第95話 先生と遺書
毎週水曜日の朝は、
全校集会が開かれる。
昨夜遅くまで起きていた俺は、
眠い目を擦りながら
列に並んでいた。
子供達から少し離れた場所にいる
教師の一団の中には、
今日もナカマイ先生の姿はなかった。
「・・大人は時に、
子供に嘘を吐いたり、
隠し事をしまぁす。
しかしですねぇ。
その嘘や隠し事は、
子供にはバレているのですねぇ。
子供は大人の微妙な変化を
敏感に感じ取っているのですねぇ。
子供の前でぇ。
嘘や隠し事は通用しましぇぇん」
いつになく校長は力説していた。
これなら30分は遅刻しても良かったな
と俺は大きく欠伸をした。
「昨日。
猿田先生の机から、
遺書が見つかりましたぁ。
遺書と言ってわかりにくければ、
手紙と言い直しましょうかねぇ」
校長の言葉は
俺の眠りかけていた意識を
一瞬で覚醒させた。
そして。
校長の言葉に反応したのは、
子供達ではなく教師達だった。
教師達は少し騒ついていた。
「皆さんも覚えているでしょう。
夏休みにぃ。
亡くなられたぁ、
葉山実果さんのことをぉぉ。
彼女は妊娠していましたぁ」
高学年の男子生徒の一部が、
囃し立てた。
「相手は猿田先生でぇす。
猿田先生は教師として、
してはいけないことを
していたんですねぇ」
続いて女子生徒の間で悲鳴が上がった。
教頭が横からマイクで
「静かに!」
と注意した。
「猿田先生はぁ。
それが発覚することを恐れてぇ、
彼女を殺したのでぇぇぇぇす」
今度は多くの子供達が悲鳴を上げた。
教頭が鎮めようと試みたが、
子供達の動揺は
広まるばかりだった。
各クラスの担任が駆けつけて、
静かにするように注意した。
校庭に静寂が戻ると、
校長はコホンと咳払いをしてから、
ふたたび話し始めた。
「しかぁし。
猿田先生はそれを
後悔していましたぁ。
猿田先生は
自分を責め続けていたのでぇす。
手紙にはぁ、
死を決意したと書かれていましたぁ」
校長は一度言葉を止めて、
声を震わせながら続けた。
「猿田先生は
自らの過ちを償うためにぃ、
屋上から身を投げたのでぇぇす」
子供達は何度目かとなる
驚きの声を上げた。
そして。
それは大合唱となった。
収拾がつかないと判断した教頭が、
集会を打ち切った。
各クラスの担任に率いられて、
皆校舎へと戻っていった。
俺達のクラスを引率したのは、
音楽教師の池島だった。
池島は、
子供達を席に座らせると、
そのまま待つように指示してから、
教室を出ていった。
すぐに教室は喧噪に包まれた。
「葉山さんを殺した教師って、
ボス猿だったんだね」
「ボス猿ならやりかねないと
思ってたぜ」
翔太と洋も興奮していた。
しばらくして。
池島が教室に戻ってきた。
池島の口から
1時間目が自習であることを
告げられると、
歓声が上がった。
「いいですか。
先生がいなくても、
きちんと自習をするように。
時々見に来ます。
その時。
おしゃべりをしたり、
立ち歩いていたら、
厳しい罰がありますからね」
そんな池島の忠告が効いたのか、
子供達は比較的大人しく、
自習をしていた。
俺は全校集会での校長の話を
思い返していた。
俺の推理はその半分は当たっていた。
見つかったのは手紙だということ。
しかし。
その手紙は、
俺が書いた手紙ではなく、
ボス猿自身が書いた遺書だった。
そして。
俺が守ろうとした葉山の妊娠は、
その遺書によって公にされた。
それは。
俺の望んだ結末ではなかった。
校長は、
子供に嘘は通用しないと言った。
確かに。
子供は大人の嘘や小さな変化を、
敏感に感じ取る。
それでも。
今回の件のすべてを話すという、
校長の選択に
俺は賛成できなかった。
教師が教え子を妊娠させ、
その挙句殺したということを
公表する必要があったのだろうか。
このような事実は、
学校側からすれば、
隠したい汚点である。
それに。
以前、
俺の流した噂話は
必死になって消火したのにだ。
根拠のない噂話は
学校の名誉にかけて否定し、
事実は
学校にとって不名誉なことでも
公表する。
それが校長の信念なら。
確かに人として立派だと
言わざるを得ない。
しかし。
この事実を知ることになる
葉山の両親や
ナカマイ先生の気持ちを考えると、
俺はどうしても納得できなかった。
それに。
校長がそこまで
真実に誠実であろうとするなら、
自らの頭髪をカツラで隠さずに、
堂々と晒すべきではないか。
そう考える俺は
捻くれているのだろうか。




