第36話 散りゆく影
6月1日。
朝の全校集会で、
校長の勅使河原から
大吾の事故について話があった。
校長は似合っていない長髪を
かき上げてから、
「はぁい、皆さぁん」
と粘っこい第一声を発した。
そして。
大吾の死を悼み、
不幸な事故だったと
芝居じみた涙を浮かべた。
さらに。
危険な場所には近づかないようにと
子供達に釘を刺した。
校長は子供達の安全を願っていると
力強く公言したが、
俺の目には、
選挙中の政治家の
パフォーマンスのように映った。
全校集会が終わり、
子供達が一斉に校舎へと戻っていく中、
俺は人波から遅れて1人で歩いていた。
大吾の死によって、
大吾が18歳の時に起こす
『少年X襲撃事件』
は起こらないだろう。
そして。
大吾に殺されるはずの
30数名の命は助かる。
もし人の命が平等であるなら。
大吾1人の命と引き換えに、
30数人の命が救われるとすれば、
それは当然、
良い結果と考えるべきである。
だが問題はそれほど単純ではない。
では。
人によって命の価値は違うのか。
未来ある若者と余生を過ごす老人。
富める者と貧しき者。
いわゆる上級国民と一般市民。
その時。
隣に気配を感じて俺は足を止めた。
そこにいたのは池田だった。
これほど近くに来るまで、
俺は池田の存在に気付かなかった。
空気のような男。
その存在はあまりも希薄だった。
こうして並ぶと。
池田は俺より少し背が高かった。
ウェーブのかかった髪は天然だろうか、
長すぎず短すぎず。
眉毛は髪に隠れていて、
その下のややたれ気味の目は、
不安そうに左右に動いていた。
特徴のない鼻と小さな口に
やや尖り気味の顎という、
あまり印象に残らない
顔立ちをしていた。
体の線も細く、
それ故に気弱そうな印象を受けたが、
はたしてそれが正しいと
自信を持って言えるほど、
俺に人を見る目があるのかは
疑問だった。
「く、熊谷君のことなんだけど・・。
ほ、本当に事故なのかな?」
ふいに。
池田が口を開いた。
男にしてはやや高い声だった。
そういえば。
俺は池田の声を聞いたことがなかった。
授業中、
たまにナカマイ先生に指名されても
下を向いたまま、
口をもごもごと動かすだけだった。
「何で俺に、
そんなことを聞くんだ?」
「そ、それは・・。
き、君があのメンバーの中では・・。
い、異端だから・・」
俺は正面から池田の目を見た。
池田はすぐに目をそらした。
「何を知りたいのかわからないが、
校長が話したことがすべてだ」
俺は一方的に話を切り上げた。
校舎に向かいながら、
俺は池田の言葉に
何か引っかかるものを感じていた。
それが何なのか、
結局教室に戻ってからも
わからなかった。
この1週間、
奥川は俺を心配して、
人目も憚らず俺の傍にいた。
彼女の心遣いは嬉しかったが、
俺の心境は複雑だった。
奥川の顔を見るたびに、
俺は罪悪感に苛まれた。
「奥川、
学校ではあまり
ベタベタしないでくれないか」
この日。
俺は少し強い口調でそう言った。
奥川は一瞬、
驚いたような表情をみせると、
「ごめん・・」
と悲しそうに呟いて、
離れていった。
俺は心の中で彼女に謝った。
大吾の死は、
翔太、洋、茜の3人の関係にも
影響を及ぼしていた。
3人は学校ではもちろんのこと、
下校するときもバラバラだった。
俺達はもう、
以前のように放課後に集まって、
煙草を吸うこともなくなっていた。




