暴食Ⅱ その3『旅人オズ』
『あの帝国軍はなにかって? さあ。なにはともあれ、さっさとどっかに行って欲しいもんさね』
『詳しくは知らないが、誰かを探しているようだったな。え? 誰かってのは誰かだよ。俺が知るもんか』
『全くなぜこんなタイミングで帝国軍が。せっかくロナンに修道様がいらして下さってるというのに。物々しい事この上ない』
『王女さまを探してるんだって。チルね、怖い赤毛のおねえさんがお話してるの聞いたんだ。ねえねえお兄ちゃん、王女さまって綺麗なのかなぁ。チル見てみたい』
云々かんぬん。さらさらとしたせせらぎが回想に混じる。ロナンの水車がすくう小さな川そばで、ミライは集めた情報を反芻していた。
清涼を含んだ風が通る此処は、聞き及んだ情報を整理するには丁度良い。風土によるものか、町人たちは余所者であるミライにも口を噤むことはなかった。
(赤毛のおねえさんってはよく分からないけど、あいつらの狙いがナージャなのは間違いないらしいな)
総括するなら、あの帝国軍はやはり追手だろう。町人達は彼らの到来は歓迎していないようだ。ミライに口を軽くしたのも、軍に対する反感の表れかも知れない。
一方で、軍の動きにも少し違和感があった。
(聞いた感じ、町の人達に聞き込みとかはされてないのか⋯⋯ちょっと変だな。西門で待ち構えてる癖に、妙に慎重というか。表沙汰に出来ない理由でもあるのか?)
掌の中で転がした小石を投じる。川の水面を切る小石の音は心地良い。けれども脳裏に浮かぶ疑問はなんとも歯切れが悪かった。
(一回、宿に戻るかな)
ともあれ情報は集まった。西門の帝国軍を切り抜ける方法までは思い付けないが、まずは皆と共有しよう。ケトルン辺りが良い案を出してくれるかも知れない。
さて、と立ち上がったミライ。
だが不意に、ミライの背へと川の清涼にも劣らない透き通った声が届いた。
「やあ、そこの黒フードの少年」
振り返った先に居たのは、自分と同じくらいの年頃の少年だった。
「水切り十回とはやるじゃないか。憂い顔のままボクの最高記録を軽々越えるなんて、隅に置けないな」
「⋯⋯誰だ?」
肩で揃えたエメラルドの髪と、同じ色した瞳が楽しげに細められている。被った羽根付き帽子と細微の造りが華美な衣服は、少年の性別を一層謎めいたものにさせていた。
「ボクはオズ。しがない渡り鳥をやってる。キミの名を聞かせて貰えるかな?」
「⋯⋯渡り鳥ってやるものじゃないだろ。まあいいか。俺はミライ。オズと似たようなもんだよ」
「へえ、そうか。奇遇だね」
ニコリと可憐に笑うオズに敵意は無かった。むしろ友好的ともいえるだろう。ミライの隣へと歩み立つオズは、自然体そのものだった。
「さてはキミも西門の帝国軍に足止めされている口かな?」
「!」
「ふふ、やっぱりそうか。キミも間が悪かったね。西門は"今朝"封鎖されたばかりなんだよ。やんごとなき御方を探しているって話だが、立ち往生を食らわされる側としては困ったもんだね」
「⋯⋯今朝、か。まるで俺がついさっきロナンに着いたと思ってる口ぶりだな」
「違うのかい? ボクはかれこれ五日ほどこの町に滞在してるんだけど、キミの顔は始めて見たからさ」
「どこにでもいるような顔だろ」
「鏡を見た事がないのかい? 派手さはないが、端正な顔立ちだと思うけれど」
「⋯⋯それはどうも」
恐らく人生で初めて顔を褒められているミライの反応は、淡白なものだった。
嬉しくない訳ではないのだが、それ以上にオズの言った『今朝』という部分に引っ掛かりがあったからだ。
自分達の先回りをしようにも、距離を考えれば今朝方にロナンに到着、というのはいくらなんでも早過ぎる。
なにかを見落としているのかも知れない。しかし考えてみても、現状では答えが出そうになかった。
「というか、渡り鳥の癖に意外と長居するんだな」
「ああ。実は財布を落としてしまってね。気付いたのが酒場でたらふく食べ終わった後だったのさ。給士係というのは貴重な体験だったけど、まさか羽根を休め終わったタイミングで籠に囚われてしまうとはね」
「⋯⋯オズの方がよっぽど間が悪いじゃないか」
「あはは。全くだ」
痛快とばかりにオズは手を叩く。その無邪気さが見慣れなくて、ミライはそっぽを向いた。
オズといいナージャといい、つくづくカガミの集落には居ない人物ばかりで落ち着かない。ダストンの警戒が恋しいくらいであった。
「でもボクは囚われ続ける趣味はない。籠の外へと飛び立つ方法は、ちゃあんと見つけてるよ」
「!⋯⋯西門を抜ける方法があるのか?」
「そういうことさ」
どうやらオズは爪を隠した鷹であったらしい。歌うような声で教えようかと囁いて、隣を流し見る翡翠の目。
長い睫毛がまばたいていた。
「不幸中の幸いとでもいうべきかな。ロナンには今、"世界教"の修道司祭が来ているんだよ」
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