第81話 運動会
ただ無為に時間だけが過ぎていった。
10月になり、
運動会の当日を迎えた。
俺は適度に手を抜きつつ、
午前中のプログラムを
卒なくこなした。
昼食の時間になると、
子供達はグラウンドの周囲に
設置された保護者用のテントへと
散っていった。
その人波から外れて1人、
校舎の方へ歩いていく
少女の姿が目に留まった。
俺は両親の待つテントへ戻ると、
シートの上に並べられた重箱から、
適当におかずを見繕い、
空き容器に詰め込んだ。
「どうしたの?」
と不思議そうに訊ねる母に、
俺は
「教室で友達と食べるから」
と説明した。
「それなら。
そのお友達を
ここに呼べばいいじゃない」
「まあまあ。
このくらいの歳の子は、
親といるのを
煩わしく思うものさ」
父はそう言って、
母を宥めた。
6年3組の教室の前で、
俺は一度大きく深呼吸をしてから、
思い切ってドアを開けた。
机に伏せていた相馬が顔を上げた。
「あれ?
相馬。
お前もここにいたのか?」
俺は驚いた演技をした。
「・・お前も・・って?」
「テントで親と飯食うのが嫌でさ。
ここの方が気楽だろ?」
相馬は答えなかった。
俺は大袈裟に咳払いをした。
「・・ここで一緒に食おうぜ。
見飽きた校庭も、
今日に限っては華やかだろ」
俺は彼女の返事を待たず、
窓際の机を2つ寄せて、
その上に持ってきた容器を並べた。
準備が整ったところで、
相馬の方を見ると、
彼女の鋭い眼差しが、
じっと俺に注がれていた。
相馬は椅子から立ち上がると、
何も言わずこちらへ歩いてきた。
俺と相馬は向かい合って座った。
彼女はなかなか箸を付けようとせず、
目の前に並べられた容器を
無言で見つめていた。
「どうした?
好きな物がないか?」
さすがに。
相馬の好物まではわからない。
「これ。
1人分にしては多すぎない?」
その言葉に、
俺は危うく箸を落としそうになった。
「私がここにいることを知ってて、
持ってきたのね」
相馬の視線が鋭さを増した。
「そ、そんなわけないだろ」
俺はさり気なく視線をそらして、
卵焼きに箸を刺した。
「嘘が下手ね」
「嘘を吐く理由がないけどな」
俺は努めて冷静に否定した。
会話における駆け引きで、
小学生の少女に引けを取るほど、
やわな人生を
歩んできたつもりはなかった。
「じゃあ。
箸が2膳ある理由を説明できる?」
持ち上げた箸から卵焼きが落ちた。
「そ、それは・・」
「同情?」
「ち、違う!」
俺は慌てて否定した。
「じゃあ。
何?」
俺の体は金縛りにあったように、
固まった。
グラウンドから、
賑やかな声が聞こえてきた。
「こ・・好意かな」
やっとのことで、
俺はその言葉を絞り出した。
「い、いや・・好奇心かな」
そしてすぐに訂正した。
「ふうん。
調子がいいのね」
相馬が小さく笑った。
張り詰めていた肩の力が
すっと抜けて、
体の緊張が解けた。
そして。
初めて目にする
相馬の柔らかな笑顔に、
俺は胸がキュッと
締め付けられるような感覚に陥った。
「でも。
私に優しくすると、
塚本さんが怒るわよ?
色男さん」
「えっ?」
思わず箸を落としてしまった。
「どうやらその反応は。
塚本さんの気持ちには、
一応気付いてるみたいね」
「参ったな。
相馬はすべてお見通しってわけか」
相馬の口元がふたたび緩んだ。
俺達は声を出して笑った。




