第14話 両者の願い
昨日諸事情により遅れてしまいましたので本日こそはと思い仕上げてまいりました。
よろしくお願いいたします。
追記:誤字や表記ミスがあった為訂正しております。
2026/8/17
それはあの舞踏パーティーからおよそ一ヶ月が経とうとしていたある日の事だった。
その日私はいつもの様にユウに自室に呼び出され食事である血を提供し終えた後、突如こう聞かれた。
「そう言えば君宛に手紙が二通届いていた。一方は会場で挨拶をしたクライ家のご令嬢からだったが、もう一方のバートリ家のご令嬢とは何処で知り合ったんだ?」
「バートリ……嗚呼、リディア嬢の事ですか?」
私がそう返すとユウの纒う雰囲気が重くなる。
「……どんな経緯で知り合ったのかは知らないが、彼女は君にお礼がしたいから一日だけ君を貸してほしいと言ってきている。……何がどうなってそうなった? 隠し事をせず全て正直に話せ」
そう言うユウの表情は蝋燭のみで照らされた薄暗い室内のせいかよく見えなかった。
「私が旦那様と会場で逸れてしまった後、会場内で騒ぎがあったのです。その仲裁に入った際にリディアと知り合いました」
「それでどう親しくなったんだ?」
「どうと言われましても……ただあの場を収めた後、彼女を落ち着ける為に少しだけお話をしたりしただけですよ」
「話をしただけにしてはかなり懐かれているな」
するとユウは再び私の首筋に顔を埋め、今度は遠慮無しに思い切り牙を突き立てた。
「いっ……!」
私は手加減無しの強烈な痛みに耐えられず声を漏らしてしまう。
そして反射的にユウを引き剥がそうと抵抗するが、彼はまるで赤子の手でも捻るかの様に私の必死な抵抗をいなす。
(私は何かユウを怒らせてしまう様な事をしてしまったのだろうか……?)
やがてユウに吸われている箇所がドクドクと熱を持ち始める。
だが私の皮膚に深く突き刺さる牙は一向に引き抜かれる気配がない。
貧血で霞む思考の中、どれだけ考えても考えてもユウの不機嫌の理由はわからない。
(痛い……怖い……止めて……!)
「離して!」
次の瞬間私は力任せにユウを引き剥がした。
だが首筋を噛まれたまま無理矢理引き剥がしたせいで傷口は広がり私の首筋からは大量の血が滴り落ちる。
「!?」
「……申し訳ありません、旦那様」
私は一向に止まらない血を左手で押さえながら咄嗟にユウに謝罪する。
そしてユウは放心したまま此方を見つめていた。
(血が全然止まらない……)
ドクドクドクドクと私の血は傷口を押さえつけても尚、止まる事を知らず流れ続けている。
「早く止血しよう」
するとユウはハッとした様子でそう言いながら近付いて来る。
しかし私はユウの手から逃れる様に後退った。
「……何をしているんだ? 早く此方に来い」
そう言って手招くユウの手はいつも通りの知性ある主人のそれだったが、今の私にはそれが容易く命を刈り取る死神の手の様に思えてしまった。
「いえ、もう大丈夫です……それでは私はこれにて失礼させて頂きます」
「おい! 待て!」
そして私はユウに頭を下げ逃げる様にその場を去った。
(さっきのあれはなんだったんだ……!?)
私は傷口を必死に抑えながら寮の自室へと向かう。
そして止まる事を知らない私の血はポタリポタリと通り道に赤い痕跡を残していく。
以前からユウに対して違和感を感じる言動は幾つもあった。
主人と従者、捕食者と非捕食者であるにも関わらず最近のユウは時折その境界線を曖昧に、そして混乱させる様な言動が明らかに増えている。
(もしあの時抵抗せず完全に受け入れてしまっていたら……間違いなく今頃私は失血死していただろうな)
そしてようやく寮の自室へと辿り着くと私は扉に寄りかかる様にその場に倒れた。
「はぁ……早く止血してシャツを洗わないと……」
そうして気力を振り絞り無理に立ち上がろうとすると私の視界がぐるりと周る。
そして私は霞んでいく視界の中、薄暗い自室の床を間近で眺めていた。
(駄目だ……息が苦しい……瞼が重い……)
そして私は徐々に赤く染まっていく床の上で意識を飛ばした。
***
「……ん……」
「おや、涼香目覚めしたか?」
目を開けると誰かが私の顔を覗いていた。
やがてぼやけた視界が徐々にクリアになっていく。
「……モーエヴィン……何故此処に?」
私がそう聞くとモーエヴィンは事の経緯を説明してくれた。
「涼香、貴方は自分の寮の部屋で倒れていたんですよ。……それに処置が遅れていたらと思うだけでゾッとしてしまうくらいには状態が酷かった」
周囲を見渡すとベッド周りはとても清潔で、甲斐甲斐しく私の身の回りを綺麗にしてくれたのだなと理解する。
「……ご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。そして私の面倒を見てくださりありがとうございます」
私はゆっくりと上半身を起こしモーエヴィンに頭を下げた。
「いえいえ、私は涼香の身の回りを整えただけですよ。それにその傷を治療したのは私ではなく旦那様です」
私はモーエヴィンのその言葉に身を縮める。
「旦那様が……ですか……」
「ええ、仕事も終えて眠りに就こうとしていたら急に旦那様に呼び起こされましてね。何事かと思い扉を開けたら私の部屋の前に血塗れの涼香を抱えた旦那様が立っていたんです」
そう言うとモーエヴィンは突然溜息を吐いた。
「本当に旦那様はどちらの意味でも不器用なお方です。そういう気持ちはきちんと言葉にするだけで伝わるものだと言うのに」
「そういう気持ち……?」
私がモーエヴィンの漏らしたその言葉の意味を尋ね様としたその時、扉の向こうから声が聞こえた。
「モーエヴィン涼香の様子はどうだ」
「おや、噂をすれば来ましたね」
「……旦那様」
私がそう言うと扉の向こうに居るユウが反応した。
「起きているのか!? ……入るぞ!」
するとユウは凄い勢いで扉を開け此方へと歩いて来た。
そして私の様子を確認するとユウは安堵の表情を浮かべた。
「良かった……」
「全く良くありませんからね。旦那様はもう少し涼香に対する扱い方を弁えた方がよろしいかと」
するとユウの背後からモーエヴィンの鋭いツッコミが飛んで来る。
「それもそうだな……俺はあの時君の信用を貶めてしまう愚かな行為をしてしまった……」
そう言うとユウはこちらに頭を下げた。
「本当にすまなかった……許してくれなんて事は言うつもりはない。だから俺を君の好きな様に罰してくれ」
「……何も罰したりなんかしませんよ」
私がそう返すとユウは頭を下げたまま此方の様子を伺っていた。
「……吸血が怖くないと言えば嘘になりますが、それでも旦那様に助けられた恩も沢山あります。ですのでどうか顔を上げてください」
そして恐る恐る顔を上げこちらを見つめているユウはまるで母親に叱られた幼子の様だった。
「それに私は生半可な気持ちで旦那様に血を差し出している訳ではありません。寧ろあの時旦那様を突き飛ばし役割を放棄した私こそ罰せられるべきです。……ですのでどうぞ私を旦那様の好きな様に裁いてください」
私がそう言うと少しの間の後ユウの表情が緩んだ。
「裁くわけがないだろう。だけどそうだな……では一つだけお互いの願いを聞くと言う事でこの話に決着をつけよう」
「……わかりました」
そして僅かな沈黙の後ユウが口を開いた。
「今度俺と共に街へ行こう」
「街……ですか?」
「そうだ、気が付けばもう君が此処へ来て八ヶ月も経っていると言うのに俺達はいつも決まった瞬間意外はバラバラに生活してきた。だからせめてその日だけはずっと君の側に居たい」
その瞬間私の穏やかだった鼓動が激しく暴れ始める。
「え、あ……はい! それはとても楽しみです」
「よかった……では君の願いも聞かせてほしい」
私はそう言われ返事に悩んでしまう。
「私の……願い……」
ユウにそう言われ私の頭の中には様々な欲や願望が入り混じる。
しかしそう言われてしまうと何をユウに強請ればいいのかがわからなくなってしまう。
「……わかりません、今はまだ何も……」
「そうか……では思い付いたなら遠慮なく言ってくれ。俺も早く涼香の喜ぶ顔が見たいんだ」
そう言うとユウは優しく微笑むと部屋から出て行ってしまった。
「私の願い……か」
ユウの提案はとても嬉しかった。
だがユウに正面切って私の心情を明かす事はまだできっこない。
(こんな事が言える日が来るのだろうか……こんな私を——)
「旦那様に何をしてもらいたいかで悩んでいるのですか?」
そして私が自分一人の世界に入り浸っていると突如モーエヴィンから声をかけられた。
「!?」
「まさか私の存在を忘れていたんですか? 涼香も案外酷いですね」
そう言いながらモーエヴィンはチェストの上に薬と水を置く。
「今日はこれを飲んで早く寝なさい。それと明日の朝は私が涼香の分の仕事をしておくので貴方は心配せずそのまま安静にしていてくださいね」
そう言うとモーエヴィンは蝋燭の火を消した。
「あと明日の朝は貧血に効く消化の良いものを私の手で準備しておきますね」
「え……」
そう言い残しモーエヴィンも部屋を去って行った。
「……明日は無事に生きていられるだろうか」
そして私は明日にやって来るであろうモーエヴィン特製のゲテモノ朝食に不安を抱きながら布団に潜るのだった。
to be continued……
此処まで読んでくださりありがとうございました。
次回の投稿は来週の金曜日を予定しておりますのでどうぞよろしくお願いいたします。




