第134話 傍観者
「・・お前は何者だ」
俺は、
池田が俺にしたのと同じ質問を返した。
「こ、この1年・・。
お、おかしなことばかり、
お、起こってた・・。
そ、そして君こそが・・。
そ、それらの共通項だと・・。
ぼ、僕は考えてる」
「お前は何者だ!
答えろ!」
俺は声を荒げた。
「ぼ、僕は・・。
だ、誰の記憶にも残らない、
ち、ちっぽけな存在だよ・・」
池田は俯くと、
寂しそうに呟いた。
「お前はなぜ、
相馬がいなくなる歴史を
知ってるんだ!」
俺は質問を変えた。
「や、やっぱり・・。
き、君も知ってたんだね・・」
池田は顔を上げて、
俺の方を真っ直ぐに見た。
「だ、だから君は・・。
そ、相馬さんが・・。
て、勅使河原校長を殺す前に・・。
こ、殺したんだね・・」
その言葉に俺の思考は停止した。
「そ、相馬が・・。
勅使河原を殺す・・だと?
どういうことだ?
一体、
お前は何を知ってる!」
俺は混乱した頭のまま、
矢継ぎ早に質問をぶつけた。
「き、君は・・。
ほ、本当に・・。
し、知らないのかい・・?」
池田が大きく目を見開き、
首を傾げた。
それから。
ぽつりぽつりと語り始めた。
「ほ、本来なら・・。
そ、相馬さんは・・。
そ、卒業式の1週間前に、
て、勅使河原校長を・・。
こ、殺すはずだった・・。
そ、そしてその4日後・・。
か、彼女は・・。
み、自らの意思で、
し、失踪するはずだった・・。
そ、それなのに・・。
こ、こうして相馬さんは、
ぼ、僕達と一緒に・・。
そ、卒業式を迎えてる・・」
「相馬が・・勅使河原を殺す・・」
俺は頭を振った。
馬鹿馬鹿しい。
この話は池田の妄想にすぎない。
わかってはいても・・。
俺はもう一度頭を振った。
この男は何者だ。
俺は記憶の糸を手繰った。
30歳の時のあの同窓会を思い出す。
あの場所にこの男は・・。
いなかった。
そして。
誰も池田のことを話題に出さなかった。
いや、
それよりも。
中学校に進学してから、
俺はこの男を見ていない。
空気のような男。
「・・悪いが。
お前の妄想に、
付き合ってる暇はない」
これ以上この男と話していると、
頭がおかしくなりそうだった。
俺は半ば強引に話を切り上げた。
そして。
教室を出ようとドアに手を伸ばした。
「ぼ、僕は・・。
こ、この年だけに、
そ、存在する人間なんだ・・」
伸ばしかけた手が止まった。
俺はゆっくりと振り向いた。
「・・どういう意味だ」
「ぼ、僕は・・。
そ、卒業式の翌朝になると・・。
い、1年前に遡って、
め、目を覚ますんだ」
池田の言葉に俺は言葉を失った。
俄かには信じ難い話だった。
しかし。
俺の身に
起こっていることを考えたら。
池田の話を、
頭から否定することはできなかった。
「こ、この1年を・・。
な、何度も繰り返すうちに・・。
き、気になったのは・・。
そ、卒業式の前に突然姿を消す、
そ、相馬さんのことだった・・。
ぼ、僕はその理由を、
し、調べることにしたんだ・・。
そ、それは・・。
ぼ、僕にしかできないことだから・・」
池田は躊躇いがちに俺の目を見た。
その瞬間。
俺はあることに気付いた。
池田はいつも教室にいた。
そして。
そこには必ず、
机で本を読んでいる相馬の姿もあった。
池田はただ相馬の近くにいたかった。
相馬を見ていたかった・・。
「・・もしかして。
お前。
相馬のことが好きなのか?」
俺の言葉に、
池田は頬を赤くした。
「ぼ、僕は・・。
ぼ、傍観者でなければならない・・。
ぜ、絶対に・・。
れ、歴史に関わることは、
ゆ、許されないんだ・・」
そう呟くと、
池田は悲しそうに俯いた。
「そ、相馬さんのことを、
し、調べ始めてすぐに・・。
か、彼女の家庭の問題に、
き、気付いたんだ・・」
池田の言っているのは、
父親代わりの男から受けていた
性的虐待のことだとわかった。
俺がその事実を知っていることを
池田も察したのだろう。
具体的なことには触れなかった。
「ぼ、僕は彼女の家を監視した・・」
俺はハッと息を呑んだ。
「そ、そしてあの日・・。
つ、梅雨が始まる少し前の夜・・。
そ、相馬さんは・・。
ど、同居している男を殺した・・」
池田の話が突然、
深い霧に迷い込んだ。
「待てよ。
お前はさっき、
相馬が校長の勅使河原を殺したと
言った。
なのに今は、
同居している男を殺したと
言ってる。
どういうことだ?」
池田は俯いたまま、
少しの間、
黙り込んでいた。
それから。
ゆっくりと顔を上げた。
「い、一時期・・。
に、ニュースで・・。
む、連市で、
み、身元不明の、
し、焼死体が発見されたって・・。
ほ、報道されてたのを、
お、覚えてる・・?」
俺は頷いた。
「あ、あの死体が・・。
そ、相馬さんと、
ど、同居してた男だよ・・」
池田の話は、
前にどこかで聞いたことがあった。
そして。
その推理はすでに破綻している。
「焼死体が発見されたのは連市だ。
小学生の相馬が、
一体どうやって、
連市の山奥まで死体を運んで、
燃やすことができたんだ?」
「そ、相馬さんには協力者がいた・・」
そこでようやく。
俺は池田の話が見えてきた。
「・・それが勅使河原なのか」
池田はゆっくりと頷いた。
「ふ、2人の間に・・。
ど、どういう『契約』が、
あ、あったのか・・。
ぼ、僕にはわからない。
と、兎に角・・。
て、勅使河原校長は、
お、男の死体を車で運んで、
も、燃やした・・」
「お前はその現場を見たのか?」
そう聞いた後で、
すぐにそれが愚問だと気付いた。
池田の言葉が正しければ・・。
この男は
この1年を何度も経験しているのだ。
「ま、前に一度だけ・・。
し、死体遺棄現場に隠れて・・。
よ、様子を窺ったことが、
あ、あるんだ・・」
池田はその場所で、
勅使河原が死体にガソリンをかけて
火を点ける場面を目撃した。
「お、男の身内は、
そ、相馬さんだけだったし・・。
お、男は仕事もしてなかった・・。
ま、毎月の生活費は、
い、家を出た母親が・・。
そ、相馬さんの口座に、
ふ、振り込んでたようだけど・・。
ど、どちらにしても・・。
お、男が消えたところで・・。
さ、探す人間は誰もいない・・。
そ、相馬さんの犯罪は・・。
て、勅使河原校長の手によって、
か、完全に葬られたんだ・・」




