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黄昏は悲しき堕天使達のシュプール  作者: Mr.M
六章 Reality 9月

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78/136

第78話 あの日のこと・・

その日の放課後。

一目散に

教室を出ていこうとしていた

翔太を俺は呼び止めた。

「どうしたの、あっくん?

 今日はあっくんも塾だし、

 茜ちゃんも

 ピアノのレッスンだから、

 集まらないんじゃなかった?」

「ああ。

 そうなんだけどさ、

 ちょっと翔太に

 聞きたいことがあってさ。

 途中まで一緒に帰ろうぜ」

俺達は並んで教室を出た。


「変なことを聞くけどさ。

 真面目に答えて欲しいんだ」

校門を出てからすぐに、

俺は本題を切り出した。

「ど、どうしたの?

 突然」

呑気に空を見上げながら

歩いていた翔太の表情に

緊張の色が浮かんだ。

「翔太はさ。

 やっぱり茜のことが

 好きなんだよな?」

「えっ!」

「どうなんだ?

 お前が茜のことを好きなら、

 俺は応援したいんだ」

翔太の返事を待たずに、

俺は畳みかけた。

「・・う、うん。

 あ、ありがとう」

俺のただならぬ気配に、

翔太は明らかに戸惑っていた。

余計なお世話だったか。

しかし。

洋の気持ちが茜に向いている以上、

のんびり構えているわけには

いかない。

洋の気持ちは

止めることはできないが、

翔太と茜が先に結ばれれば、

諦めざるを得ないだろう。

しばらくして。

翔太は自分の気持ちを確かめるように

一言一言、

言葉を選びながら話し始めた。

「・・実は。

 僕にもよくわからないんだ。

 あの夜。

 浜辺で見た茜ちゃんの一面に

 驚いたっていうか・・」

またしても「夏休みの別荘」だ。

俺は頭を掻いた。

「あの時は。

 アルコールも入っていた。

 それに暗かったし、

 茜も気が大きくなって、

 あんな姿を晒したんだよ」

「で、でも・・。

 それだけじゃないんだ・・」

翔太の返事は歯切れが悪かった。

それでも。

俺は説得しなければならない。

「でも?

 何だよ?

 他に気になることがあるのか?」

俺は翔太の返事を待った。

翔太は俯いたまま、

何かを考え込んでいた。

息苦しさを感じて、

俺はそっと息を吐き出した。

やがて。

翔太がゆっくりと顔を上げた。


「大吾が落ちたあの日のこと・・」

「うん?」

突然、

大吾の名前が出てきたことに

俺は戸惑った。

正直なところ、

俺は大吾の件を

蒸し返したくはなかった。

「僕ははっきりと覚えてる・・」

翔太が何を言い出すのか、

微かな不安がよぎった。

「あっくんはあの時、

 僕達のいた場所を覚えてる?」

翔太の言葉に

俺は記憶の糸を手繰った。



俺と洋は南西の端にいた。

屋上へ通じる排水管は、

北北東にあった。

その排水管を伝って、

下から上がってこようとしていた大吾。

そして。

上で怯えていたのが翔太と茜だ。


「大吾が排水管を上り始める前。

 僕はまだ茜ちゃんから

 離れたところにいたんだ」

あの時。

翔太は煙草を口実に、

茜のところへ戻っていった。

洋が俺に

「わかりやすいだろ?」

と意味深な視線を

投げてきたことを思い出した。

「あの時。

 茜ちゃんが

 下にいる大吾に話しかける声が、

 聞こえてきたんだ」


茜の声に翔太は足を止めた。

「大吾さん、

 私が欲しいんでしょ?

 ここを上って来られたら、

 私のことを

 好きにしてもいいわよ」

茜は大吾にそう言葉をかけていた。


「茜ちゃんの言葉の意味を

 すぐには理解できなかったんだ」

翔太はそう付け加えた。


茜は火の点いた煙草を指に挟んで、

下を覗き込んでいた。

「本当だろうな」

下から大吾の濁声がした。

「ええ。

 私の体を見て、

 その手で触りたいでしょ?」

「その言葉、

 冗談じゃすまねえぞ」

茜は一歩前に踏み出すと、

指で煙草を弾いた。

煙草はくるくると回転しながら、

地上へ落ちていった。

それから。

茜は両手でスカートの裾を捲り上げた。

「この中がどうなってるか

 知りたいんでしょ?」

翔太は2人のやり取りを、

ぼんやりとした頭で聞いていた。

夢を見ているようだったと言った。

そして。

下にいる大吾が、

今まさに目にしている光景を

想像すると、

翔太の中に怒りと嫉妬の入り混じった

複雑な感情が芽生えた。

「それに。

 大吾さんだけそこで待ってるのって、

 男として情けないわ」

「へっ、

 すぐにそっちに行ってやるよ」


「宇宙人が茜ちゃんの体を

 乗っ取ってるんじゃないかと思った」

そう言って、

翔太は大きく溜息を吐いた。

そこから先は翔太の記憶も曖昧だった。


大吾の

「助けてくれー」

という叫び声で、

翔太はすぐに茜の隣に駆け寄った。

下を覗くと。

排水管にしがみついている

大吾が見えた。

大吾は足を排水管に絡めようと、

必死にもがいていた。

しかし。

壁にぴたりと沿うように

設置されている排水管には、

足を絡めることはできなかった。

時折。

大吾の足が空を蹴った。

「無理だぁ~!」

大吾がふたたび叫んだ。

しかし。

その叫び声は茜の悲鳴によって、

かき消された。

そして。

翔太は腹の底から声を出した。

「あっくん、洋!」


そこから先のことは。

俺も知っている通りだ。

今でも。

大吾の体が、

地面に叩きつけられた瞬間が、

俺の記憶にはっきりと残っている。

「・・何が言いたいんだ?」

俺は翔太に気付かれないように、

小さく息を吸った。

「茜ちゃんが

 あんなことを言わなかったら。

 大吾は上ってこようなんて、

 思わなかったんじゃないかって」

俺は何も言わなかった。

「茜ちゃんは、

 どうしてあんなことを

 言ったんだろう?

 ねぇ、あっくん。

 どう思う?」

俺は返すべき言葉を探した。

茜が明らかに

大吾を挑発していたとして。

そして。

大吾がその挑発に乗ったとしても。

その結果を。

茜が予想していたとは限らない。

茜はただ、

大吾を揶揄っただけなのだ。

結局は大吾の自己責任・・。


『本当にそう思うのか?』


・・。


『熊谷大吾が

 あの排水管に手をかけた時点で、

 その結果は誰の目にも明らかだ』


・・。


『塚本茜は

 熊谷大吾が死ぬことを予想していた。

 そして。

 塚本茜はそれを望んでいた。

 これは。

 積極的な殺意から生まれた、

 消極的な殺人だ』


違う。

俺は頭を振って心の声に反対した。

そうだとしても。

たとえ茜が大吾の死を

望んでいたとしても。

それは望んでいたというだけの話。

他人の死を願うことが

罪に問われるのであれば、

この世は罪人だらけだ。


『詭弁だな』


詭弁ではない。

確かに。

茜の囁きは、

大吾にとってのレクイエムとなった。

それが事実だとしても。

茜の考えまでは他人にはわからない。

そもそも。

なぜ茜が大吾を殺そうと思うのか。

そう自問したところで、

俺はその存在に気付いた。


『そうだ。

 あのビデオテープだ』


動機がある人間が

すべて殺人者なら

この世は罪人だらけになる・・。

俺は力なく心の声に反論した。


「僕は茜ちゃんのことを

 何もわかってなかったんだ・・」

翔太は寂しそうに呟いた。

「な、何を言ってるんだよ。

 考えすぎなんだよ、翔太は。

 茜はさ。

 ちょっと大吾を

 揶揄ってみただけさ。

 大吾があんなことになるなんて、

 誰にもわからなかったんだ」

俺は必死に説得を試みた。

「あっくんはそう言うけど。

 あの夜の浜辺のことだって・・」

翔太はそこに拘っていた。

「さっきも言っただろ?

 あれはアルコールのせいだ」

「いくらお酒を飲んでても。

 女の子が人前で裸になるかな・・」

茜が俺達の前で裸を晒したことが、

翔太は許せないのか。

片や洋はそんな茜に惹かれた。

「俺達だって裸だったろ?

 翔太は男と女で差別するのか?」

詭弁だった。

それでも。

俺は茜の肩を持った。

「そ、それは・・。

 でももう僕・・。

 茜ちゃんを今までのように

 見ることができないよ」

俺はそれ以上何も言えなかった。

そこから。

俺達は黙って歩いた。


「じゃあ、

 あっくん。

 また明日。

 今日は家でガブリエルと遊ぶよ!」

ガブリエルとは

翔太が飼っている猫の名前だ。

丁字路を右折して駆けていく

翔太の後姿を、

俺はただ黙って見送った。

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