第123話 遠い記憶と黄昏色の空
俺達は並んで歩き出した。
途中の自動販売機で、
ナカマイ先生が暖かい缶コーヒーを
買ってくれた。
公園に入って
俺達がベンチに腰を下ろすと、
ジャングルジムで遊んでいた子供達が
ふたたび現れた珍客と
その連れの奇妙な組み合わせに、
興味津々といった様子で
チラチラとこちらを窺っていた。
「もしかして、
先生のことを心配して
わざわざ来てくれたのかな?」
「う、うん・・」
俺は気恥ずかしさを誤魔化すために、
缶コーヒーに口をつけた。
「・・君には助けられてばかりね」
しばし間が空いて、
ナカマイ先生が口を開いた。
「そ、そんなことはないよ」
「あの時、
君が来てくれなかったら・・」
ナカマイ先生は缶コーヒーを開けた。
「・・私はもしかしたら
一色先生を
傷付けていたかもしれない」
「先生・・」
いつの間にか。
ジャングルジムで
遊んでいた子供達が、
ブランコに移って、
靴飛ばしをしていた。
子供達は
もうこちらへの興味を失っていた。
「どうして君が
一色先生の秘密を知っていたのか、
その答えは
教えてくれないんでしょう?」
「手品の種明かしはルール違反だよ」
「・・そうね」
ナカマイ先生は寂しそうに笑った。
夕日が空を真っ赤に染めていた。
その色はボス猿の血によって滲んだ
花壇の花のようだった。
俺は地面に目を落とした。
蟻が数匹、
列をなして行進していた。
顔を上げると。
子供達が1人また1人と
公園から去っていくのが見えた。
最後まで残っていた
姉妹らしき2人の少女も、
ブランコから降りると、
手を繋いで駆け出した。
公園の出口のところで、
妹の方が足を止めた。
彼女は振り返って手を振った。
ナカマイ先生がそれに手を振り返した。
「君は他の子とどこか違うのよね」
ナカマイ先生がぽつりと呟いた。
俺はそれには答えず、
缶コーヒーを一口飲んだ。
「授業中は先生の話を
聞いてないのに成績は良いし。
どこか達観したところもあるし。
『達観』っていう言葉はわかる?
悪い意味じゃないのよ。
小学生にしては
大人びてるっていうか。
先生もうまく説明できないわ」
「き、気のせいだよ」
俺は残りの缶コーヒーを飲み干した。
「不思議ね」
ナカマイ先生は立ち上がると、
大きく背伸びをした。
「先生ね。
今学期で学校を辞めることにしたの」
その言葉に、
俺は持っていた缶を落とした。
「・・それって。
一色先生との件が・・?」
ナカマイ先生は首を振った。
「あの件は関係ないわ」
「ならどうして?」
俺は聞き返さずにはいられなかった。
「・・逃げるの」
ナカマイ先生は小さく笑った。
「君達の卒業する姿を
見届けることができなくて、
ごめんなさい」
ナカマイ先生は俺の方へ向き直って
頭を下げた。
「せ、先生・・」
俺があの手紙を
ボス猿の机に置かなければ、
ボス猿は屋上に行くこともなかった。
ボス猿の死の一因を作ったのは俺だ。
そのことを
ナカマイ先生に伝えるべきか迷った。
「この学校を辞めても、
教師という仕事は
絶対に辞めないでよ」
そして。
俺は代わりにそう言った。
ナカマイ先生はそれには答えずに、
ただ優しく微笑んだだけだった。
ナカマイ先生が、
車で送るというのを
俺は頑なに辞退した。
別れ際にナカマイ先生が、
「今日話したことは
まだ他の子達には話さないでね」
と言って、
右手の人差し指を唇に当てた。
手を振るナカマイ先生の姿が
見えなくなると、
俺は20年後の風景を頼りに
道を進んだ。
公園を通り過ぎ十字路を左折する。
少し歩くと、
殺風景な大通りに出た。
俺の記憶にある
道沿いのコンビニや
ファストフード店はなく、
代わりに寂れた本屋を見つけた。
その本屋の前にあった公衆電話で
俺はタクシーを呼んだ。




