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黄昏は悲しき堕天使達のシュプール  作者: Mr.M
九章 Revenge 12月

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第128話 人の本能

「どうして君がここにいるのかな?」

男が口を開いた。

どこかで聞いた声だったが、

それがどこで、

そして誰の声だったのか、

思い出せなかった。

「残念だが、

 待ち人は来ないぞ」

俺は一旦、

考えることを止めた。

「・・そういうことですか。

 どうやら。

 彼女には『ばつ』が必要なようだ」

男の雰囲気が変わった。

先ほど見せた僅かな動揺は

すっかり消えていた。

男は大きく溜息を吐いた。

「ところで。

 君はどこまで知ってるのかな?

 それによっては。

 君にも『ばつ』が

 必要になるかもしれないね」

俺は『罰』という言葉に身構えた。

「お前が葉山を殺したこと。

 そして。

 猿田を殺したこと。

 今現在、

 茜を苦しめていることも」

俺はポケットに手を入れて、

中の彫刻刀を確認した。

男がどういう行動に出るか

わからない。

正面から男とやり合った場合、

子供の俺は若干不利だ。

これは。

もしもの場合を考えて持ってきた、

言わばお守りだった。

「なるほど。

 猿田先生の言っていた

 情報提供者とは、

 やはり君だったのか。

 あの時。

 屋上に現れたのは、

 偶然ではなかったようだね。

 はっはっは」

男が口を大きく開けて笑った。

「だが。

 君が何を知っていようと。

 今更どうなるわけでもない。

 猿田先生が

 教え子と不適切な関係をもち、

 殺した。

 そして。

 自らその命を絶った。

 その事実は変わらないんだよ」

「随分と自信があるんだな」

「君の話はすべて想像だ。

 子供の戯言を一体誰が信じる?

 それとも。

 何か証拠があるのかな?

 私が2人を殺したという証拠が」

そう言って、

男はふたたび溜息を吐いた。

「ある・・と言ったらどうする?」

「はっはっは。

 それは嘘だ。

 そんな証拠があるのなら、

 君はすでに警察へ行ってるはずだ。

 証拠がないから、

 こうして私の前に現れた、

 違うかね?」

男の態度には余裕が見られた。

子供1人には何もできないと

高を括っているのだ。


「それにしても随分と薄着だな」

俺は話題を変えた。

男のペースに飲まれるな。

「今朝の予報では気温が上がる

 と言っていたからね。

 まったく。

 天気予報なんて

 当てにならないね」

「手ぶらで来たのか?

 いつもの毛布はどうしたんだ?」

「すぐに終わらせる

 つもりだったんだよ」

男の口元が醜く歪んだ。

「お前にとって、

 茜は欲望を満たすための

 道具に過ぎないわけか。

 いや。

 茜だけじゃない。

 葉山も同様に扱った。

 少女達の体を弄び、

 そして心を踏みにじった」

男が3度目の溜息を吐いた。

「君は頭の良い生徒らしいね。

 畑中先生から聞いているよ。

 何か企んでるだろう?」

男はサングラスに手を当ててから

周囲を見回した。

「見たところ仲間はいないようだ。

 君は1人でここに来たのかい?

 だとしたら。

 君の勇気は称賛に値する。

 しかし。

 それは無謀というものだ。

 君の考えでは。

 私は2人の命を奪った殺人犯。

 今、君は・・。

 そんな人間と2人きりだ。

 その正義感が

 命取りにならなければいいが。

 はっはっは」

男は笑った。

その笑い声が

俺の警戒心と記憶を同時に刺激した。

俺はポケットの中の彫刻刀を

握り締めた。

「最も大事なことを忘れてないか?

 お前は茜の目の前で、

 猿田を殺したんだ。

 茜が証言すればお前は終わりだ」

俺の挑発にも

男はまったく動揺していなかった。

「子供の証言を

 警察がどこまで信じるかな?

 それに。

 猿田先生の遺体はもうないんだよ。

 今更騒ごうが無駄だよ。

 彼は自殺。

 そう処理されたんだよ」

男の口元が緩んだ。

「それよりも。

 君の勇気と正義感のおかげで、

 私の今学期最後のお楽しみが

 台無しにされた。

 この『つみ』は非常に重い。

 わかっているのかね?」

「ふざけるな!

 茜はお前の玩具じゃない」

男はオールバックの白髪を

ゆっくりと手で撫でた。

「可愛い可愛いリンゴちゃんは。

 君のために、

 私と『けいやく』したんだよ。

 実に健気じゃないか」

そう言って、

男はフッと笑った。

「リンゴちゃん・・だと・・」

「塚本茜くんのことだよ。

 『あかね』

 という名の彼女に相応しい

 愛称だろう?

 あのくらいの年頃の子は、

 まさに食べ頃だ。

 そして。

 一度味わったら最後、

 もう抜け出せない。

 禁断の果実というわけだ」

男はそう言って、

ぺろりと上唇を舐めた。

「屑が・・」

「世の中。

 様々な性的嗜好を持った人間がいる。

 そんな中で。

 小児性愛者だけが責められるのは、

 おかしいと思わないかね?」

「そんな理屈が

 通ると思ってるのか?」

「人は完成されたモノよりも、

 未完成のモノに惹かれる。

 100年以上かかっても

 完成していない建築物は、

 未完成だからこそ、

 人々の注目を集めている。

 両腕のない女神像も、

 腕がないからこそ美しい。

 成熟する前の体に惹かれるのは、

 人の本能でもあるんだよ」

サングラスの奥にある男の目が、

真っ直ぐに俺を捉えていた。

頬に当たる風が、

やけに冷たく感じられた。

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