第25話 不法侵入
中ノ島小学校は市街地の近くにあり、
小学校周辺は、
比較的地価の高い地域だった。
俺達は綺麗に区画整理された住宅街を
大吾を先頭に歩いていた。
昔からある家々の中に、
高層マンションが
ポツポツと建っていた。
20年後には。
この勢力図も大きく変わる。
高層マンションが立ち並び、
古くからの民家は
次々と姿を消していく。
まだ空は明るかった。
ふいに。
大吾が足を止めた。
真新しいマンションの前だった。
マンションの銘板には
『Paradise Garden 中之島』
と書かれていた。
マンションの1階には
花屋と薬局が入っていて、
残る1階部分は駐車場になっていた。
いわゆるピロティ式の建築物だった。
3人の中の誰かが、
ここに住んでいるのだろうか。
しかし。
3人はエントランスには向かわずに、
裏手の駐車場へと回った。
そして。
駐車場の奥にある門扉の前で、
3人は足を止めた。
翔太がノブに手を掛けたが、
当然開かなかった。
門扉の高さは2m近くあった。
「おい」
「了解」
大吾の言葉に洋がノブに足をかけた。
そのまま飛び上がって、
門扉の上部を掴んだ。
次の瞬間。
洋の体は門扉を越えて、
向こう側へと消えていった。
すぐに扉が開いて、
洋が顔を出した。
「いくぞ」
大吾が俺に言った。
嫌な予感がした。
こんな手段で侵入するということは、
当然3人の中にここの住人はいない。
すなわち。
これは住居侵入罪に該当する。
馴染みのある言葉で言えば不法侵入。
つまり犯罪である。
エレベーターに乗り込むと、
翔太が最上階である
11階のボタンを押した。
それを見て、
俺はどこかの部族が
儀式で行うという
バンジージャンプのことを
思い出した。
まさかとは思ったが、
完全に否定できないのが、
子供の恐ろしいところだった。
時に子供の考えは、
大人の想像を遥かに超える。
大吾は俺を仲間に加えると言ったが、
それは建前で、
ここに連れて来ることが、
本当の目的だったとしたら。
そして。
最上階から俺を突き落とそうと
考えているとしたら。
大吾は将来、
死傷事件を起こすような人間だ。
それに。
大吾がその気になれば、
俺を突き落とすことなんて
容易いだろう。
エレベーターは途中で止まることなく、
11階に着いた。
翔太、
洋に続いて大吾が降りた。
俺は躊躇っていた。
「どうした?
早く来いよ」
振り向いた大吾が、
苛立ったように声を荒げた。
今ならエレベーターを閉めて、
逃げることができるか。
いや、
無理だろう。
俺はポケットの中の彫刻刀を
強く握りしめ、
エレベーターを降りた。
大吾の後ろを歩きながら、
俺はその背中に意識を集中させた。
視線の先で、
洋が外階段へと続くドアを
開けるのが見えた。
外階段なら。
俺を突き落として、
事故に見せかけることも容易い。
周りに目撃者はいない。
翔太や洋が
「遊んでいる最中に落ちた」
と証言すれば、
事故として処理されるだろう。
目撃証言ほど、
当てにならないものはない。
人の記憶は曖昧だし、
目撃者が嘘を吐いていないことは、
証明すらされないのだ。
証人が常に善意であるとは
限らないのにだ。
前を歩いている大吾が、
外階段のドアへ手を掛けた。
逃げるなら今か。
「今更やめるとは言わせねえぞ」
振り向いた大吾の眼が
ギラリと光った。
獲物を狙う猛獣のような眼だった。
「・・わかってる」
俺は大吾の動きに注意しながら、
ドアを抜けた。
翔太と洋の姿が
上へ続く階段の踊り場へ
消えていくのが見えた。
この上は・・。
俺と大吾も階段を上った。
踊り場でUターンして、
さらに階段を上る。
上りきった先は、
行き止まりになっていた。
そして。
不思議なことに。
前を行っていたはずの2人の姿が、
消えていた。
答えはすぐに見つかった。
踊り場の若干低い天井に、
丸い穴が開いていて、
そこに梯子が見えた。
2人はあの穴の中へ消えたに違いない。
「おう、
ここから上に行けるから。
お前が先にいけよ」
大吾はそう言って、
俺の背後に回った。
「あっくん、
早くおいでよ」
「ジャンプすれば手が届くぜ。
ひひひ」
穴から翔太と洋の声がした。
俺は若干の逡巡の末、
意を決して梯子の一番下に飛びついた。
下の大吾を警戒しつつ、
一段一段しっかりと足をかけて、
梯子を上った。
穴を抜けると、
そこは周囲が高い壁で囲まれた
空間だった。
頭上には明るい空が広がっていた。
解放感はあるが、
決して広いとは言い難い空間だった。
それは。
中央に鎮座している
巨大な貯水タンクのせいだった。
とにかく。
ここなら突き落とされる心配は
なさそうだった。
翔太と洋は
思い思いの場所に腰を下ろしていた。
しばらくして。
大吾が穴から顔を出した。
大吾は肩で大きく息をしていた。




