第75話 (コンフィの章)泣いた理由を知らない朝
第75話です。
前回から一夜明け、
コンフィはパンデゥワンの家で目を覚まします。
けれどそこには、
いつも当たり前にあったはずのものがなく――
ぽっかりと空いた何かと向き合いながら、
少しずつ、日常へと足を踏み出していきます。
••✼••翌日の二の鐘の刻••✼••
・⋯━☞パンデゥワンの家☜━⋯・
「ん!……んん? ん~~~はぁ!」
コンフィは、目を覚ますと伸びをする。
だが、いつも聞こえるはずの音がしない……
「……あれ? え?」
思わず、周りをキョロキョロと見渡す。
「えっ? ここ何処?!」
いつもの自分の部屋じゃない。
いつもなら、ディアがカーテンを
開ける音がするのにしないから、
ちょっと、パニクった。
そして、数秒考えて我に返る。
「……あっ! そうでしたわ……はぁ」
ひとつため息を吐いて、ボーっとする。
こんな事をしていれば、ディアの声が……
『アンビジョーネお嬢様!
もっと、シャキっとしてくださいませ!』
と、声が飛んでくるところなのに、
そんな期待も虚しく声はするはずもなく。
「よっと……ふぅ……」
トスッ……スススッ……ストン!
体をクルリと回して、足をベッドの下へ降ろす。
そして、床についた足を、
ただ、ジィーーーーッと、見つめる。
なんでしょう? この変な感覚は……
自分の足が、妙に遠く見える。
かと思えば、妙に近く見える。
時間の感覚が無くなる。
わたくしは、いったい何をしているのか?
わたくしは、いったい何をしたいのか?
わたくしは、いったい何を期待しているのか?
わたくしは、いったい何を求めているのか?
わたくしは……
なんなのでしょう?
この、ポッカリと何かが抜け落ちたような、
どうしようもない虚無感は……
いつから、こんな事をしているのか、
目が覚めてから、どれくらい経つのか、
分からなくなってくる。
御目覚め(約3分)ほどなのか……
御安眠(約10分)ほどなのか……
御着替(約30分)ほどなのか……
何をしているのでしょうね?
そうこうしていると、
パンデゥワンが呼びに来る。
コンコンコン!
《コンフィ もう起きたかい?》
「!……え、ええ
今、起きましたわ……」
カチャ!……パタン
「おや? また泣いていたのか?」
「え?!……わたくしが、泣いていた?」
「瞼が、ぷくっと腫れてるじゃないか……」
「え? え?……」
コンフィは、慌てて自分の顔を触る。
確かに、目の周りが腫れぼったい。
でも、泣いたことを覚えていない。
本当に、わたくしは泣いていたのでしょうか?
「わたくし……泣いていましたの?」
「はぁ……見りゃわかるよ」
「え?……」
「ええ、わかるわよ!」
(クロフィが言う)
「クロフィ? じゃあ、わたくし……
本当に泣いていましたの?」
「ええ もう、シクシクと……ね」
「ごめんなさい……」
「別に! 謝らなくてもいいわよ
ただ……」
「!……ただ?」
「逃げ続けて疲れきって壊れるよりも、
自分から当たって壊れた方が、
被害は少ないとは思うんだけどね?」
「……」
「どういう意味でしょう?」
「そんな事、聞かなくても、
コンママが一番わかってるんでしょ?」
「…………」
「……コンママ?」
「まあまあ! それより、飯にしないか?
適当に作ってるから、冷める前に、
食べに来なよ?
ってか、もう昼前だぜ?」
「あ、ありがとうございます……
昼前!?」
「ふっ 改まられると、
なんだか、調子が狂っちまうな?」
「……」
「それより、飯を食ったら気晴らしに、
街にでも出てみないか?」
「……そうですわね
部屋に閉じこもって考え込むよりも、
その方が、いいかもしれませんわね……」
「ああ、そうしてくれ!
お前のそんな辛そうな顔を見ていると、
俺まで辛くなっちまうからさ
事情がわかってるだけに、尚更な!」
「ふう~~~」
パタパタ……
コンフィは、オーバーオールに着替えた。
てか、これしか着る服が他に無かったから。
「クンクン……臭くないかしら?」
「クンクン……なんだか……
倉庫の臭いがしますわ!」
「ええっ?! あ、そう言えば、
雑貨屋の店主さんが言っていましたわ!
昔着ていたと……」
「なるほど! 倉庫に仕舞っていたのね?」
「なるほど……」
「なるほど……」
「ぷっ! あはははははははは!」
「あははははははははっ!」
「あははははははははっ!」
なんだか、とってもつまらない事なのに、
なぜか吹き出して笑ってしまいましたわ。
でもそのお陰で、少し気が晴れました。
さて、食事にしましょうか。
こうしていても、仕方ありませんわ。
・⋯━☞1階店内カウンター☜━⋯・
トットットットッ……
「おっ! 来たか
カウンターに置いてっから、勝手に食べてくれ」
「あ、はい!」
ゴソゴソ……ストン!
わたくしは、カウンターに用意された朝食……
いえもう、昼食ですわね。
いただきました。
こういうのを、「質素」と言うのでしょうか?
硬いパンと、ベーコンと目玉焼き。
プチコンビとクロフィの分の、虹のキノコまで
用意してくれていました。
特別何も無くても、わたくしの魔力だけでも、
妖精なら平気なのですが……
有難い事ですわ。
とても、美味しく頂きましたわ。
・⋯━☞店内入口前☜━⋯・
「お! 食べたようだな?
って、おい! 武器は置いていけ……」
「え? これは、わたくしの……」
「今は、必要ないだろ?」
「……そうでしたわね ごめんなさい(汗)」
「……」
『やはりまだ、騎士としての
自覚が抜けないようだな……』
と、パンデゥワンは思った。
・⋯━☞繁華街古着屋☜━⋯・
「っはぁーーー! すごいですわね?」
「だろう? お貴族様や騎士様やってると、
こういう場所には、あまり来ねえもんな」
「そうですわねぇ~へぇ~」
コンフィの見るものは、
本当に初めて見るようなものばかり。
副団長ドゥークの頃でも、王都の外や
遠征ばかりだったために、城下町になど、
滅多に来るところではなかった。
見るものほとんどが新鮮で、
いつの間にか、ウキウキしていた。
またそんな自分に、驚いていた。
「コンフィ……あ、ピッコロ!」
「ああ、普段はコンフィでも……」
「それは、やめた方がいいぞ?
どこで、お前の情報が漏れるかわからない」
「!……それもそうですわね?」
「それと、その口調だな」
「え? あ、はいはい! そうですわ……
そうだったな?」
「うむ それでいい……で、名前だがぁ~~~
︎︎゛︎ミーシャ︎︎゛︎︎ってのは、どうだ?
巷では、︎︎゛嬢ちゃん︎︎゛って意味でもある」
「ええ~~~嬢ちゃん?」
「いいんじゃないの?」
「そうですわ! とても似合ってますわ!」
「そ、そうかな……?」
「なんだって?」
「ああ、うん! 妖精たちも、
ミーシャで似合ってるってさ」
「あははっ そうか?
でも、本当に妖精なんて居るのか?」
「居るよ? 左肩と頭の上にね!」
「……へえ~ふぅ~ん……見えん!」
「あはっ でも、そのうち見えるように
なるんじゃないかな?」
「そうなのか?!」
「うん! 妖精の近くに居続けると、
妖精の影響を少なからず受けるから、
段々見えるようになるんだってさ!」
「へぇー! そうなのか?」
「うん! メーべって娘が言ってた
あ……」
「うん? どうした?」
「……メーべ ……リア」
「……おっと! そこだそこ!」
「え?」
「ほら! 古着が沢山置いてあるだろ?」
「わあ! ほんとだ!」
パンデゥワンは、気を使ってくれたのか、
コンフィがフリージアとメーべの事を思い出し
気持ちが沈みかけたところを見逃さずに、
古着に注意を向けさせ、
話題を変えてくれたのだった。
「ふっ……」
「ん? なんだ?」
「なんだか、姉と居るみたいだね?」
「……姉?」
「ああ、姉なんて居ないから、わかんないよ?
でも、なんだかそんな気がしたからさ」
「背の低い俺の方が姉なのか?」
「アンタの方が10近く上だろ?」
「今は歳なんて関係ねぇーだろ!」
「関係は……まあ、そうだな」
「それよりほら! 欲しい服を選べ!
俺が、祝いにプレゼントしてやる」
「祝い? プレゼント? なんのだよ」
「仕事に就いた祝い……じゃダメか?」
「ああーんんーーまあ、そだな?」
「よし! なんでもいいぞ!
でも、金額1枚までな?」
「ええええ~~~」
「俺は、一般人! 寝ていても金の入るような、
お貴族様と一緒にすんじゃねーの!!」
「あははっ! なんだよそれ?
あ、ん? あーそっか! 確かに……」
「今頃?!」
「ははは~~~……(汗)」
「ミーシャって、どこか抜けてるよな?」
「うるさいですわよ!」
「ほら! また、貴族令嬢みたいな口調が
出ちまってるぞ!」
「あ、おお、うん……」
「ふん……」
市井での暮らしに慣れるには、
まだまだ時間がかかりそうだ。
──って、まだ2日目だしな。
••✼••御安眠後••✼••
(約10分後)
「これにする!」
「ほお?……ミーシャにしては、
変わったのを選んだな?」
「どういう意味だよそれ?」
「だから、貴族れ……いや、なんでもない」
「……うん?
それなら、金額1枚だから、いいだろ?」
「そうだな! おじさぁ~~~ん!」
「ええっ?!」
「ええー?」
「はあ?」
「あいよ! なんだいお嬢ちゃん
ほー! それかい?
いいのを見つけたな!
これはかの有名な、「大魔女ラカ様」が、
デザインしたと言われている、
女子用の学生服なんだってよ!
うむ、これなら~~~銀貨8枚でいいぞ?」
「ほんと!! ありがとう~~~おじさん!」
「大魔女ラカのデザインした?」
「はっはっはっ! 可愛いお嬢ちゃんなら、
ギリギリにまでマケてやるよ!」
「うふふふ どーもー♪
また、来るからねん♡」
「あはは! ほいよ! 待ってるぜ!」
「…………(汗)」
「「…………(汗)」」
ここでコンフィは、
パンデゥワンは、買い物上手だと思った。
また、買い物でマケてもらうためには、
体のどこを、どうすれば良いのか?
そこが重要だとも思った。
淑女は、振り向くときには、
先ずは目から、次に首、という風に。
と、解釈したように。
そう。淑女としての振る舞いを覚える時、
母ビゼットの所作を見て覚えたように。
「な? 買い物ってーのは、こうすんだ!」
「へぇ~そうなんだ?
顎に手を当てて、ちょっと膝と首を曲げて、
鼻を摘んだような声で話すんだな?」
「………………はあ?」
「うむ 俺は、観察から色々覚えるんだよ
えーと、後は話し方かな~~~」
「……………………へぇ」
いや、違うぞ?コンフィよ……
パンデゥワンは、
「オジサンは、若く可愛い女の子に弱い」
と、いうことを知っているだけなのだよ。
こういうのを、
「買い物上手」ではなく、「世渡り上手」
と、言うのだよ。
と、たとえ教えてあげたとしても、
きっとコンフィには理解できないだろう。
なぜならコンフィは、女の子が苦手なのだ。
どう接していいのか分からないのだから。
なので、コンフィ目線の「オジサン」では、
どんなに可愛い女の子が、どんなに可愛く
振舞ったとしても、何も感じないのだ。
いや、どう対処していいのかわからない。
なので、そんな時は決まって、無反応である。
リアやメーべやアザミ女騎士団団員たちにも、
どう接していいのか……
でも、常に一緒に居たので避けられないため、
ただただ、いつも嫌われないようにと、
思いつく限りの、
「愛でる」
を、していたに過ぎないのだ。
なので、コンフィ目線で、
「女の子がどうすればオジサンが喜ぶ?」
なんて、わかるはずがないのだった……
今回、コンフィが選んだ服は、
セーラー服とプリーツスカートだ。
いわゆる、地球の日本の女子用の学生服だ。
「パンデゥワン、ありがとうな!」
「いや、でもそれだじゃあ、ダメだろ?」
「なんで?」
「だって、毎日それを着るつもりか?」
「別にいいんじゃないの?
市井の人たちは毎日同じ服を着るもんだろ?」
「いや、それにはそれなりの訳があってだな…」
「……うん?
ああ、知ってるよ!
俺、昔ちょいと旅人から聞いたことがある」
「ほお! どんな話だ?」
「うむ……俺がまだ男騎士だった頃だがな……」
コンフィは、昔の話を話した。
そう。市井の人たちには、
毎日同じ服を着るのには、
それなりの訳がある。
貴族や豪商の者たちと違い、一般人には、
服そのものは高価な物なのである。
なので、新しい服を買うにしても、
古着が当たり前なのであった。
また、新品の服となると、誂え品となる。
既製品なんてものは、滅多にない。
特に、下層の人々には、新しい服など、
数年に1度買えたら良い方だ。
新しい服とは言っても、古着には違いないが。
そうそう買えるものではないので、
夏でも冬服を着るのが当たり前である。
臭いがするほど汚れたら洗い、
そして痛めば継ぎ接ぎして着る。
新しい服を買う金が無いのだから仕方がない。
なぜか、そんな事だけは知っていたコンフィ。
昔、ドゥークの頃に旅人を助けた時に、
ちょこっと聞いた話であった。
「ほぉ~~~よく知っていたな、そんな事?」
「まあーな! 見直しただろ?」
「ふふん しゃらくせぇ」
「なんだよそれぇ?
少しくらい褒めてくれたっていいだろ?」
「あら~~~ミーシャちゃん!
いい子ね~~~いい子いい子~~~」
(コンフィの頭をナデナデするパンデゥワン)
「やめろよ! 変な事をするなよなっ!
!……あ」
「……ん? どうかしたか?」
「……もしかして、あの娘たちも、
こんな気持ちだったのかな……(汗)」
「はあ? なんの事だ?」
「「……(汗)」」
コンフィは、パンデゥワンに頭を撫でられ、
「いい子いい子」
と、自分がいつも、リアやメーべに
しいていたような事をされて、
なんだか恥ずかくて、やめて欲しかった。
『やっぱり、リアやメーべも、
本当は、嫌だったのか……
俺は、なんてバカな事をしていたんだ』
と、盛大に勘違いをしていた。
リアとメーべは、コンフィに
「いい子いい子」
されて、本気で喜んでいたのに……
コンフィの勘違いは、まだまだ増えそうだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は、コンフィの「喪失」と「日常回復」をテーマにした回でした。
自分が泣いたことすら覚えていない――
そんな状態から、少しずつ現実に戻っていく様子を書いています。
パンデゥワンの存在が、
とても良い“支え役”になってきましたね。
そして、新しい名前「ミーシャ」。
この名前が、これからどんな意味を持っていくのか…。
次回もお楽しみにです。




