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黄昏は悲しき堕天使達のシュプール  作者: Mr.M
三章 Remnant 6月

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44/136

第44話 アタッシュケース

風呂から出て部屋に戻った俺は、

開かれたアタッシュケースを前に、

途方に暮れていた。

確かに。

俺の予想通り、

アタッシュケースの中には、

ビデオカメラとテープが入っていた。

しかし。

それ以上に目を引く物があった。


1つは。

輪ゴムで止められた

1万円札の束だった。

数えたところ全部で89枚あった。

なぜこんな大金を、

大吾が持っていたのか。

それについては後で考えるとして、

その現金よりも、

さらに異彩を放つ物があった。

それは。

乱暴に詰め込まれた

いくつもの体操着だった。

俺はそれらを1枚1枚取り出して、

床に広げた。

全部で9着。

床に並べると、

異様な光景が目の前に広がった。

ブルマに関しては、

どれが誰の物か、

まったく判断できなかったが、

上着は縫い付けられたゼッケンで、

その持ち主が確認できた。

9着のうち6着は、

6年3組の生徒の物だった。

当然。

その中には奥川の名前もあった。

そして。

他のクラスの生徒の物が3着。

そのうちの1つの名前に、

聞き覚えがあった。

「葉山実果」だ。

もう2着には、

「西園愛(にしぞの あい)」

「神々美和(みわ みわ)」

と書かれていたが、

この2人は初めて目にする名前だった。

これらの物をどうするべきか。

俺の手から持ち主に

返すわけにもいかないし、

かと言って、

このまま部屋に置いておくのは、

危険だった。

とりあえず。

俺は床に散らばった体操着を

1枚ずつ綺麗に畳んで、

アタッシュケースに戻した。

そして。

現金の方は

机の鍵のかかる引き出しに入れた。

それから。

俺は床に残されたビデオテープに

目を向けた。

ビデオテープは全部で5本あった。


その中でまず

『茜』と書かれたラベルのテープを

再生した。

若干赤みがかった画面に

一軒の家が映し出された。

時刻は夕方のようだ。

撮影者が

画面の先に映っている窓に向けて、

歩き出したのがわかった。

撮影に慣れていないのだろう。

画面の揺れが酷くて酔いそうだった。

ふいに。

画面が暗くなった。

次に画面が明るくなった時、

奥に人影が映し出された。

その人物はこちらに背を向け、

シャワーを浴びていた。

窓の隙間から撮影しているせいか、

視界が狭いうえに

光の加減も悪く、

はっきりとは確認できなかった。

それでも。

その体つきから

少女であることはわかった。

少女の裸の後姿は、

まだ幼さを残しながらも、

女としての成長の途上を予感させた。

少女は鼻歌を口ずさんでいた。

これが茜なのか。

後姿だけでは判断できないし、

鼻歌にしてもその声は反響していて、

茜の声とは断定できなかった。

そのまましばらくの間。

シャワーを浴びる少女の後姿が

流れ続けた。

しかし。

結局、

最後まで少女が

振り向くことはなかった。

映像はそれだけだった。

時間にして5分もない。

俺は少々拍子抜けした。

はたして。

これが脅迫の材料になるのか、

疑問だった。

案外。

映像を持っているという事実だけでも、

十分な脅しになったのかもしれない。

どちらにせよ。

これで茜の悩みの種は無くなった。


俺は次に。

『体育』と書かれたラベルのテープを

手に取った。

それは。

文字通り体育の授業の時の

女子生徒の着替えを

盗撮したモノだった。

そのアングルから、

教室の後ろの掃除用具箱の中に

カメラを仕込んだことがわかった。

しかし。

画面は暗く視界も狭く、

おまけにピントもぼけやけていた。

数人の女子生徒が

代わる代わる画面に映ったが、

それが誰なのかさえ、

判別するのは困難だった。

しばらく見てから、

俺はテープを取り出した。


残った3本のテープには

それぞれ

『ナカマイ先生』

『校長』

『ヒーロー』

と書かれたラベルが貼られていた。

『ナカマイ先生』

と書かれたテープは気になったが、

他の2本に関してはどうでもよかった。

『校長』というのもさることながら、

子供向けの『ヒーロー』番組には

まったく興味がなかった。


俺は

『ナカマイ先生』と書かれたテープを

手に取った。

それは。

黄昏の小道を1人で歩いている

女性の後姿から始まった。

ツインテールの髪と赤いジャージで、

それが誰なのかは一目瞭然だった。

閑静な住宅街だった。

道路の両側には、

家々が建ち並んでいた。

彼女はその中でもひと際大きな

純和風の門の前で足を止めた。

彼女は潜戸から中へ入っていった。

明らかに異様な雰囲気の門構えだった。

門の右上の隅に、

防犯カメラが確認できた。

門柱から伸びる塀は高く、

中の様子は見えなかった。

そして。

その塀はぐるりと屋敷全体を

囲んでいるようだった。

画面中央に

『畑中』と書かれた表札が

映し出された。

それからしばらく。

遠くから門だけを映した映像が続いた。

俺が停止ボタンを押そうとした時、

画面に変化があった。

門が開いて。

黒いスーツに身を包んだ

見るからにガラの悪そうな連中が

出てきた。

男達は門の前で綺麗に整列した。

それからすぐに。

今度は黒塗りのベンツが出てきた。

ベンツはゆっくりと、

画面の外へ消えていった。

男達は走り去ったベンツに向かって、

深々と頭を下げていた。


次に俺は

『校長』と書かれたテープを

再生した。

無機質なコンクリートと

上空に広がる空が映し出された。

空の色からして、

これも黄昏時だった。

画面奥のフェンスに見覚えがあった。

学校の屋上だった。

画面がゆっくりと

フェンスへ近づいていった。

フェンスの前で

一度画面が大きく揺れて、

真っ暗になった。

次に映像が映った時、

俺は目が眩みそうになった。

映像は遥か下の地面を映していた。

画面が若干揺れていたのがリアルで、

映像とはわかっていても足が竦んだ。

撮影者である大吾は、

フェンスを越えて

屋上の縁からこの映像を撮ったようだ。

何のために。

こんな危険な真似をしたのか。

やはり。

『何とかと煙は高い所が好き』

というのは真実のようだ。

カメラがゆっくりと、

大吾の足元を映した。

そこには。

水の入ったバケツが置かれていた。

すぐにまた遥か下の地面に、

ピントが向けられた。

そこからは、

ただ地面を撮影しているだけの

映像が続いた。

ふいに。

映像に変化があった。

下に小さな人影が現れた。

その長髪から、

校長の勅使河原だとわかった。

そして。

校長の姿が

画面の中央に差し掛かった時、

先ほどのバケツが画面に割り込んだ。

一瞬の後。

真下を歩く校長が

「ひゃぁぁぁぁ」

という気色悪い悲鳴をあげた。

すぐに映像が乱れて切れた。

何てことはない。

くだらない子供の悪戯だった。

大吾は校長に水をかけるために、

わざわざ屋上のフェンスを

越えるような危険を冒したのだ。

馬鹿馬鹿しい。

俺がテープを止めようとした時、

ふたたび画面が明るくなった。

画面の両側に障害物があるのか、

視界は全体の3分の1程度だった。

それでも。

その狭い画面の中に

ぴたりと人物が収まっていた。

その人物は

またしても校長の勅使河原だった。

どうやら。

茜を盗撮した時のように、

校長室の窓の隙間から

盗み撮りしたようだ。

校長は服を脱いで、

タオルで頭を拭いていた。

先ほどの

水をかけられた直後の映像だろう。

次の瞬間。

画面には信じられない光景が、

映し出された。

タオルを取った校長の頭には、

あの自慢の長髪が無かった。

後頭部と側頭部には、

気持ち程度の髪が

残っているだけだった。

校長のあの似合っていない長髪は、

カツラだったのだ。


「あっくん!

 ご飯よ~!」

その時。

階下から俺を呼ぶ母の声が聞こえた。

俺はテープを5本まとめて、

机の一番下の引き出しに入れて、

部屋を出た。

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