第94話 嫌な予感
翌日もナカマイ先生は休んだ。
この日、
昼休みが終わろうとした頃。
校門の前が急に騒がしくなった。
2台のパトカーが停まり、
中から2人の私服警官が降りてきた。
翔太と洋は、
間近で見るパトカーに興奮していた。
午後の授業が始まって、
教室に現れたのは一色拓海だった。
「お~い、お前達。
校長先生は用事ができたから、
昼からの授業は自習だ!
いいか~。
多少の私語は許すけど、
大声で騒ぐなよ~。
騒いだら後から
校長先生のなが~い
お説教があるからな」
一色が教室を出る時、
数人の女子生徒が
「またね~。
拓ちゃん!」
と声を掛けた。
一色は振り向きざまに、
胸ポケットの櫛を髪に当てると、
「Hey girl!
Are you ready?」
と声を張り上げた。
すぐに女子生徒達が
「いぇ~い!」
とそれに応えた。
俺は頬杖をついて、
その様子を眺めていた。
相馬の方へ視線を向けると、
少女は本に目を落としたままだった。
結局。
午後からの2時間はすべて自習になり、
帰る時間になっても、
校長が教室に
顔を見せることはなかった。
代わりに。
一色が駆け足で教室に現れた。
一色は教室に入ってくると、
まず櫛で髪を整えた。
そして。
これといった連絡もなく、
帰りの会はあっという間に終わった。
数人の女子生徒が
「さよなら。
拓ちゃん!」
と手を振ったものの、
すでに一色の姿は
廊下へと消えていた。
俺は教室を出てから、
靴箱へ行く前に
職員室へ寄り道をした。
職員室の前の廊下では
教師達が集まって何やら話をしていた。
俺が近づくと、
1人の若い女教師が、
俺の前に立ち塞がった。
体のラインが強調された
ミニのワンピースからは
艶めかしい太ももが覗いていた。
肩下まで伸びた茶髪に、
大きな目をしたその顔立ちは、
肉感的な体とは不釣り合いに幼かった。
ナカマイ先生と
年齢は同じくらいと思われたが、
女の武器を
最大限に活かしたその姿は、
対照的だった。
「今は誰も職員室には入れないのよ」
その女教師はそう言って微笑んだ。
「どうして?」
俺は無邪気な子供を装って訊ねた。
「警察の人が来てるのよ。
中には校長先生と教頭先生、
それに一色先生しか入れないの」
「ふ~ん。
中で何をしてるの?」
「猿田先生の荷物を整理してたらね。
大変なモノが出てきたのよ」
その言葉に俺の心が騒ついた。
「へぇ~。
それは何?」
俺はあえて
あまり興味がない風を装った。
「それはね・・」
「紅葉先生。
子供達に余計なことを
ペラペラとしゃべらないように」
紅葉と呼ばれたその女教師の後ろから、
音楽教師の
池島千代
が顔を出した。
池島は5、6年生の
音楽の授業を担当していた。
小顔にベリーショートの髪。
くるりとした小さな目、
スッと通った鼻筋に小さな口。
年齢は50代半ばだったが、
年の割には綺麗だった。
体の線は細かったが、
妙な色気があった。
規則に異常なほど厳しく、
子供達が少しでも破ろうものなら、
ヒステリックに声を荒げた。
そのためか。
子供達からの人気はイマイチだった。
彼女のその性格について、
俺は音楽教師という
職業故かと思っていた。
というのも。
合唱や合奏においては、
少しの乱れが全体を歪める。
1人1人が好き勝手に歌ったり、
演奏してしまっては、
全てが台無しになる。
そのために必要なのが、
規則でありルールならば、
彼女がそこに拘るのも理解できた。
規則やルールは、
それに従う人々のために
あるのではない。
それらの人々を
統治する者のために存在する。
それは法を考えれば明らかだ。
彼女もまた、
この国の教育による
犠牲者の1人なのだ。
規則やルールに厳しい人間は、
歯車として扱いやすい。
そして。
この国の教育は、
近代を迎えてから
まさにそのような人間を作ることが、
目的とされてきた。
支配する側にとって、
都合のいい人間作り。
組織に必要な人材である。
そして。
一度成文化された規則やルールは、
長期にわたって人々を縛る。
「悪法もまた法なり」
そんな言葉を残した者もいたが、
それは単なる敗北である。
それに。
成文化されたモノは
時代の流れに敏感に対応できない。
池島千代は
俺の方をちらりと見てから、
「先生達は忙しいから、
早く帰りなさい」
と事務的に命じた。
そして。
俺は半ば無理矢理に
校舎から追い出された。
「遅いよ、
あっくん」
「何してたんだよ」
校門で待っていた翔太と洋が
不満を口にしたが、
そこに茜の姿はなかった。
「今日はピアノのレッスンは
ないはずだろ?」
「誘ったんだけどさ。
茜ちゃん、
今日は気分が乗らない
って言ってたぜ」
翔太の代わりに洋が答えた。
俺達は
『Paradise Garden 中之島』
へ行った。
屋上で煙草を吹かしている間も、
俺は紅葉と呼ばれた女教師の言葉が、
頭を離れなかった。
ボス猿の荷物から
見つかったモノとは何だろう。
池島が出てこなければ・・。
その時。
俺は重要なことを思い出した。
俺がボス猿を誘い出した手紙。
『葉山実果が
お腹の子の父親に宛てた手紙がある。
詳しく知りたければ、
17時に屋上に来い』
俺は今の今まで、
その存在をすっかり忘れていた。
もしかして。
あの手紙が発見されたのかもしれない。
手紙は第3者の存在を
明確に示している。
さらに。
17時という時刻は
ボス猿の死んだ時刻と近い。
頭の中で黄色信号が点滅した。
それでも。
楽観的に考えるならば、
手紙には
日付が明記されていないということ。
つまり。
手紙に書かれた時刻が、
ボス猿が死んだ
当日の時刻を指しているとは、
言い切れない。
警察は手紙の送り主が
誰なのか調べるだろうか。
嫌な予感がした。
そして。
嫌な予感というものは・・。




