第61話 音楽室の幽霊
「そう言えばこの前さ。
1組の男子達が話してたのを、
偶然聞いたんだけどさ。
また音楽室の幽霊が出たらしいよ」
ふいに翔太が切り出した。
「嫌だっ!
その話は怖いから聞きたくないわ」
そう言って、
茜は耳をふさいだ。
「ひひひ。
そっか。
今年転校してきたあっくんは、
知らないのか」
首を傾げた俺に、
洋が得意げに話し始めた。
それは・・。
子供達の間で、
昨年から噂になっている
学校の怪談だった。
噂の発端となったのは、
当時5年1組の生徒だった
目明
という少年だ。
ある日。
学校から帰って、
部屋でくつろいでいた明少年は、
図書館で借りた本を、
教室の机の中に
忘れてきたことに気付いた。
明少年は急いで学校へ戻った。
黄昏時。
校庭にも校舎にも、
残っている生徒は1人もいなかった。
2階にある5年1組の教室で、
本を回収した少年が、
校舎西側の階段を
下りようとした時だった。
「・・ぅぁぁ」
上の階から微かな声が聞こえた。
気のせいか。
若しくは空耳かと訝しんだ少年は、
少しの間その場で逡巡する。
そして。
好奇心旺盛な彼は
今しがた耳にした声の正体を
確かめるべく階段を上った。
声は気のせいでも、
空耳でもなかった。
耳を澄ますと、
女の叫び声とも呻き声とも聞こえる
苦しげな声が、
不規則に、
そして抑揚を伴って、
薄暗い廊下に響いていた。
その声は、
階段を上る度に大きくなり、
少年の恐怖心を煽った。
階段を上る足が重くなった。
それでも。
少年は3階に辿り着いた。
将来、
警察官になると決めていた彼は
勇気こそがもっとも大切だと
信じていたからだ。
「・・はぁはぁ・・ぁぁぁあぁぁぅ」
その不気味な声は苦しそうだった。
そして。
その声は校舎の西の方から
聞こえていた。
しかし。
廊下には誰もいなかった。
その時。
「ガタガタガタ」
という物音がした。
薄暗い廊下の先に見える
『音楽室』が音源だとわかった。
少年の足は震えていた。
直後。
「あぁぁぁぁぁああぁあぁ」
という女の絶叫が廊下を震わせた。
少年は一目散に階段を駆け下りた。
翌日。
クラスで少年がその話をしても
誰も信じなかった。
そんな中。
1人の少女が、
真相を確かめるべく名乗りを上げた。
少女の名前は西園愛。
それからちょうど1週間後。
愛は子供達のいなくなった
放課後の学校へ忍び込んだ。
心細かった少女は
1つ年上の姉、哀
と
4つ下の妹、藍
を誘った。
その日は、
偶然にも13日の金曜日だった。
人気のない校舎で
3人は一列になって進んだ。
先頭は年長者の哀。
次に愛。
そのすぐ後ろから藍が続いた。
いつもの学校が、
その時はなぜか不気味だったと、
後に愛は語った。
校舎西側の階段を、
3人は足音を立てずに上った。
静かな廊下に、
3人の不規則な息遣いだけが響いていた。
3階への階段を
途中まで上ったところで、
先頭の哀の足が止まった。
「今、何か聞こえなかった?」
振り向いた哀に、
愛と藍は首を振った。
「姉さん、
脅かさないでよ。
藍が怖がるでしょう」
「気のせいかしら」
3人は気を取り直して、
ふたたび階段を上り始めた。
そして。
3人が3階に着いたその時。
「あぁぁ~~っ」
という苦し気な叫び声が廊下に響いた。
3人の足が止まった。
「・・今のは聞こえたでしょ?」
哀の言葉に、
愛と藍は無言で頷いた。
「お、お姉ちゃん・・ボク怖いよぉ」
藍が愛の手を強く握った。
「お、音楽室の方からだよね?」
愛の問いに哀は頷いた。
3人は廊下の奥の音楽室の扉に
目を向けた。
扉はしっかりと閉ざされていたが、
時折、中から
「ガタガタ」
と机や椅子が
揺れるような音がしていた。
「どうする?」
愛は2人に意見を求めた。
「ここまで来たんだから、
確かめましょうよ」
「ボク怖いよぉ・・もう帰ろうよぉ」
哀とは対照的に藍は怯えていた。
次の瞬間。
「うあぁぁぁぁぁああぁあぁ」
という獣のような雄たけびが、
薄暗い廊下を震わせた。
3人は一目散に階段を駆け下りた。
翌日。
3姉妹の証言から、
明少年の話が
嘘ではないことが証明された。
そして。
この話は
「音楽室の幽霊」として、
子供達の間で
語り継がれることになった。
その一方で、
幽霊の正体を巡っては、
様々な憶測が飛び交った。
中でも有力だったのは、
ベートーベンの肖像画こそ
幽霊の正体だという説だった。
日が暮れ始めて、
俺達は『楽園』を後にした。
茜が1人で帰るのが怖いと言ったので、
翔太が家まで送ることになった。
俺と洋は2人に手を振って別れた。




