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黄昏は悲しき堕天使達のシュプール  作者: Mr.M
九章 Revenge 12月

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112/136

第112話 涙なのか雨なのか

職員室のドアを開けると、

中にいた教師の数人が

俺の方に目を向けた。

俺は室内をぐるりと見回した。

ナカマイ先生と一色の姿は

見当たらなかった。

すぐに廊下へ出て、

校舎の東へ走った。

走りながら、

廊下の窓越しに外を確認した。

校舎の北側は、

職員用の駐車スペースとなっている。

1年2組の教室の前で、

俺は赤いミニクーパーを見つけた。

ナカマイ先生は、

まだ学校にいる。

ナカマイ先生の話は、

誰にも聞かれたくない内容のはずだ。

密会に適した場所。

どこだ。

すぐに3階の西端の音楽室が

頭に浮かんだ。

だが。

あそこは池島千代の領域だ。

当然一色が避けるだろう。

家庭科室か。

その時。

あの日、

屋上に佇んでいたナカマイ先生の姿が、

頭に浮かんだ。

俺は階段を駆け上がった。


屋上の扉が見えた。

ノブに手を掛け、

体重を乗せて力一杯押した。

重い鉄の扉がゆっくりと開かれた。

パラパラと降る雨の中、

屋上の真ん中あたりで、

傘もささずに

向かい合って立っている

2人の姿が見えた。

よく見ると2人の足元には、

開かれた2本の傘が転がっていた。

急を要することは一目瞭然だった。

ナカマイ先生の手に握られた物が、

雨に濡れて光っていた。

一色が怯えたように立ち竦んでいた。


「先生!!」

俺は声の限り叫んだ。

一色が俺の声に気付いて手を挙げた。

「こ、こっちだ!

 た、助けてくれー!」

ナカマイ先生は

ちらりとこちらを見ただけで、

すぐに一色へ視線を戻した。

俺は2人のもとへ走った。


「お、おい!

 誰か呼んできてくれー!」

一色は怯えた目で俺に訴えた。

「ナカマイ先生!

 手に持っている物を

 すぐに捨てるんだ!」

俺は一色を無視して、

ナカマイ先生に呼びかけた。

「・・君は本当に不思議な子ね」

一色の方を向いたまま、

ナカマイ先生は優しい声で答えた。

「こんなことをしても意味がない。

 一色先生は

 猿田先生の件とは関係ないんだ」

「関係ないかどうかは、

 すぐにわかるわ」

そう言うと、

ナカマイ先生は銀色に光るナイフを

一色の前に突き出した。

「一色先生。

 嘘は吐かないほうが身のためです。

 あなたは亡くなった葉山実果さんに

 嫌がらせをしていましたよね?

 彼女は苦しんでいました。

 そのことを。

 猿田先生に知られたから、

 自殺に見せかけて殺した」

静かで抑揚のないその口調は、

どこか冷酷で、

普段のナカマイ先生とは

別人のようだった。

「な、何を言ってるんですか!

 い、意味がわかりません!」

「惚けないで下さい。

 彼女の3、4年時の担任は、

 あなたですもの。

 きっと彼女が死んだ原因も

 あなたに関係がある。

 そうでしょう!」

ナカマイ先生の声が大きくなった。

「ばっ、馬鹿なことを

 言わないで下さい!

 確かに。

 葉山の3、4年時の担任は私です。

 でも嫌がらせなんて。

 私が生徒にそんなことを

 するわけがないでしょう!

 それに。

 猿田先生を殺した?

 何を言ってるんですか!

 猿田先生は自殺ですよ!」

「それはあなたが書いた遺書のせい!」

「あ、あれは。

 猿田先生の荷物を整理していて、

 偶然見つけたんですよ!」

一色の必死の弁解も虚しく、

ナカマイ先生は一歩踏み出した。

「先生!

 一色先生は本当に無関係だよ!」

俺の声にナカマイ先生は足を止めた。

「どうしてそんなことがわかるの?」

ナカマイ先生の鋭い視線が

俺に突き刺さった。

俺は返答に困った。

どう説明すれば、

ナカマイ先生を説得できるのか。

俺が迷っているうちに、

ナカマイ先生は

ふたたび一色に向き直った。

「せ、先生!

 証拠は?

 一色先生が、

 2人の件に

 関係があるという証拠は?」

「証拠がないから自白させるのよ」

ナカマイ先生が

一色にまた一歩近づいた。

一色は後ずさったが、

すぐに背後をフェンスに阻まれた。


「先生!

 『強制、拷問若しくは脅迫による

 自白又は不当に長く抑留

 若しくは拘禁された後の自白は、

 これを証拠とすることはできない』

 憲法でも刑事訴訟法でも

 そう定められてるんだ」

「ここは警察署でもなければ、

 裁判所でもないわ」

「それでもこの国は法治国家なんだ」

俺の言葉にナカマイ先生は黙った。

「・・先生。

 遺書に書かれていた葉山の妊娠は

 事実なんだ・・」

ナカマイ先生が俺を見た。

「夏休み、

 葉山が亡くなる前に

 俺は彼女から手紙を貰った。

 その手紙で彼女は妊娠していると

 告白していた。

 彼女は子供を産んで

 育てる決心をしていた。

 そして。

 そのことで、

 お腹の子の父親である

 この学校の教師と、

 話をするとも書かれていた。

 葉山の妊娠を知る人間は

 俺を除けばあと1人。

 葉山を妊娠させた男だけだ」

「・・葉山さんを妊娠させた男」

「そう。

 そしてその男が、

 猿田先生の遺書を書いた」

ナカマイ先生は

俺の言葉の意味を考えているようだった。


「・・あなたの言うことはわかったわ。

 でも。

 たとえそれが事実だとしても。

 それは葉山さんを妊娠させた人が、

 一色先生というだけのこと。

 そうでしょう?」

ナカマイ先生がふたたび

一色の方へ歩き出した。

「先生!

 だから一色先生は

 葉山とそんな関係には

 なってないんだよ」

「どうして?

 きっとそれが。

 葉山さんが受けていた

 嫌がらせなのよ!

 彼女は一色先生に無理矢理・・」

ナカマイ先生がまた一歩、

一色との距離を詰めた。

「ひっ、ひぃぃぃぃ」

一色が甲高い悲鳴を上げた。

「一色先生は違うんだ!

 一色先生は・・。

 子供には興味がないんだよ!」

一色の表情が、

恐怖から驚きへと変わった。

「そうだろ?

 一色先生。

 あんたが池島千代と

 只ならぬ関係だってことは、

 わかってるんだ」

一色は目を見開いて首を振った。

しかし。

この状況を打開するには

認めるしかないと判断したのか、

「そ、そうだ」

と小さく頷いた。


「わかっただろ?

 一色先生は葉山とは関係ないんだよ」

「そ、それなら誰が・・」

ナカマイ先生はそう呟くと、

持っているナイフを落とした。

俺は急いでナイフを拾った。

一色がホッとしたように

肩で大きく息をした。

「は、畑中先生!

 こ、このことは!

 こ、校長に報告しますよ!

 さ、さすがに無視できませんね。

 警察に相談してもいいくらいだ」

一色は早口でそう捲し立てると、

胸ポケットから

櫛を取り出して髪に当てた。

それから。

落ちていた傘を拾い上げた。

「・・一色先生。

 今日ここで起きたことは忘れてくれ。

 今後もしあんたが

 この件を蒸し返すつもりなら、

 俺はあんたと池島千代の関係を、

 告発することになる。

 池島千代は既婚者だろう。

 旦那にバレたら大変だ。

 それに。

 教職者の不倫は

 流石にこの時代でも大問題だぞ」

「なっ!

 お、お前。

 お、大人を脅迫しようなんて・・」

「金を要求されるよりは、

 簡単だろ?

 ここは俺の言うことを

 聞いておけよ、

 僕ちゃん」

俺は一色の発言を遮って、

その目をじっと見つめた。

「お、お前・・」

一色は目を瞬かせた。

「こ、この件は水に流してやる。

 は、畑中先生、

 今後、

 変な言いがかりはやめて下さいよ!」

そんな捨て台詞を残して、

一色は扉の方へ走っていった。


雨がふたたび激しくなっていた。

俺は地面に転がっている傘を拾った。

そして。

精一杯背伸びをして、

ナカマイ先生の頭上で掲げた。

「先生、帰ろう。

 風邪引くから」

ナカマイ先生は

俺の声が聞こえてないのか、

ただ呆然と立ち尽くしていた。

「先生!」

俺はもう一度、

大きな声で呼んだ。

ナカマイ先生が

ゆっくりと俺の方へ顔を向けた。

「私が一色先生を刺すと思った?

 そんなことはしないわ。

 でもこうでもしないと。

 真実を聞き出せないと思ったの」

「先生・・」

「でもその真実も

 私の考えとは違ったみたい。

 馬鹿ね、私」

そう言って、

ナカマイ先生は小さく笑った。

無理をしているその笑顔が

痛々しかった。

その頬を伝う雫が、

涙なのか雨なのか

俺にはわからなかった。

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