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黄昏は悲しき堕天使達のシュプール  作者: Mr.M
二章 Renewal 5月

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34/136

第34話 事故

俺が階段を上がると、

3人が俺に向かって手を振っていた。

『Tombstone in 城之三崎』

の屋上は、

学校の屋上のように、

だだっ広いコンクリートの地面が

広がっていた。

視界を遮る物といえばただ1つ、

真ん中あたりにポツンと設置された

貯水槽だけだった。

「待ってたぜ、

 あっくん。

 全員が揃ってからじゃないとな。

 ひひひ」

3人は煙草を手にしていた。

俺は翔太から煙草を受け取って、

洋のライターで火を点けた。

俺達はその場に腰を下ろした。

その時。

俺はふと、

高校生の頃に見た

ある映画のワンシーンを思い出した。

それは。

炎天下の屋外で作業する囚人達が、

ビールを飲む場面だった。

自由な小学生と不自由な囚人。

煙草とビールの違いはあったが、

俺はその時の囚人達の気持ちが、

少しだけ理解できたような気がした。

そして。

いつもは不快感ばかりの煙草が、

この時ばかりは

不思議と美味しく感じられた。


「大吾はどうする?

 引き上げる方法を考えようか」

一服したところで、

俺は3人の意見を聞いた。

「引き上げるって言ったって、

 あの体重は無理だよ」

「放っておけばいいんだよ。

 ひひひ」

「でも大吾さん、

 悔しいんじゃないかしら?」

「悔しいだろうね。

 だって。

 ここに一番来たかったのは、

 大吾だもん」

「今から痩せれば、

 来年には通れるようになるぜ」

「まあ。

 痩せた大吾さんなんて、

 想像できないわ」

3人は笑った。

「・・大吾は仲間じゃないのか?」

俺がそう言うと、

3人は顔を見合わせた。

「仲間?

 翔太と茜ちゃんは仲間だけど、

 あいつは別さ。

 当然、

 あっくんは仲間だぜ」

「洋、

 そんなこと言って、

 大吾に聞こえたらまずいよ」

「そうよ。

 洋さん。

 あの人、

 すぐ下にいるのよ」

翔太と茜が慌てて制した。

洋は茜の言葉に、

一瞬ばつの悪そうな顔をしたが、

「そんなことより今を楽しもうぜ」

とすぐに気を取り直して立ち上がった。

「そうだね。

 向こうからの景色も見てみようよ」

普段は「大ちゃん」と呼んでいる

翔太と洋が、

今は「大吾」と呼び捨てにしていた。

「私はここで、

 もう1本吸ってからにするわ」

茜を残して、

俺達は太陽の沈むほうへと向かった。


西端まで来ると、

翔太と洋は

地面に大の字になって寝ころんだ。

「気持ちいいね」

「最高だぜ」

俺は立ったまま、

周囲の景色に目を向けた。

この辺りで一番高い建物だけあって、

見晴らしは良かった。

南南西にさっきまでいた

『Twilight Avenue 城之三崎』が、

そこから西へ視線を動かすと、

『Paradise Garden 中之島』が

確認できた。

北西には中之島小学校の校舎が望めた。

「ねえ、洋。

 煙草は持ってきた?」

「いや。

 茜ちゃんのところに置いてきたぜ」

小学生の会話でなければ、

他愛もないやり取りだった。

「そっか。

 じゃあ僕は向こうで一服してくるよ」

翔太は立ち上がると、

先ほどの場所へと戻っていった。


「わかりやすいだろ?」

洋が上半身を起こして、

翔太の方を顎で指した。

「翔太は茜ちゃんのことが

 好きみたいだけど、

 俺は無理だと思うぜ」

「どうしてそう思うんだ?」

「翔太は良い奴だけどさ。

 さすがに茜ちゃんとは

 釣り合わないぜ」

つまり。

確たる理由はないということだ。

「そうかな?

 俺は案外お似合いだと思うけどな」

「あっくんは頭は良いけど、

 人を見る目がないな」

そう言って、

洋は

「ひひひ」

と笑った。

「それにここだけの話。

 大吾も茜ちゃんを狙ってるんだぜ」

俺は驚いて洋の顔を見た。

「待てよ。

 大吾は奥川のことが・・」

「それはあっくんと奥川が、

 付き合う前の話だろ?

 今は茜ちゃんに狙いを変えたのさ」

洋はまた

「ひひひ」

と口元を歪ませた。

大吾の気持ちが、

奥川から茜へと移ろった。

もしこれで。

翔太と茜の未来が

壊れるようなことがあれば。

それは。

俺の責任だ。

俺の行動が歴史を歪ませる。

俺は頭を振った。

いや。

過程は違えど。

俺が「前世」と同じ渾名を

付けられたように、

大きな歴史の流れの中では、

俺1人の行動など些末な問題で、

歴史は同じ道を辿るようにその軌道を

修正するのではないか。

ならば。

翔太と茜の将来も・・。

「きゃああぁぁぁぁ~!」

その時。

叫び声がした。

そのすぐ後から、

俺と洋の名前を呼ぶ声が聞こえた。

何事かと振り返ると、

背を向けて立っている茜の隣で、

こっちに向かって

激しく手を振っている

翔太の姿が見えた。

「あっくん、洋、こっち!」

翔太が叫んだ。

その瞬間。

2人のいる場所が、

あの排水管のある所だと気付き、

俺は咄嗟に駆け出した。


俺が2人の許へ着いた時、

茜は口に手を当てて立ち竦んでいた。

その横では。

翔太がすっかり取り乱し、

今にも泣き出しそうな顔をしていた。

俺は翔太の隣に立って、

縁から下を覗きこんだ。

排水管にしがみついている大吾が

目に飛び込んできた。

「大吾!」

「た、助けて・・」

普段の大吾からは考えられない程、

小さく怯えた声だった。

よく見ると。

大吾の足はすでに外階段の手摺から

離れていた。

この状態で戻るのは不可能だった。

大吾を助けるには、

ここに引き上げるしかなかった。

「翔太!

 大吾の手を掴めるか」

「う、うん。

 手を伸ばしてくれたら

 多分届くと思う」

「大吾、

 聞こえたか!

 翔太の手を掴むんだ!」

俺は大吾に向かって叫んだ。

「茜!

 翔太の体を支えてくれ」

「わかったわ。

 翔太さん、頑張って」

「洋。

 俺達は。

 翔太が大吾の右手を掴んだら、

 左手を取って引っ張り上げるぞ」

翔太の手が大吾の右手を掴んだ。

「洋!」

俺は後ろを振り返った。

しかし。

そこに洋はいなかった。

俺は周りを見回した。

すると。

洋は先ほどの西端で、

寝ころんだままだった。

「洋ー!

 大吾が危険なんだ。

 手伝ってくれ!」

俺は声の限り叫んだ。

それでも。

洋は動かなかった。

俺の声が届いていないとは

思えなかった。

「あ、あっくん・・早く・・。

 ぼ、僕・・もう・・無理だよ」

翔太の声で俺は視線を下に戻した。

「大吾!

 その手を離して、

 俺の手に掴まれ!」

それでも。

大吾の左手は排水管を

しっかりと抱いたままだった。

「あ、あっくん・・。

 は、早く・・」

翔太が苦しそうな声を上げた。

「大吾!

 急げ!

 翔太が持たない!

 俺の手に掴まるんだ!」

「う、ううぅ・・」

大吾が排水管から左手を離して、

俺の方へ手を差し出した。

俺はその手を掴もうと、

精一杯、

手を伸ばした。

俺の指先が、

大吾の指に触れた。

が。

触れただけだった。

「だめだあぁぁぁぁ」

隣で翔太が叫んだ。

同時に。

大吾の体が宙に投げ出された。

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

雄叫びが響いた。

直後。

大吾の体が

地面に叩きつけられる瞬間を、

俺ははっきりと見た。

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