第129話 禁断の果実
日はすっかり傾き、
校舎の影が校庭へ長く伸びていた。
風が吹くたび、
フェンスが微かに軋んだ。
俺は寒さに身を縮めながら、
目の前の男を睨み付けた。
「お前の『罪』は・・。
幼い子供と
関係をもったことだけじゃない。
それよりも。
彼女達の意志に反して、
無理矢理行為に及んだことにある。
お前は・・。
小児性愛者というだけでなく、
強姦魔。
そして。
身勝手な殺人鬼だ」
「はっはっは。
何を言い出すかと思えば。
弱者が淘汰されるのは、
自然界では当然のことだ。
その証拠に。
戦場では勝者の特権とばかりに
性暴力が繰り返されてきた。
法や秩序がなければ、
人間など所詮は動物。
君の心の奥底にも。
そんな動物の本能が
眠っているだろう?」
男の言葉に、
俺の心臓がどくんと大きく跳ねた。
「君は考えたことはないか?
好きな少女の服を引き裂いて、
嫌がる彼女の全身を舐め回し、
泣け叫ぶ少女の中に押し入っていく。
そして。
彼女の奥深くに
欲望を吐き出すことを」
男は語り終えると、
舌なめずりをした。
「・・なるほど。
俺は自分が異常だと
自覚しているだけマシなようだ・・」
思わず笑みがこぼれた。
一陣の風が吹いた。
男は乱れかけた
オールバックの白髪を手で押さえた。
「何がおかしいのかな?」
男が不思議そうに首を傾げた。
「別に。
『無知の知』
よく言ったものだと
感心しただけだ。
どちらにせよ。
この国は法治国家で、
お前はその法を破った」
「禁忌は破るからこそ甘美なのだよ」
「ならば。
その後の『罰』は
当然覚悟してるんだろうな?
法を破るということは
そういうことだ」
俺の言葉に、
男は大袈裟に笑った。
その笑い声を。
俺は確かに聞いたことがあった。
俺の記憶が答えを見つけ出す前に、
男が口を開いた。
「私を『つみ』に問えるのなら、ね。
唯一の目撃者である
リンゴちゃんに
証言をさせるのかね?
そうなれば。
彼女もただでは済まないだろう。
彼女は、
大勢の無責任な者達の好奇の目に
晒されることになる。
それを彼女が望んでいるとは
思えないがね。
君の正義は、
一体誰のための正義なのかな?
君のしようとしていることは、
単なる自己満足ではないのかね」
そう言って、
男はオールバックの白髪を
ゆっくりと撫でつけた。
「たとえ自己満足でも。
いや。
自己満足だからこそ。
お前を見逃すわけにはいかない」
「見逃すも何も。
君は私を、
『つみ』に問うことはできないと
言ってるんだ。
そもそも。
君は私のことを知っているのか?
私の名前すら知らない君が、
どうやって私を、
『つみ』に問えるのかな?
はっはっは」
男の高笑いが空に舞った。
冷気が全身を撫でた。
「いいかね?
禁断の果実を食べるのは、
逃れられない人の運命だ。
当然。
そんな果実が沢山生っている
この『楽園』では、
その欲望に抗うことはできない。
それこそが自然の摂理」
「禁断の果実を口にしたら。
『楽園』から追放される・・。
そんなことも
知らないようだな」
「はっはっは。
君は本当に面白い。
君と話していると、
子供ということを
忘れてしまいそうだ。
では、
こうしよう。
君の勇気と正義に免じて、
塚本茜くんは解放しよう。
そして。
君は今日ここで話したことを、
すべて忘れるんだ。
また変な噂が立つと
困るからね。
君は大切なリンゴちゃんを
守ることができる。
お互いのためにも。
これはいい
『けいやく』
だと思わないかね?」
次の瞬間。
俺の頭にある考えがよぎった。
それは。
突飛な想像だった。
しかし。
無視できない妄想だった。
疑惑。
まさか・・。
この男は言った。
「そんな果実が『沢山』生っている
この楽園」
と。
そして。
「塚本茜くん『は』解放しよう」
と。
茜に付けたその愛称。
リンゴ
そして。
葉山の手紙に書かれていた果実の名前。
イチジク
以前にも。
俺は、
少女が果物の名前で呼ばれるのを
耳にしたことがあった。
それはあの日・・。
ぼんやりとした疑惑が
次第に形を成していく。
1人の少女の名前が
頭に浮かんでいた。
その名前を
口にするのが恐ろしかった。
言霊という概念がある。
俺がその名前を口にすれば、
それが現実になるのではないか。
それでも。
俺はこの妄想を
確かめずにはいられなかった。
「・・相馬沙織」
俺の呟きに、
男はにやりと口元を歪めた。
「ほう。
知っていたのかい。
そう。
さくらんぼも。
リンゴやイチジクに
引けを取らない、
私の大好きな果実の1つだよ」
目の奥が熱くなり、
視界が真っ赤に染まった。
俺の中で、
何かが弾けた。
次の瞬間。
俺は彫刻刀を握り締め、
男へ向かって走り出していた。




