第13話 小さき欲望
前回の続きです。
私はリディアに別れを告げた後、ユウを探しに再び会場内を歩き始める。
すると会場の中央の喫食テーブルの近くにユウは立っていた。
「旦那様!」
「涼香無事だったか!?」
そう言うとユウは駆け寄る私の腕を掴んだ。
「なんとか彼女達を撒いたと思ったらいつの間にか君を見失ってしまっていた……あの時の約束破ってしまい申し訳ない」
そう言うとユウは頭を下げた。
(あの時の言葉、覚えててくれたのか)
もう二週間も前の話なのに覚えていてくれて嬉しい反面、照れ臭さと主人であるユウに頭を下げさせている状況に私は慌てる。
「頭を上げてください、こんな所で頭を下げられては私がまるで旦那様を尻に敷いているみたいではありませんか」
そう言いユウを嗜めると彼は顔を上げそしてフッと笑った。
「俺は君になら尻に敷かれたって構わないよ」
すると私達の会話が聞こえていたのか周囲のご令嬢達から黄色い声が上がる。
「……何を仰っているのですか」
私は急に甘くなるユウの雰囲気に耐えられず、近くにあった喫食テーブルから料理を摘みに行く事でその空気から半ば強制的に逃れる。
「どれもとても美味しそうですね」
私は目につく美味しそうな料理を取り皿に盛り、そしてフォークでそれらを口に運んでいく。
「美味しい……」
旅の途中で食してきた各国の料理も庶民的で美味しかったがここの料理はもはや別格と言わざる得ない。
(やはり富を持つ者は口にするものも別格なのだな)
「そんなに欲張らなくても帰ってからたくさん食べればいいだろう?」
私が食事に気を取られているとユウは再び私の目の前へやって来た。
そして私はユウに淡々と返事を返す。
「何を仰っているのですか? パーティーに行ける機会なんて殆どないのですから、折角なら私もこんな風に作れる様に沢山食べて味を覚えて帰らなけば料理番としての名が廃ります」
そう返すとユウは少し寂しそうな顔をする。
「俺は涼香の作る料理の方が好きだけどな」
その瞬間私の頭はフリーズし料理を食べ進める手が完全に止まる。
「だが勤勉なのは良い事だ、それなら俺に伝がある。どうやら今回この会場の料理を指導統括しているのが俺の古くからの知人の様でな、よければそいつからここで振る舞われている料理のレシピを聞いてきてやろう」
ユウは和かな笑みを浮かべそう提案をしてくるが、私は自分の主人であるユウにそんな事を到底頼める筈も無いので丁寧に断りを入れる。
「お気遣い頂きありがとうございます。ですがその必要はございません。これは私個人の考えであり旦那様の手をわざわざ煩わせてしまう必要のない事です」
だが私がそう返すとユウは少し呆れた様な目でじっと見つめてきた。
「どうやら君はまだ俺の考えを理解していない様だな」
「はい……?」
どう言う意味かと聞き返そうとするとユウは肩まで伸びた私の横髪をそっと手に取る。
「俺はただの使用人にドレスや宝飾品を買い与えてパーティなんかに連れてきたりなどしない。……ここまで言えば解るだろう? 他人がどう思おうと君はまごう事なき俺の愛するパートナーなんだ」
するとユウは手に取っていた私の髪に口付ける。
その瞬間溶けてしまいそうな程私の頬に熱が集まる。
「さて、この話は一旦ここまでにしよう。なんせ今はパーティの最中だからな」
するとユウは私の手から皿とカトラリーを奪いテーブルに置くと私の目の前に右手を差し出した。
「もう時期ダンスが始まる様だ、よければ俺と踊ってはくれないか?」
普段とは違うユウの立ち振る舞いに私の心臓はさっきから激しく脈打っている。
「……勿論です」
踊れと命令されたわけでは無い。
だけどこの時の私は自然とユウからの誘いを承諾していた。
***
会場の広間、ダンスを踊る為か会場中央に男女のペアが続々と集まっている。
社交ダンス、私は人前で踊るのが初めてで少し緊張で肩がすくんでしまう。
「はじめの曲はワルツの様だ」
「それなら私も練習いたしました。……ですが上手く踊れるかは分かりません」
私がそう伝えるとユウは私の目の前に手を差し出した。
「心配するな、君は教わった通りにやりきればいいだけだ」
「……はい」
私はユウの手を取り身体を構えた。
そして曲が流れ始める。
(よし、出だしは好調だ)
ユウは私の歩幅に合わせて動いてくれるので動き易くて凄く助かる。
私はユウの足を踏まない様、リズムを崩さない様に注意を払いながらダンスを踊る。
「そんなに緊張するな」
「ですがこんな所で旦那様に恥をかかせられません」
「俺の事は心配しなくていい」
そう言って私を安心させるかの様に優しく手を握り直すユウに再び私の心臓は再び高鳴る。
(おかしい、今日の私は一体どうしてしまったのだろう……)
ダンスはきちんと踊れている筈なのに、曲が全く頭に入ってこない。
そして無意識のうちにユウの視線や動きを目で追ってしまっている。
(もしかしてユウに何か変な魔法でもかけられてしまったのだろうか……?)
そうしていると一曲目が終了する。
「ダンスご一緒できてとても有意義なひと時でした」
「いえ、こちらこそ君と踊る日が来るなんて夢にも思わなかった。とてもいい時間を過ごせたよ」
そうして私とユウは会場脇の方に捌けるが、その瞬間再び沢山の女性に包囲される。
「ヴァーミリアン様! 先程のダンスとても素敵でしたわ! よければ私とも踊ってくださいませ!」
「抜けがけはズルイですわ! それなら是非私とも踊ってくださいまし!」
ユウは必死になって取り囲む女性達をいなすがキリがない。
そして私はユウの側に居たのだが、慣れない人混みに揉まれ気が付けば再び蚊帳の外に放り出されていた。
私は先程も人に揉まれたせいでついに人酔いを起こしてしまった。
体調が優れず、ひとまず近くにあった椅子に腰掛け一度休む事にした。
(やはりモテる男の周りは熱量が半端じゃないな)
遠くから見ていてもわかるくらいにユウの周りには人集りが出来ていた。
ユウは相変わらず令嬢達に愛想の良い笑みを浮かべていた。
(ユウはあんな風にも笑えるのか……)
社交の場である以上仕方のない事の筈なのに、ユウのそんな様子を見ていると私の胸はチクリと心臓に針を刺された様な痛みを感じた。
(いけない、此処では私がしっかりしないと)
私の此処へ来た本来の目的はあんな風に言い寄ってくる女性を寄せ付けないことの筈だ。
さっきの様に勘違いし浮かれてしまえば再びユウに叱られてしまう。
人酔いも落ち着き、再び包囲網に突撃する機会を伺っていると突然背後から声をかけられた。
「あら、貴方は先程の氷の女王様ではないですか」
「……どちら様でしょうか?」
私は声のした方を振り向いた。
するとそこには燃える様な赤髪をした女性の吸血鬼が立っていた。
そして彼女は私を不気味な瞳でじっと見つめていた。
(……この人只者じゃない)
こういう時の私の勘はよく当たる。
状況により敏鈍に差はあれど、それで命拾いをした事は何度もあった。
「これは失礼致しました、アタシはデザイア・ハーツ・クライと申します。是非仲良くしてくださると嬉しいわ氷の女王様」
そしてデザイアと名乗った吸血鬼は人形の様に整った顔で私に笑みを向ける。
「よろしくお願い致しますクライ家令嬢、私は涼香と申します」
「いやだわ、そんなに畏まらなくてもいいのよ。だってアタシ貴方とお友達になりたいんだもの」
するとデザイアは一気に間合いを詰める。
「アタシの事はデザイア、呼び辛いなら渾名で呼んでくれたって構わないわ」
すると先程までデザイアを纏っていたオーラはいつの間にか消え失せていた。
「わかりました、ではこれからはイアと呼ばせてください」
「あら嬉しいわ! ではアタシもスズって呼んでもいいかしら?」
「勿論です」
そして私はイアに捕まり、ユウが戻ってくるまで世間話をする事となった。
どうやらイアは私の話す異国の話を大変気に入ってくれた様でこの短時間で様々な質問をされた。
「それで次は何処の国を旅したのですか?」
「……いえ、今は諸事情あってこの国に留まっています。なので今はもう旅はしていません」
そう言うとイアは残念そうに項垂れた。
「そうだったのですね……少し残念です」
そうしてイアと話していると向こうの方から包囲網を突破したユウがこちらに向かって来る。
「すまない、少々油断してしまった」
「いえ、謝るのはこちらの方です。今回は私の判断ミスで旦那様に余計な手間をかけさせてしまいました」
私がそう謝るとユウは気にしていないと言ってくれた。
そしてユウは私の隣に立つ彼女に視線を移した。
「それよりもそちらのご令嬢はどうしたんだ?」
「イアの事ですか?」
「イア……?」
「お初にお目にかかります、私デザイア・ハーツ・クライと申します」
そう名乗ると一瞬だけユウの眉がピクリと反応した。
しかし直ぐにポーカーフェイスを作るとユウはイアに対して挨拶を返した。
「初めまして、俺はユウだ」
そう言うとイアは目を見開き口元を淑やかに押さえる。
「あら、フルネームは名乗ってくださらないのですね」
「ええ、色々と事情がありまして今はそうさせて頂いております」
ユウがそう言うとイアは私に耳打ちをしてきた。
「スズはミステリアスなお方がタイプなのですか?」
「いえ……そういう訳では……」
そう口籠ると私が何やら照れ隠しをしていると思ったらしくイアは嬉しそうな顔をしていた。
「よければ今度スズをアタシのお茶会にご招待致しますわ。その時じっくりお二人の色々なことを聞かせてくださいませ!」
そう言うとイアは笑みを浮かべた。
(これは下手をすると血の盟約で私が消されてしまいかねない奴じゃないか?)
「ではアタシはこれにて失礼致しますわ」
そうしてイアはそそくさと去って行った。
すると先程まで礼儀程度の挨拶しか述べていなかったユウが口を開いた。
「君はやはり厄介事に引き寄せられるタイプらしいな」
「……生まれつきこう言う体質なのかもしれません」
私はユウにまでそう言われててしまいもう言い逃れができなくなってしまった。
(ユウまでこんな風に言うということは、イアと関わると今後何か厄介事に巻き込まれるという事だろう)
そうして私は今日知り合ったばかりのイアとは出来るだけ距離を置くことにしたのだった。
「では行こう、まだパーティーは始まったばかりだ」
そう言われ私は差し出されたユウの手を取る。
「二曲目もまた俺と踊って欲しい」
「勿論です。だって旦那様からのお誘いを断る理由なんてありませんから」
そして私とユウは先程初めてペアを組んだとは思えない程お互いの息を合わせ二曲目も踊ることができたのだった。
しかしそうは問屋が下さない。
「……スズ……嗚呼、貴方はなんて可憐で優美なのかしら。その青白い程の陶器の様な肌、まるで冬空を写しているかの様な瞳……それに、なんだかとっても——」
会場の隅で一人扇子で口元を隠す紅く鋭い眼差しが静かに、そして獲物を狙うかの様な目で涼香を見ていた。
「——美味しそう」
to be continued……
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