第85話 火種
それから1週間が過ぎた。
今や子供達の中では、
葉山を殺した教師が誰か、
という話題で持ちきりだった。
多くの子供が、
その教師はボス猿だと考えていた。
時折見かけるボス猿は、
どこか様子がおかしかった。
相変わらず威張り散らしてはいたが、
焦っているようでもあり、
何かに怯えているようにも見えた。
そして。
俺は新たに
『葉山が死ぬ前に残した手紙がある』
という内容の噂を流した。
勿論。
俺に葉山の手紙を
公表するつもりはない。
これは架空の手紙だ。
それでも。
犯人はこの噂を無視できない。
存在しない手紙に、
何が書かれているのか。
自分との関係や妊娠の事実が、
書かれているのではないか。
そんな不安を募らせるに違いない。
この新たな噂は
火に油を注ぐ結果となった。
子供達の間では
宝の地図を探すがごとく、
架空の手紙探しが始まった。
それに関しては予想外だったが、
学校中の子供達の興味が
葉山を殺した犯人へと
向けられていることは、
狙い通りだった。
そして。
その疑惑の中心にいるボス猿は、
針の筵に座らされている気分だろう。
ボス猿が尻尾を出すのも
時間の問題と思われた。
しかし。
ここで問題が起きた。
子供達の話は
当然その保護者の耳にも入る。
この騒動に、
PTAが黙っているはずもなかった。
すぐに洋の母親を先頭に、
大人達が学校に乗り込んできた。
そしてその翌朝。
緊急の全校集会が開かれた。
校長の勅使河原が、
ゴホンと芝居じみた咳払いの後、
大袈裟に長髪をかき上げた。
俺はその様子を見て、
この時代の技術も
大したものだと思った。
「近頃ぉ。
学校で変な噂がぁ、
広まっているようでぇす。
君達はぁ、
それに惑わされないように
して下さぁい。
噂というものは
その大部分は嘘でぇす。
この学校にぃ。
生徒を傷付けるような
先生はいましぇ~ん。
『口は災いの元』と言いまぁす。
根も葉もない噂話を広めることはぁ、
いずれ自分の身を滅ぼすことにぃ、
なるかもしれましぇ~ん」
校長がこれほど直接的に
牽制するとは、
PTAからよほど圧力を
かけられたのだと想像できた。
学校側も対応に必死のようだ。
そして。
学校側が必死になればなるほど、
犯人にとっては都合が良かった。
犯人が学校という大きな組織に
守られていることに、
俺は改めて気付かされた。
この日。
全校集会が終わった後も、
各クラスの担任から
噂話に対する注意がなされた。
特に6年生のクラスでは、
それが顕著だったようだ。
大人から、
噂は根も葉もないことだと
説明された子供達は、
素直にそれを信じた。
この出来事から
1つの教訓を得ることができる。
『大人の言葉を
素直に信じてはいけない』
大人は子供に対して、
都合の悪いことは隠そうとする。
大人の世界は嘘に塗れている。
子供に嘘を吐くなと
教育している大人こそが、
大嘘吐きなのだ。
それに。
資本主義の世界において、
商売の基本は人を騙すこと。
自分の商品の価値を錯覚させて、
他人に高値で売りつけるのが
成功の秘訣である。
だからこそ。
企業はCMに金をかける。
「永遠の輝き」
というキャッチコピーで
ダイヤモンドを売り出し、
世界中の女性達を騙した男は、
巨万の富を築いた。
名ばかりのブランド商品に
飛びつく人間は、
売り手からすれば良い鴨である。
学校側の迅速な火消しによって、
俺が流した噂は瞬く間に鎮火された。
しかし。
この流れはある程度予想していた。
だからこそ。
俺は追加の噂を流したのだ。
噂の炎が消えても、
犯人の中では手紙の存在が燻り続ける。
たとえその手紙が、
実際には存在しないモノであっても、
犯人の中にだけは存在し続ける。
俺は時機を見て、
その小さな火種に吐息を吹きかける。
その時。
炎はふたたび大きく燃え上がるだろう。
犯人の体を焼き尽くしてしまうほどに。
『それまでせいぜい怯えて暮らせ』




