし涼香の頬から首をなぞる様に撫で下ろす。
だが今から殺されると理解していながら涼香は一切の抵抗無く俺の手を受け入れた。
そして涼香は俺に身を委ねる様に目を瞑る。
俺はそれに応じる様に首元に顔を埋め牙を突き立て——
「君達何をしている!」
その刹那、何処からか声が聞こえてきた。
後方を振り返ればそこにはこの町に駐在している騎士団がランプ片手にこちらの様子を訝しんでいた。
「チッ……最悪だ」
俺は咄嗟に涼香の傍を通り抜け夜闇に姿を消した。
(最悪な一日だ……!よりにもよって涼香だけでなく町の見回り騎士にも見つかるとは……!)
既に食事は済み外出の必要はもう無い。
そうして俺は身柄を捉えられてしまう前にその場から立ち去ったのだった。
♢♢♢
その後、俺は騎士団の基地に忍び込み俺の正体を知ってしまった運の悪い騎士をこの世から消した。
命を消すのは一瞬だ。
ターゲットの男は自分の命が狙われているとも知らずに呑気にいびきをかきベッドの上で寝こけていた。
そして不用心にもベッド脇にはその男の所有物であろう剣が立てかけられていたので、有り難くそれを使わせてもらった。
「さて、次はあの旅人だけだな……」
俺は返り血に塗れた手を綺麗に舐めとる。
「やはり下拵えをしていない獲物は人間臭くて食えたものじゃないな」
ふと骸に目を向ければ俺の犯した罪を見せつけるかの様に下弦の月がその惨状を照らし出す。
だがそんな事に気を取られている時間など無い。
そして俺はターゲットの男が寝ていた部屋の窓から飛び降り現場を立ち去ったのだった。
to be continued……
次回の投稿は来週の金曜日を予定しております。
次からは新章に入るので楽しみにお待ちください。




