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第4.5話 吸血鬼の呪縛(ユウside)

今回はユウサイドのお話です。

※この話は前の話のユウ視点のお話です。

気になる方はそのまま次に進みたい方は飛ばしていただいて大丈夫です。


よろしくお願いいたします。



『君には期待しているよ、——————卿』


 俺は未だ、その言葉に縛られ続けている。



♢♢♢




(完全に寝過ごした……!)


 目を覚ますと、窓の外はすでに暗くなっていた。


「……最悪だ」


 急いで身支度を整え、宿を飛び出す。

 向かう先は町の広場。

 涼香との待ち合わせ場所だ。


(頼む、まだ帰っていないでくれ……!)


 そして俺は息を切らしながら夜道を駆けて行く。


 数日前、母国であるセンチュラルで起きたとある事件により、俺は碌に食事を取る事も出来ない状態に陥った。

 その為、まだ同族の誰にも目をつけられていない国境付近の町マージナへやって来たものの、飢えを満たすには人間を探すしかない。

 今から会う涼香もそのために目をつけた一人だった。

 やがて街灯に照らされた広場が見えてくる。

 そこに一人の人影があった。


「……涼香」


 間違いない。

 俺は足を速めた。


「すまない……待たせた」


「……遅かったですね」


 涼香が振り返る。

 そして俺の姿を確認すると、張り詰めていた表情がわずかに緩んだ。


「夕方という約束だったのにこんな時間になってしまった」


「いえ、気にしていません」


 そう言って、涼香は手にしていたものを差し出した。


「それより、昨日借りたローブと……細やかですが、これはお礼です」


 受け取ったローブの上には、小さな包みが乗っていた。


「わざわざ買ってきてくれたのか?」


「ええ、……ですがユウが何を好きなのか分からず、自分の目利きで買ったのでお口に合わなければ捨ててください」


「捨てるわけがないだろう、ありがとう帰ったら頂く」


 そう言うと、涼香は少しだけ目を細めた。


「喜んでもらえたのなら幸いです」


 ドクン


「では外も暗いですし、私はこれで失礼致します」


 涼香が背を向ける。


「待ってくれ」


 気づけば涼香を呼び止めていた。


「こんな時間に一人は危ない、よければ近くまで送っていく」


 涼香は少し迷った後、小さく頷いた。


「……では、ご厚意に甘えることにします」


 そして俺達は横に並び星の下を歩き始めた。


「そう言えば」


 暫くして、涼香が口を開いた。


「昨日、私が男達に襲われそうになった時、どうしてあの路地にいたのですか?」


 心臓が嫌な音を立てた。


(まずいな)


 だがそれすら顔には出さない。


「……偶然だ」


「偶然?」


「ああ」


 そして俺はもっともらしい理由を口にした。

 それを涼香は黙って聞いていた。


「……そうだったんですね」


 それ以降、涼香が尋ねてくることはなかった。

 だが、横目で見ると、どうにも納得していない顔をしている。


(当然か……)


 初対面の人間が、あんな都合よく現れたのだから。


「すまない、俺はあまり自分の事を話すのは得意ではないんだ。だから代わりに君の事を聞かせて欲しい」


 そして俺は強引に話題を変えた。


「君は、何故この町にいる?」


「……」


「見る限り、この町の出身ではないだろう?」


 しばらくの沈黙。

 やがて、涼香がぽつりと答えた。


「自分探しの旅……でしょうか」


「自分探し?」


「諸事情あって家出中でして……」


 それ以上は語らなかった。

 俺も無理には聞かなかった。


「その旅で、何か見つかりそうなのか?」


「……まだ分かりません」


 涼香は目を伏せた。


「……だけど一つだけ揺るがない目標があります」


 そして涼香は空を見上げた。

 雲の切れ間から、いくつもの星が覗いていた。


「この旅の果てがどんなものなのか知りたい」


 涼香は星を見つめたまま続けた。


「その途中で出会う人や、見た景色、目にする様々なものを脳裏に焼き付けたい」


 その横顔は、とても真っ直ぐだった。

 何の保証もない未来へ、それでも自分の足で進もうとしている。


(前にもこんなことがあったような気がする)


「……君は眩しいな」


 気が付けば口から言葉が漏れていた。


「……私は光りませんよ」


「いやそれは比喩的な意味なのだが……まあいい」


 思わず苦笑が漏れる。

 この旅人は時々、本気なのか冗談なのか分からない。


「自分探しの旅の途中と言っていたが、いつかきっと見つかる」


 根拠などない。

 それでも、そう言ってやりたかった。

 しばらく歩いた後、涼香が小さな声で呟く。


「……私を必要としてくれる場所は、あるのでしょうか」


 足が止まった。

 涼香も立ち止まり、じっと答えを待っている。


「大丈夫」


 俺は静かに答えた。


「心配しなくていい、きっとどこかにある」


 涼香が黙り込む。

 俺は、その顔を見つめた。


「それに——」


 気づけば、俺は涼香の目の前に立っていた。


「出会ったばかりでこんなことを言うのもあれだが——」


 そして涼香を慰める様に肩に触れた。


「俺は、君のことを悪くないと思っている」


 すると血色のない涼香の頬に朱が差し込む。


 ドクン。


(なんだ……これ?)


 俺は咄嗟に胸を押さえた。

 ただの獲物だったはずなのに。

 その表情を、もう少し見ていたいと思った。


(何を考えているんだ俺は……!)


 そして思考を振り切り先に歩き出した。

 すると、慌てたように涼香が後を追ってくる。


「どうした?」


「どうしたも何も……今のは……」


「今のは?」


「?」


 そう言って視線を逸らす。

 その様子がおかしくて、俺は小さく笑った。

 涼香を宿まで送り届けた後、俺は一人で夜道を歩いていた。


 さっきの会話が、妙に頭に残っている。


 特に――


『私を必要としてくれる場所は、あるのでしょうか』


 あの言葉だけが。

 何故だろう。

 あれほど胸に残る言葉など、久しくなかった。

 生まれてから、およそ二百年。

 長すぎる時間を生きてきた。

 国のこと、同族のこと。

 自分自身のこと。

 いつの間にか、何かを望むことさえ諦めていた。

 なのにあの娘と話していると、忘れていた何かを思い出しそうになる。


(もっと違う形で出会っていたら)


 そんな考えが浮かんだ直後。


 ぐうううう……


「……」


 腹の虫が鳴った。

 俺は空を仰ぐ。


「……本当に嫌になるな」


 そして俺は涼香の宿とは反対の道へ向かった。


(さて、今夜は何で腹を満たそうか)



♢♢♢



 それから数日後、マージナでは、吸血鬼の噂が広がっていた。

 若い娘が夜道で襲われる。

 首筋には二つの傷。

 そして、血を失った死体だけが残る。

 噂が広がるにつれて、町から人の姿が減っていった。

 だが、俺には関係ない。

 人が減ったのなら、探せばいいだけだ。

 それに俺には、人を引き寄せる術がある。

 その夜も、俺は人気のない道を歩いていた。

 背後から足音が近づいてくる。


「ユウさん」


 振り返る。

 そこには、茶色い髪を二つに編んだ娘がいた。

 見覚えがある。

 ここ数日、何度も俺の前へ姿を現していた娘だ。


「会いたかった」


 娘は嬉しそうに笑う。

 そして俺の胸へ飛び込んできた。

 その身体を受け止める。

 温かな体温、脈打つ鼓動。

 そして、甘い血の匂い。

 もう十分だった。


「……今夜は、君にしよう」


 娘の髪を撫でる。


「糧となる命に感謝を」


 耳元で囁き、首筋へ牙を立てる。


「いやぁぁぁぁぁ!」


 娘は腕の中で必死にもがく。

 何度も胸を叩かれる。

 それでも離さない。

 温かな血が喉を流れていく。

 やがて抵抗が弱くなり身体から力が抜けた。

 食事を終え俺はゆっくりと身体を離した。


 ドサッ。


 娘は雪の上へ崩れ落ちる。

 口元についた血を指で拭い、舐め取る。


(今日のはそこそこだな)


 その時だった。

 背後から視線を感じた。

 顔を上げる。

 路地の向こうには涼香がいた。


「……見られたか」


 俺は涼香へ歩み寄る。

 近づくにつれて身体が小刻みに震えているのが分かった。


「噂の犯人……貴方だったんですね」


 声も震えていた。


「……本当に残念だ」


 涼香は何も言わない。

 ただ、俺を見つめている。

 その瞳には、あの夜のような煌めきは無かった。


「君には、知られないままでいてほしかった」


「どうして……」


「俺の正体は、同族以外の誰にも知られてはいけない」


 涼香は逃げなかった。

 俺は手を伸ばし、その頬に触れる。

 冷たい。

 震えている。

 それでも、逃げない。


「だから——」


 指先を頬から首筋へ滑らせる。


「ここで君には死んでもらう」


「……」


 涼香は何も答えない。

 そして諦めた様にゆっくりと目を閉じた。

 俺は動きを止めた。


(何故だ)


 怖くないはずがない。


 それなのに——


 涼香は俺を拒まなかった。

 まるで、まだ俺を信じているように。

 あの夜、俺が言った言葉を信じているように。


『きっと、どこかにある』


 必要としてくれる場所。

 その言葉が、今になって妙に重く感じられた。

 そして思いを振り切り牙を立てようとした、その時。


「君達、何をしている!」


 背後から鋭い声が飛んできた。


 灯りの方へ振り返る。

 するとランプを掲げた騎士が、こちらへ近づいてきていた。

 吸血鬼の噂が広がっている今、夜間の巡回が増えていたのだろう。


「チッ……最悪だ」


 このままでは涼香だけでなく、騎士にも正体を知られる。

 そして俺はその場を離れた。

 遠くから騎士の声と、町のざわめきが聞こえてくる。

 食事は済んだ。

 もう出歩く必要もない。

 ただ一つを除いて。


「……早く片付けないとな」


 白い吐息が、夜の空へ溶けていった。



♢♢♢



 その日の夜。

 俺は騎士団の基地へ忍び込んだ。

 あの場にいた騎士を始末するためだ。

 見張りは俺の前では大して役に立たない。

 そして寮の部屋へと入り込み男を探す。

 標的の男は自分の命が狙われているとも知らず、いびきをかき呑気に寝こけていた。


 ベッド脇には一本の剣。

 俺はそれを手に取り鞘から引き抜く。


 そして——


 標的目掛けて一直線に振り下ろした。

 男は声を上げることもなく絶命した。

 俺は刃から滴る赤黒いそれを見つめる。

 指先で拭い、少量を舐め取った。


「……これで一人」


 剣を鞘へ戻す。

 そして窓の外を見た。

 夜のマージナ。

 そのどこかに、涼香がいる。


「さて……」


 残る問題は一つ。

 あの旅人だ。

 俺は窓辺に立った。


「……どうして、あの時逃げなかったんだ」


 答える者はいない。

 ただ、涼香の声だけが頭に残っている。


『私を必要としてくれる場所は、あるのでしょうか』


 俺は目を閉じた。


「……くだらない」


 そう吐き捨てる。

 なのにどうしても頭から離れない。

 俺は窓から身を躍らせた。

 そして夜の闇へ消えていく。


(向かう先は決まっている)


 涼香の泊まるあの宿だ。

 あの旅人を殺すために。


(次こそは逃さない)


 そう自分に言い聞かせながら。





to be continued……

次回の投稿は来週の金曜日を予定しております。

次からは新章に入るので楽しみにお待ちください。

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― 新着の感想 ―
ユウ視点! 建前半分、本心半分か......最初は獲物として見ていても、一緒に過ごす時間が長くなると少しずつ情が湧いてくるんですね。
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