第63話 女の子の悩みと言えば
ある日の放課後。
探偵団の皆と一緒に
校舎を出たところで、
俺の目が校門とは違う方向へ
歩いていく1人の少女の姿を捉えた。
俺は前を歩く3人に、
「先に行っててくれ」
と声を掛けて、
少女の後を追った。
少女は体育館の前の階段に
腰を下ろしていた。
何か思い詰めているような、
それでいて寂しげな表情だった。
「葉山!」
俺の声に少女はビクッと体を震わせた。
それから。
恐る恐るこちらへ目を向けた。
声の主が俺だとわかると、
少女は目を丸くした。
当然。
彼女は隣のクラスの、
それも今年になって転校してきた
俺のことなど知るわけもない。
そんな男が。
どうして自分に声を掛けたのか。
彼女の表情には微かな戸惑いが見えた。
「あなた・・。
暁子ちゃんと付き合ってた
転校生でしょ?」
その言葉に、
今度は俺の方が戸惑う番だった。
「・・奥川から聞いたのか?」
自己紹介の手間が省けたのは、
好都合だった。
それに。
俺と奥川の関係を
知っているのであれば、
話も進めやすい。
「ええ。
少し前だけど。
久しぶりに、
暁子ちゃんと話したから」
「俺と奥川は、
残念な結果に終わったけど、
君はどうなんだ?
彼氏がいるんだろ?」
俺は鎌をかけた。
「・・暁子ちゃんに聞いたんだ?」
ほんの一瞬。
彼女が笑ったように見えた。
「その相手と、
上手くいってないんだろ?」
俺の問いに、
少女は困ったような表情を浮かべた。
「・・どうしてそう思うの?」
しばらくして。
葉山は口を開いた。
「君くらいの年頃の子の
悩みと言えば、
やっぱり恋だろ?」
そう答えると、
葉山は
「ぷっ」
と噴き出した。
「変な人ね」
そして彼女は腕を組んだ。
その仕草は、
どことなく奥川に似ていた。
「それを言うなら。
『女の子の悩みと言えば』
でしょ?」
どちらでも大した違いは
ないような気がして、
俺は首を捻った。
そんな俺を見て、
彼女は
「あはは」
と声を出して笑った。
「同級生に対して、
『君くらいの年頃の子』
なんて言わないでしょ?
普通」
なるほど。
確かに俺の失言だった。
そして。
葉山のその的確な指摘が可笑しくて、
俺もつい頬が緩んだ。
「・・妊娠してるの、私」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔。
きっと今の俺は、
そんな顔をしているに違いない。
校庭の方から、
子供達の楽しそうな声が
聞こえていた。
俺はぼんやりと
目の前の少女を見つめていた。
「ぷっ。
あははは」
ふいに。
葉山が噴き出した。
俺は何も言えずに、
ただ立ち尽くしていた。
「・・ごめんなさい。
冗談よ。
少し揶揄ってみたの」
そう言われても何が冗談で、
そして、
なぜ俺を揶揄う必要があるのかが、
理解できなかった。
「変な顔しないで。
あなただって。
暁子ちゃんと
そういう経験はしたんでしょ?」
「い、いや俺達は・・」
葉山の直球すぎる質問に、
俺は困惑した。
この時代の小学生は、
もっと幼いと思っていたが、
どうやらそれは、
俺の勘違いだったようだ。
子供の成長は、
大人が考えているよりも早い。
それはいつの時代も変わらない。
「ねえ。
暁子ちゃんとはどうして別れたの?
彼女はまだ
あなたのことが好きなのよ。
私のことよりも、
彼女のことを気にしてあげて」
葉山の悩みを聞き出すつもりが、
いつの間にか
俺と奥川の恋愛相談になっていた。
「・・俺たちはもう終わったから」
俺は多少強引に、
話の流れを断ち切った。
「・・そう」
小さく頷いた葉山は、
どこか悲しそうに見えた。
「暁子ちゃんに
何を聞いたのか知らないけど
私は何でもないから」
そして葉山は笑った。
俺にはその笑顔が
無理をしているように見えた。
何でもないのに、
自殺する人間はいない。
それでも。
今はこれ以上聞き出すのは無理だと
俺は判断した。
押してダメなら。
「葉山。
俺で良ければ何でも話してくれよ、
相談に乗るからさ。
友達や親のように、
近すぎる人間よりも、
ある程度距離のある人間の方が、
話し易いことってあるだろ?
それが俺かどうかは別にしてもさ。
兎に角。
1人で悩むよりは良いと思うんだ。
子供が1人で出した結論って、
大抵悪い方に転ぶからさ」
「あなただって子供じゃない」
そう言って、
彼女は小さく笑った。
「あ・・う、うん。
でも・・。
俺も奥川も君の味方だから」
「・・変な人。
でも。
ありがとう」
そして葉山はふたたび笑った。
別れ際。
俺は葉山に家の電話番号を教えた。
話したいことがあれば、
いつでも連絡してくれと
言葉を添えて。
葉山は笑っていたが、
それでももう一度
「ありがとう」
と言って帰っていった。
彼女の後姿は、
どこにでもいる
普通の小学生の女の子だった。
とても何かに悩んでいるようには
見えなかった。
俺に対して2度も
「変な人」
と言って笑った彼女の笑顔を、
俺は夏休みが終わってからも
見ることができるだろうか。
葉山の抱えている問題を
聞き出すことはできなかったが、
それは奥川の言うように、
恋に関する悩みのような気がした。
そして。
葉山の恋は、
すでに終わっているのかもしれない。
彼女が俺と奥川の話を
持ち出したのは、
それが今の自分に
重なったからではないか。
つまり。
奥川がまだ俺のことを好きだと
葉山が断言したのは、
葉山自身が
まだ彼に未練があるからではないか。
もし。
失恋が彼女の自殺の原因であるなら、
それを解決するのは
困難だと言わざるを得ない。
失恋の特効薬があるとすれば、
それは時間しかない。
俺は若干重い足取りで、
3人の待つ
『Paradise Garden 中之島』
へ向かった。




