第10話 届かぬ思い
最新話投稿させて頂きます。
パーティ参加が決まってから二週間が経った。
私は相変わらず毎日モーエヴィンの指導の下、礼儀作法やマナーそして立ち振る舞いを叩き込まれている。
そんなある日、私はユウから一つの箱を手渡された。
「開けてみてくれ」
私はユウに言われるがまま箱を開けると中にはパーティ用の赤と黒を基調とした綺麗なドレスが入っていた。
「……あの、旦那様……」
私がユウの顔を見るとどうやら反応が思ったものと違ったからなのか、ユウは私の反応を不安げに見つめていた。
「どうした何か問題があったか?」
ユウにそう聞かれ私は思い切ってモヤモヤとした思いを迷いなくぶつける事にした。
「いえ、衣装はとても素敵なものです。しかし何故パーティ用の衣装がドレスなのでしょうか? 私としてはタキシードの方がドレスよりも動き易いので助かるのですが……駄目でしょうか?」
私がそうユウに提案するも彼は首を縦には振らなかった。
「何故も何も以前言っていた通り君は使用人としてではなく俺の連れ、いわばパートナーとしてパーティーに参加するんだ。だから正装としてドレスは必需品だろう?」
ユウにそう返され私は返事に困ってしまう。
だがこのまま押し切られるわけにもいかず私は声を上げた。
「申し訳ありません、それなら尚更社交の場に私の様な者を連れて行くのは不適格ではないでしょうか「そんな事はない」
私がそう返すとユウに食い気味でそう言われた。
「そもそもこのパーティー自体がきな臭くて俺は好きでは無い。そんな場所で俺の将来の結婚相手を決められてしまえばそれこそ国自体を食い物にされかねない」
そう語るユウの声色は冷静そのものなのに声の端々は何処か震えていた。
(つまり私をパーティーに連れて行くのは言い寄って来る娘達からユウを遠ざける為の虫除けという事か)
しかし私もこの件に関しては引く事は出来ない。
「ですが生憎私はその件で旦那様にお力添えをするのは難しいかと、ですので私以外の誰か他を頼る事は出来ませんか?」
するとユウは私がそんな風に言ってくるとは思っていなかった様で返事に困った様に立ち尽くしていた。
故郷の国を出てからおよそ三年、周囲にも知られない様に性別を欺いてきたというのにこんな仕打ちはあんまりではないかと私は心の中で呪詛を放つ。
すると私の様子を見ていたユウが言い辛そうに口を開いた。
「しかし他を当たろうにも俺には頼れる様な異性が居ないんだ。なので今回だけでいい、その衣装を着て俺と一緒にパーティに参加してはくれないだろうか?」
「あの……」
私はユウの縋る様な目線から顔を背けた。
(本当に、この人は何処までも狡い)
だけど何故だろう。
命令すれば逆らえないと解っている筈なのに、ユウは私を説得しようとしている。
「君は俺の願いに応えてはくれないのか……?」
ユウの右手が私の頬をサラリと撫でる。
そしてユウから逸らしたはずの視線が再び交わる。
だが目線の先のユウは何処か悲しげで、いつもは恐ろしくて合わせる事すらできない紅い瞳にはドロドロとした様々な感情が滲んでいた。
(止めて……そんな顔……しないで……そんな顔で私を見ないで……)
私はキリキリと痛む胸を抑える。
いつからだろう。
私はユウの表情が曇る度に心臓や肺が圧迫される様に苦しいと感じる様になってしまっていた。
「……かしこまり……ました 」
そして私は言われるがままユウの意志に従う他なかった。
***
「涼香大丈夫ですか?」
「……はい、何でしょうか」
「最近上の空な事が増えましたね。何かあったのですか?」
パーティに向けてのダンスレッスン中、モーエヴィンにそう言われ私は口を紡ぐ。
「………」
「女性として参加するのがそんなに嫌ですか?」
「どうしてそれを……!?」
私は図星を突かれモーエヴィンに反射的に視線を向ける。
「涼香が集中できていないことくらい見ていれば分かりますよ」
するとモーエヴィンは壁際の方へ向かって行く。
「誰しも嫌な事や曲げたくない事の一つや二つあるものです。それが例え逆らえない立場や雇われの立場だったとしても」
「……」
するとモーエヴィンは壁際に置かれていた椅子に腰掛けた。
「涼香もこちらに来なさい」
そしてモーエヴィンに促されるまま私はモーエヴィンの隣に腰掛ける。
「嫌なら嫌で構いません、無理をする必要はないのですから」
「……しかしそれでは旦那様を困らせてしまいます」
そう言う口とは正反対に私の脳裏には旅で遭遇した苦い経験が過ぎる。
少しの沈黙の後、これ以上話さない私を見てモーエヴィンは口を開いた。
「涼香、貴方は怖いのでしょう?男性から色欲の眼差しを向けられるのが」
「!?」
私は突然モーエヴィンに痛いところを突かれ狼狽えてしまう。
「当たりですか」
「……何故分かるのですか、モーエヴィンはまるで私の心を読んでいる様でちょっと怖いです」
そう言うと彼はクスリと笑い私を怖がらせない様に明るくそして宥める様にこう言った。
「長い間生きてきた者の性というものでしょうか」
そう言うモーエヴィンの表情は何かを思い出している様で何処か切なげだった。
「もしパーティで涼香を狙う害虫がつく事を恐れているのなら私が対処法をお教え致します。私とて旦那様の命令ですからできる事はこのくらいしかありませんけどね」
そう語りかけるモーエヴィンの表情は柔らかく、まるで此処は私の居場所なんだと言ってくれている様だった。
「モーエヴィンはなんだかお兄さんみたいですね」
「ええ、私もこんな感覚は久しぶりです。……なんだかこうしているととても懐かしい気持ちになります」
そう言うとモーエヴィンはまるで妹を慰めるかの様に私の頭を優しく撫でた。
(私もこんな兄が欲しかったな……)
私にも兄は居た。
だが血が繋がっているというだけで特段何かをしてくれた訳でもなくただただお互いに無関心だった。
(本当はずっとこんな風に誰かに甘えたかったのかもしれない)
下を向くといつの間にか膝の上に雫が溢れていた。
そしてその雫は私の膝や手をどんどん濡らしていく。
「あれ……なんで、止まらない……」
「大丈夫です此処には他に誰も来ませんよ」
その言葉で私の堰き止めていた感情は溢れ出した。
そしてモーエヴィンは私に話しかける事も、そして見放し放置する事もなく、ただ静かに私の隣で背中をさすってくれたのだった。
暫くして落ち着きを取り戻すと私は再びレッスンを再開する様モーエヴィンに願い出た。
「涼香がレッスンに前向きなのは喜ばしい事ですが、このままでは目元が赤く腫れてしまいますよ」
「構いません、それよりももっと練習をしないと旦那様に恥をかかせてしまいます」
だがモーエヴィンはどうしても私の顔が腫れる事が我慢ならない様で後半の練習は中止となってしまった。
「まずは目元をしっかりと冷やしてください。レッスンは赤みが引いてから再開します」
そう言うとモーエヴィンはレッスンを切り上げ仕事へと戻って行ってしまった。
(……いつの間に私はこんなに涙脆くなっていたのだろう)
以前の私ならあんな簡単に泣くなんて事は無かった。
(もっと強くなるのだろう、ならこの程度で涙を流すなんて事、金輪際あってはならない……!)
もうこんな風に泣くのはこれで最後だ。
そして涙を袖で拭い私は仕事をする為にレッスンを切り上げ支度を始めるのだった。
***
その日の晩、ユウに呼び出されいつもの様に彼の自室に向かった。
ユウの自室の前に辿り着くといつも通りの決まり文句を言う。
そうすればユウは私を部屋に招き入れた。
「……その顔はどうしたんだ?」
部屋に入って早々私はユウに自身の顔を指摘される。
「私の顔に何か付いていますか?」
そう返すとユウはこちらに近づいてくる。
そしてユウは手を伸ばすと私の目尻をそっと優しく撫でた。
「目元が赤く腫れている」
(もしかしてレッスンの時に泣いた痕がまだついているのだろうか?)
私はそんな弱った姿をユウに見られたくなくて自分の目元が見えない様に顔を下げた。
「いえ、もう何ともありませんのでお構いなく」
そう言って私はユウの手をそっと払い除け、いつもの様にリボンタイに手を掛けようとするとその腕をユウに掴まれる。
「誰の仕業だ?」
「はい?」
「誰に泣かされたと聞いている」
そう言われ私はユウに弁明する。
「誰にも泣かされてなどいません。ですので旦那様はお気になさらないでください」
私はそう無難な返答でユウを突き放した。
だが次の瞬間、ユウは強引に私の腕を引くと私をユウの腕に閉じ込めた。
「ちょっと……旦那様!」
私は必死になってユウを引き剥がそうとするが、ユウの力はとても強くて敵わず、寧ろ抵抗する度にどんどん抱きしめる力が増していく。
「旦那様、苦しいです……離してください!」
「断る」
そしてユウは私の首に顔を埋める。
(今この状況で!?)
私はマージナで目撃したお下げの娘を思い出した。
(確かあの娘もこんな風に動けない状態で血を吸われていたな)
私は腕の中でユウに食い殺されてしまう事を覚悟した。
だがいつまで経っても痛みはやってこない。
代わりにユウは優しく包み込む様な声で囁いた。
「……涼香本当にすまなかった、モーエヴィンから全て聞いた。俺は知らぬ間に君に酷い事をしてしまっていた様だ」
「!……聞いたのですか」
きっと私がしけた顔をして仕事をしているせいでユウに勘繰られてしまったのだろう。
「嗚呼、俺は自分の事にばかり必死で君の気持ちを考えてあげられていなかった」
するとユウは腕の力を緩め顔を上げると私の目を見る。
「この間君に渡したドレス、後で俺の所に持ってきなさい。ダンスや立ち振る舞いの修正は無理でも衣装なら替えが利くだろう」
「……旦那様」
「君が不安なく参加できるのであればその方がいい」
私はユウのその提案が凄くありがたい反面、たかだか私一人の為にユウを振り回してしまっている現状に申し訳無さを感じてしまう。
ドレスが嫌いというわけではない。
ただ怖かったのだ。
周囲の……ユウの私を見る目がこれまでと変わってしまう事が。
「大丈夫だ、格好が変わろうと君が周りから何と言われようと俺が必ず側に付いて守ると誓おう。社交やダンスなんかより涼香の方が俺にとっては大切だから」
私はその言葉で目が覚めた。
(そうだ、もう私は一人ではないんだ……。それに——)
そして私は口を開いた。
「旦那様、私——」
to be continued……
ここまで読んでくださりありがとうございます!
急速に二人の距離が縮まってまいりましたね。
私もここから先二人がどうなるのか書いていてワクワクしますね。
次の投稿は8月11日の祝日の予定です。
お盆シーズンは継続連載予定なので是非見に来てくださると嬉しいです!




