暴食Ⅱ その2『ロナンの町』
「ぜえっ、はぁっ、や、やっと着きました⋯⋯」
「ナージャ、大丈夫か?」
「はい、なんとか⋯⋯うう、クラクラします⋯⋯」
「姫様バテバテだわさ。ほんと体力ないケロねえ」
「やんごとなきお立場なのだ、致し方あるまい」
「まあ、結構歩いたもんな。北の町ロナンか⋯⋯」
息も絶え絶えな貧弱王女に手を貸しながら、ミライは一望を眺めた。草原を歩いてニ時間。たどり着いたのは長閑な田舎町だった。
「⋯⋯いい風だな」
柵の中で群れる牛や羊。稲穂が波打つ金色の海。
小屋で回る水車が風景にスローをかける。覚えのないノスタルジーが琴線を撫でるようだった。
「あ、うぷ。ちょ。ちょっとまずい、です。少し気分が⋯⋯」
「直ちに宿の手配を致します! 姫様、もう暫辛抱を!」
「ひ、姫様! さすがに宿までは耐えるケロ! それは一国の姫としても女としてもアウトだわさ!」
「だ、大丈夫。ナージャ、負け、ません。あでもミライくん少し背中を擦って優しくお願いします⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯はい」
なおノスタルジーは秒で死んだ。
向こうは甘やかしたいらしいが、こっちは多少厳しく行こう。ミライはひっそりと決意した。
◆
「んはぁ⋯⋯部屋の隅⋯⋯このじっとり感⋯⋯どうしてこんなにも心落ち着くんでしょう⋯⋯生を実感しますう」
「おい一国の姫」
決意は秒で施行された。宿の部屋に入るなりこれである。安い宿の床など掃除が行き届いてないだろうに、ナージャはべっとり倒れ伏す事にまるで躊躇がない。
しなだれる肢体は羽織り衣の薄さもあって妖艶ともいえたが、想像以上のだらしなさに劣情以前に呆れるばかりだった。
「姫様。不逞の輩の前で、そのように隙を晒されるのはいささか」
「誰が不逞の輩だよ」
「貴様に決まっているのである! いやらしい眼付きで姫様を凝視しおってからに!」
「どっちかっていうと冷めてんだけど。鏡出して確かめてやろうか、今此処で!」
「あー⋯⋯ひんやりして気持ちいい⋯⋯やはり過ごすならば屋内に限りますね⋯⋯あふ」
「はぁ。このぐうたら感、王宮に居た頃とまるで成長してないんだわさ⋯⋯」
男性陣の口論などどこ吹く風で、今までの分を取り戻すかのようにだらけるナージャ。骨の髄までインドア気質なのだろう。そんな姿に今更幻滅したりはしないミライだが、零れる溜め息までは止められなかった。
「もうこの際ナージャは置いとくとして、これからどうする。早速問題発生してたけど」
「ケロ。その問題って、さっきのアレのことケロ?」
「ああ。ダストンさんも見たろ。この町の西門に、なぜか駐留してる"帝国軍"。あれじゃあ共和国方面には行けないんだろ?」
「うぬぬ⋯⋯」
怠惰な王女によって緊張感に欠けてはいるが、現在の彼らは難題に悩まされていた。
そう。帝国の支配領土外であるはずのロナンには、居るはずのない帝国の軍人達が駐留していたのである。
咄嗟に隠れ、彼らに見つからずに宿へ来れたのは幸いだったが、意図せず目指すべき進路を塞がれた形となっていた。
「西門ってことは、多分⋯⋯」
「ケロ。十中八九、こっちを待ち構えている感じがするだわさ。規模からして一個小隊って所けども、困った事になったんだわさ」
「ぬう。しかし追手にしては脚が速すぎるのである。たまたま居合わせた軍という可能性もあるが」
「んー、追いつこうと思えば追いつけたかもしれないケロね。行き先を気取られないように遠回りもしちゃったから⋯⋯」
「先回りされた可能性が高い、か。たまたま居合わせた他の部隊ってのも無くは無さそうだけど」
憶測を巡らせるにしても、決定打たる情報が無い。
どちらにせよ西門を越えるのは難題だが、帝国軍が何を目的としてこの町に居るのかは重要だろう。
偵察は必要不可欠だった。
「やっぱり俺が、町の人に話を聞いてみるべきだよな」
「どうして貴様でなければならぬ」
「顔が割れてるかもしれないダストンさんとナージャじゃまず無理だろ。ケトルンも論外だし」
「論外とは心外だわさ。でも、あーしじゃどう頑張っても目立つケロね」
「だが帝国の者共が、"捕縛したカガミの二人"を回収したのであれば、貴様の顔も割れてるのである」
「確かに。でも⋯⋯カガミといったら、三頭蛇のピアスに黒法衣だろ。その先入観はどうしたって強いから、俺が一番バレにくいはず。違うか?」
「⋯⋯む」
白髪に赤い目という特徴もあるが、小屋から拝借した黒い上着にはフードが付いていた。目深く被れば気付かれる確率は一層下がるだろう。消去法で考えれば、やはり情報収集にはミライが一番適しているのだ。
「⋯⋯それに、俺の顔、割と地味だし」
「⋯⋯であるか」
「⋯⋯だわさ」
なんとも虚しい決定打を自ら押したミライに、流石のダストンも哀れみでもって目を逸らすしかなかった。
◆
「⋯⋯わ、わたしは、綺麗で整ってる顔立ちだと思いますけど⋯⋯」
「⋯⋯姫様。せめてそういうことはミライが行く前に言ってあげるべきだわさ」
時間差で告げられた王女からの好評を、本人の耳に入らなかったのは、なんとも不幸な事である。




