第122話 20年後の風景
15時を回ってから、
俺はタクシーを呼んだ。
タクシーは稲置横断道路を西へ進んだ。
やがて。
稲置市と連市を結ぶ
片側三車線の稲連国道に合流すると、
フロントガラスに海が映った。
しばらく走ると、
『連市』のカントリーサインが見えた。
タクシーはその手前の信号を
左折して、
片側一車線の狭い道へと入った。
道は祓川に沿って続いていた。
この辺りの風景は、
俺には20年後のものしか
馴染みがなかった。
道は徐々に上り坂になって、
100mほど先で
直進と左折に分かれているのが見えた。
20年後。
この丁字路には、
信号機が設置されている。
今はまだ信号機のない丁字路を
車は左折して、
祓川とはここで別れることになった。
道は下り坂になったかと思うと
すぐにまた上り坂になった。
右へ左へと緩やかなカーブが続き、
車はゆっくりと坂を上っていった。
20年後の綺麗に舗装された
道路とは違って、
道幅も狭く車はガタガタと揺れた。
長い上り坂の頂上付近で、
道路の左側に小さな八百屋が見えたが、
20年後には
ザッハトルテが有名な
ケーキ屋になっている。
八百屋を通り過ぎると、
短いトンネルがあって、
それを抜けるとすぐに下り坂になった。
真っ直ぐな坂道を下ると、
線路が行く手を阻んでいた。
20年後。
線路の手前にあるコンビニは、
この時代にはまだ田んぼだった。
タクシーは田園の広がる
住宅地へと入っていった。
1つ目の十字路に差し掛かり、
タクシーは速度を緩めた。
信号機のない十字路を
ゆっくりと左折すると、
右手前方に公園が見えてきた。
タクシーは公園を通り過ぎて、
50mほど走ったところで止まった。
俺は1万円札で支払いを済ませて、
タクシーを降りた。
目の前には、
小奇麗な鉄筋の
2階建てアパートがあった。
部屋は1階と2階に3つずつ。
全部で6部屋あった。
アパートの塀に
『六々荘』
と書かれた看板を見つけて、
目的の場所が
ここであることがわかった。
当然エレベーターは無く、
俺は外階段で2階へ上がった。
名簿に書かれていた部屋は202号室。
俺はドアの前で
一度深呼吸をしてから、
インターフォンを押した。
しばらく待っても反応がなかったので、
俺は続けて2度、
インターフォンを鳴らした。
それからドアに耳を寄せた。
中からは何の音も聞こえてこなかった。
そこでようやく。
俺はアパートの前の駐車場に、
車が無いことに気付いた。
仕方がないので、
しばらくその辺りで
時間を潰すことにした。
20年後であれば、
この辺りでもお洒落なカフェや
ファストフード店を
目にすることができる。
しかし。
今、
目の前に広がっているのは、
田んぼと民家、
そして空き地ばかりの
寂しい風景だった。
俺は先ほどタクシーから見えた
公園に向かった。
日曜日。
黄昏時のこの時間。
公園には
数人の子供達の姿しかなかった。
公園の敷地は半分が多目的広場で、
もう半分には遊具が設置されていた。
ジャングルジムに滑り台。
シーソーにブランコ。
鉄棒もあった。
この時代、
どこでも見かける普通の公園だった。
20年後には危険だからと
遊具が撤去された公園も多い。
しかし。
こうしてジャングルジムで
楽しそうに遊んでいる子供達を
見ていると、
はたしてそれが正しいかは、
まだまだ議論の余地がありそうだった。
子供達は突然現れた同年代の珍客に、
興味津々といった様子で、
ベンチに腰掛けている俺の方に
チラチラと視線を投げてきた。
その時。
公園の前を
赤いミニクーパーが
ゆっくりと通り過ぎるのが見えた。
俺はベンチから立ち上がって、
車を追った。
俺が『六々荘』に戻った時、
駐車場に停まっていた
赤いミニクーパーから、
買い物袋を抱えたナカマイ先生が
降りてきたところだった。
ナカマイ先生は俺の顔を見ると、
驚いた表情を浮かべた。
「どうしたの?」
それがナカマイ先生の第一声だった。
「どうやって来たの?」
続けてナカマイ先生は、
探るような眼差しを俺に向けた。
「親切なおじさんが、
乗せてくれたんだ」
本当のことを言えば、
金の出所を探られかねないため、
俺は咄嗟に嘘を吐いた。
「知らない人に着いていったら駄目
って学校でも言ってるでしょう?」
そう言って、
ナカマイ先生は少しだけ怒った。
ヒッチハイクと言う言葉が、
世間に浸透するのはしばらく先である。
「ごめんなさい」
俺が素直に謝ると、
ナカマイ先生は
いつもの優しい笑顔になった。
「寒いわね。
少し散らかってるけど、
家で話しましょうか。
そのために来たんでしょう?」
「先生、
あっちの公園に行こうよ」
俺はあえて外を選んだ。
人目がある場所の方が
話しやすいこともある。
「・・そう?
じゃあ。
ちょっと待っててね。
荷物を置いてくるから」
ナカマイ先生は少し考えてから、
俺の提案を受け入れた。




