第4話 血の盟約
前回の続きです。
春も近づいてきた今日この頃、活気を取り戻しつつあったこの町で不穏な噂が立った。
それは近頃、マージナの娘が何者かによって襲われ血を吸われ殺されているというものだった。
そのせいか町は春先で賑わう筈なのに、やけに静かで昼も夜も用事のある者意外出歩かないゴーストタウンと化していた。
そんな悪影響を受け町の商店は物の売れ行きも悪くなり、御者も昨年に比べ往来が減ったという話を運良く町の商人から聞くことができた。
「本当迷惑な話だよ」
「ありがとう貴重な話聞かせてもらえて助かる」
私は商品の代金を払い店を後にした。
そして道中、頭の中で今後どうするかの計画を練る。
(本来この時期ならとっくに公益路は開通している筈だ)
しかし今は巷で広まった不気味な噂のせいで御者どころか商人やマエロン方面へ行く筈の観光客すらも寄り付かなくなってしまっている。
(そうなると私はまたこの町から出られず無駄な時間を過ごさなければならないのか……?)
「困ったな……」
私はこれ以上この町で時間を潰す訳にもいかず仕方なく馬車は諦め徒歩で隣国まで向かうことにした。
(此処からセンチュラルの街まで馬車でおよそ二日かかる道のりを徒歩で移動となると最短でも五日はかかるだろう)
「そうなると旅支度は早めに済ませないといけないな」
そう考え私は夕飯の買い出しとは別に旅に必要になる物もついでに買い出すことにした。
そうこうしていると高かった日はすっかり落ちきっており、夕刻を知らせる鐘が空虚な町に響き渡る。
(もう夕刻か、今日の所は早めに宿に帰って身体を休めよう)
そんな事を考えながら泊まっている宿への道を歩いていると見覚えのある人影が視界に入った。
(あの高そうなローブ……間違いないユウだ)
周りを見渡すが町は相変わらず空虚でそこには私とユウ二人だけしか存在していなかった。
最近はこんな時間に出歩いている人なんて滅多に居ない。
私はユウが心配になり一言声を掛けようとしたその時だった。
路地からブラウンの髪を編んだお下げの年若い娘が現れた。
そしてその娘はユウの元に駆け寄りそしてユウの胸へ飛び込んだ。
私はその様子に呆気に取られる。
手を振ろうと上げていた右手は意味を失い空中を彷徨う。
そしてユウは満更でも無い様子でその娘を抱きしめそして彼女の首元に顔を埋めた。
「 」
ユウは娘の首元で何かを呟いていた。
私はこれ以上その光景を見ていられなくなりその場から去ろうと来た道の方へ足を向けたその時だった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
背後から上がる断末魔。
私は何事かとすぐさま後ろを振り返った。
だがそこには信じられない光景が広がっていた。
先程まで嬉しそうに抱きついていた娘は今はとても苦しそうにユウの腕の中でもがいていた。
そしてユウは娘を放すまいと抱き込み首元から顔を上げない。
私は何が起きているのか理解できずその場に立ち尽くすしか無かった。
暫くした頃、ユウはようやく腕の中の娘を手放した。
しかしユウの腕から解放された娘は地面にドサリと勢いよく倒れ込んだままピクリとも動くことは無かった。
ユウは口元に付着した赤を親指で拭うと舌で綺麗に舐めとった。
そして不意にこちらを振り向くと恐ろしくも美しい真紅の瞳が私を囚えた。
「……見られたか」
そう言うとユウはゆっくりと私の方へと近づいて来る。
「噂の犯人……貴方だったんですね」
「このまま何も知らなければ助かったのに……本当に可哀想な奴だ」
私の目の前に立つユウは何処か物憂げな表情をしていた。
「君には申し訳ないけど此処で死んでもらう。俺の正体は同族以外の誰にも知られてはいけないから」
ユウは手を伸ばし私の頬から首をなぞる様に撫で下ろす。
その指先は私を殺める為に伸ばされたものの筈なのにその手付きは何処か憂いと慈悲を感じさせた。
(もう旅も此処までか……)
案外酷い人生だったと自分でも思う。
だけどそんな自由も人権も無かった実家を出てその後は私の好きな様に旅をして様々な人々と出会った。
そして最後はこの町で偶然巡り会い、少しでも親しくなれたユウに看取ってもらえるならそれでもう充分ではないか。
私はそっと目を閉じる。
そうすればユウは意図を汲んだ様に私の首元に顔を埋めた。
「君達何をしている!」
刹那、この殺伐とした空気を断ち切る様な声が聞こえた。
目を開くとユウの背後には町の見回りをしていたであろうこの町の騎士がこちらに手持ちのランプを向けて立っていた。
「チッ……最悪だ」
そう言うとユウは私な横を通り過ぎ夜の町へと姿を眩ましてしまった。
「君大丈夫か!?」
そう言われてハッとする。
瞬間止まっていた思考が動き出した。
「私よりもあちらの女性をお願いします!」
その後はとても目まぐるしかった。
どうやらあの場で既に息絶えていた娘は変死事件の被害者の特徴と合致しており、今回のこの町で起きた事件への大きな手掛かりとなったのだった。
「この件は此処ではお話しづらいでしょうしとりあえず私達の基地に同行して頂けませんか?」
そして私はそんな事件の貴重な目撃者という事で、数日前にお世話になった騎士団の基地に連れてこられ、犯人の特徴を事細やかに聞かれた。
だけど私はその事をとても話す気にはなれず、何を聞かれてもあまりよく覚えていないと一貫して述べた。
そうして数時間の事情聴取の後、ようやく解放され帰してもらえることとなった。
「捜査へのご協力ありがとうございました。あとこれは忘れないうちに、あの時お渡しできなかった分の残りの報奨金です」
「……ありがとうございます」
「貴方はかなり巻き込まれ体質の様ですからくれぐれも町を歩く時は気をつけてくださいね、それでは」
そして私は騎士団の基地を後にしたのだった。
***
「ユウ……」
私はあの不気味な変死事件の犯人がユウだったという事実が受け入れられなかった。
ユウと別れたあの現場や騎士団の基地ではまだ冷静でいられた。
だが宿舎に帰った途端に感情の波が一気に押し寄せてくる。
今までこんな事一切無かった。
誰か一人にここまで心を痛めることも、そして目元が赤く腫れるまで泣くことも。
そして溢れる涙が枯れ果てた頃、私はようやくベッドから這い出た。
「……行かなくては」
ずっと泣いていたってしょうがない。
私は気力を振り絞りユウを探す為町へと繰り出した。
町に出ると変死事件の指名手配書らしきものがあちこちに貼られていた。
しかし似顔絵の彼はフードを深く被った姿で描かれており到底正体なんて分かるはずもなかった。
「こうなってしまってはもうこの町には居られないだろうな」
そんな中町を探し回っていると、とある噂が耳に飛び込んできた。
それはマージナに配属されていた騎士一名が遺体として今朝方寮内で発見されたというものだった。
「まさかな……」
私は一応顔馴染みの商人達にローブの男について聞き回ってみるが、具体的な手掛かりや話には辿り着くことが出来なかった。
私は仕方なくこの町でユウを探すのを諦め、代わりにこの町を出発する為の旅の買い出しの続きをする事にしたのだった。
***
その日の晩、私は妙な気配と殺気で目が覚めた。
目を開くとそこにはもうこの町では会えないだろうと思っていたユウの顔がベッド脇からこちらを覗き込んでいた。
「……夢か……」
「夢じゃ無い、現実から目を逸らすな」
そうして私は強制的に夢の世界から現実の世界へと連れて行かれた。
「君も大概呑気だな。俺が只者では無いと分かって尚、こんな悠長に寝こけるなんてな」
「ユウこそ何故私が此処に泊まっていると知っているんですか」
「あの日君を宿に送った時に知っただけだ。普通ならもう少し警戒するものを……君は余程世間知らずな様だ」
そう言うとユウはベッドに横たわる私の身体の上に覆い被さった。
「俺の秘密を知ってしまった以上君をこのまま野放しにはしてはおけない。あの日あの場に居た騎士同様、君にはここで死んでもらう」
そしてユウは私の首元に顔を近付ける。
「知っていたって誰にも言いませんよ。だって命の恩人を売る様な真似私には出来ませんから」
「……では何故俺の指名手配書が町中に出回っているんだ?」
ユウは顔を上げ私に疑いの眼差しを向ける。
「あの時偶々あの場に居合わせた騎士の証言で作られたのでしょう。その証拠に私が知っているユウの詳しい事も名前もはっきりとした似顔絵も一切載っていない筈です」
嘘はついてはいないが、ユウは信じ切れていない様子でじっと怖い顔で私を見下ろす。
「嘘ではないのだな?」
「勿論です」
ユウは私をじっと見つめた後ベッドに組み敷いていた私の身体を解放した。
「なら俺と今ここで盟約を結べ」
「めいやく?」
「そうだ、今後君が俺を決して裏切らないと誓う為の盟約だ。これが結べないのであれば今この場で君を殺す」
さあどうするとユウに迫られる。
そんなもの答えは一つに決まっている。
「誓います」
こんなところではまだ死ねない。
だって私には新しい目標ができたばかりなのだから。
「言質は取ったからな」
そう答えるとユウは少しだけ安心した様な笑みを浮かべた。
そしてユウは自らの指先を噛み切りその血を口に含む。
するとユウは私の唇を奪うと口内に先程口に含んでいた血を口移しで注ぎ込む。
「一滴たりとも余さず飲み込め」
私は言われるがままユウの血を全て胃に収めた。
直後、心臓に熱した杭を思い切り打ち込まれる様な激痛が走り私はベッドの上をのたうち回る。
身体からは冷や汗がとめどなく溢れ、息をしようにも激痛のあまり呼吸が上手くできない。
「今君の心臓に直接契約の印を焼き記している。これで今後どの様な事があっても君は俺に対し絶対的服従の前に跪き、お互いのどちらかが先に死ぬまでこの盟約は破棄できない」
暫くして痛みが引くと私は体力の限界を迎え意識を闇の中へと飛ばした。
そして意識が途切れる直前ユウはこう囁いた。
「だからこれからよろしく頼むよ、涼香」
こうして私はユウによって自由を剥奪された。
だけどこの時の私はまだ知る由も無かった。
この程度の悲劇など序章に過ぎない事を。
そして遠くない未来、私が本当に欲していたものをユウが与えてくれる存在だという事を。
to be continued……
次回は来週の木曜日です。
また見てもらえたら嬉しいです。




