第82話 恋は盲目
「沙織ちゃん、
ここにいたのね」
その時。
教室のドアが開き、
ナカマイ先生が顔を出した。
「あら?
2人でいたのね」
ナカマイ先生は
俺がいることに気付くと、
少し意外そうな表情を浮かべた。
「一緒にお弁当を食べようと
思ったんだけど・・」
そう言って、
彼女は手に持っていた風呂敷を
軽く持ち上げた。
「先生も一緒に食べていいかな?」
俺が机を寄せて、
ナカマイ先生の席を作っている間に、
相馬は手洗いに席を立った。
そのタイミングで、
俺はナカマイ先生に訊ねた。
「先生は相馬の家庭の事情を
知ってる?」
知っているからこそ、
こうして相馬を気遣い、
弁当を用意してきたのだ。
俺はナカマイ先生が
実際のところ、
どこまで知っているのか、
確かめようと思った。
「君は沙織ちゃんのことが
心配なのね」
俺はあの夜見たことを、
ナカマイ先生に話すか迷った。
「大丈夫。
沙織ちゃんのことは
先生がちゃんと見てるから」
確かにナカマイ先生は信頼できる。
しかし。
所詮は人生経験の浅い
20歳そこそこの若者に過ぎない。
過度な期待はできない。
それでも。
ナカマイ先生が
相馬を気にかけてくれていることは
心強かった。
「先生は猿田先生のどこが好きなの?」
俺は相馬が戻ってくる前に、
もう1つ気になっていたことを
訊ねた。
「えっ!」
ナカマイ先生が大きく目を見開いた。
「え、えっと・・」
彼女は視線を泳がせながら、
手元の紙コップに目を落とした。
それから。
ナカマイ先生は
紙コップに入ったお茶を
ゆっくりと一口だけ飲んだ。
「・・どうして。
そんなことを聞くの?」
この場合、
質問に質問を返すのは悪手だ。
これでは
暗にボス猿のことを好きだと
認めているようなものだった。
案外。
小学生である相馬や奥川、
それに茜のほうが、
心の内を隠す術に
長けているのではないかと思った。
「俺にはわかるんだ。
でも安心して。
他の子は誰も気付いてないから」
ナカマイ先生は
今度は本当に驚いた顔をした。
「へぇ、
やっぱり君は不思議な子ね。
学校では猿田先生とは
距離を置いていた
つもりなんだけどな」
そして顎に手を当てて、
少し考えるような仕草を見せた。
「そうね。
真面目で誠実なとこかしら。
あとは。
ちょっと天然でかわいいところかな」
そう言って、
ナカマイ先生は笑った。
真面目で誠実。
そして天然でかわいい。
・・とんでもない。
恋は盲目。
恋は人の目を曇らせる。
どんな優秀な人間も恋の病に罹れば、
その思考力を失う。
ボス猿は不真面目で不誠実。
天然ではなく計算ずく。
かわいいなどとは笑止千万。
教え子と関係を持ち、
妊娠させた挙句に
自殺に見せかけて殺した男、
その最も有力な容疑者なのだ。
「でもこのことはみんなには内緒よ」
そう言って、
ナカマイ先生は片目を瞑った。
丁度そこで、
相馬が戻ってきてこの話は終わった。
午後からのプログラムが始まると、
子供達は午前中以上に
熱狂的にはしゃいでいた。
珍しく相馬も
皆と一緒に盛り上がっていた。
そして。
俺はそんな子供達を
微笑ましく見守りながら、
全てのプログラムを卒なくこなした。




