第105話 人を好きになるのは理屈ではない
「昨日はどうしたのさ?」
「翔太も俺も心配したんだぜ」
翌朝。
登校するとすぐに、
翔太と洋が俺のところにやってきた。
「悪い。
ちょっと急用を思い出したんだ」
俺は素直に頭を下げた。
その時。
チャイムが鳴って
ナカマイ先生が教室に入ってきた。
2人はまだ何か言いたそうだったが、
渋々席に着いた。
出席確認の際。
俺と目が合うと、
ナカマイ先生は小さく微笑んだ。
それは。
不自然なくらいに自然な笑顔だった。
その笑顔を見て、
俺は一抹の不安を覚えた。
昼休みが始まると。
子供達は一斉に
教室を飛び出していった。
今日はドッジボールの日だった。
そんな中。
教室に残っていたのは、
いつもの2人だった。
机に座って何をするともなく
ぼぅっとしている池田。
そして。
机で本を読んでいる相馬。
当然。
相馬のことは気になってはいた。
しかし。
相馬が学校から姿を消すのは卒業前。
まだ時間はある。
今は葉山とボス猿を殺した犯人を
見つけるのが先決だと、
自分に言い聞かせて、
俺は教室を出た。
廊下に出ると、
翔太が目の前に立っていた。
「ど、どうしたんだ?
皆、グラウンドに行ってるぞ」
「う、うん・・。
実は・・。
ちょっと話があるんだけど・・」
翔太は周囲をキョロキョロと
窺いながら、
小さな声で呟いた。
「・・ベランダに行くか?」
思い詰めたような翔太の表情に、
俺は嫌な予感がした。
教室に戻ってきた俺達を見て
相馬が不思議そうな顔をした。
が。
それも一瞬のことで
すぐに本へ目を戻した。
俺達はベランダに出た。
校庭では
子供達が元気に駆け回っていた。
6年3組の子供達は
グラウンドの真ん中に、
コートを獲得したようだった。
「・・あっくんは気付いた?」
何の前触れもなく、
翔太がそう切り出した。
俺は何のことかわからず、
首を傾げた。
「・・茜ちゃんのことなんだけど」
翔太はそこで口を噤んだ。
俺は翔太が話し出すのを
待つことにした。
翔太はベランダの手摺に両手を置くと、
グラウンドに目を向けた。
翔太の視線の先には、
コートの中を
走り回っている茜がいた。
俺はようやく腑に落ちた。
そして。
先ほどまで感じていた、
嫌な予感も消えた。
「茜のことが
気になってるんだろ?
俺は翔太と茜には
幸せになって欲しいんだ。
俺にできることなら
何でも協力するよ」
翔太がなかなか口を開かないので、
俺の方から話題を出した。
しかし。
翔太は首を振った。
「そういうことじゃないんだ・・」
翔太はグラウンドに目を向けたまま、
ぽつりと呟いた。
「あっくんなら
気付いてると思ったんだけど・・」
今度は俺が首を振る番だった。
「翔太、
話してくれよ。
そのために俺を待ってたんだろ?」
「・・う、うん」
翔太は一度大きく頷いてから、
やや躊躇いがちに口を開いた。
「最近さ。
茜ちゃんの様子が
おかしいと思わない?
昨日だって。
『楽園』に来なかったんだ」
「急な用事が入ったんじゃないのか?」
翔太は首を振った。
「ま、そういう時もあるさ。
女心と秋の空っていうだろ?」
「それだけじゃないんだ。
最近の茜ちゃんは
どこか元気がないっていうか・・」
俺はコートの中の茜を探した。
いつの間にか。
片方のチームの内野は
茜1人になっていた。
茜くらいの年の子であれば、
多かれ少なかれ悩みを抱えている。
それが女の子ならば尚のこと。
茜が悩んでいるとすれば、
それは、
俺に対する気持ちのせいかもしれない。
俺は茜の気持ちには、
応えることはできないだろう。
茜は翔太と一緒にいた方が
幸せになれる。
その時。
ボールから必死に逃げ回っていた茜が、
外野からの声援に応えるように、
敵チームの四谷のボールを
体の正面でキャッチした。
「見ろよ、翔太。
茜はあんなに元気じゃないか」
「う、うん・・」
翔太はぎこちなく頷いた。
「考えすぎだよ。
茜なら大丈夫さ。
お前がそんな暗い顔をしてたら、
それこそ、
今度は茜が心配するぞ?」
「う、うん。
あっくんがそう言うなら。
大丈夫だよね」
「ああ。
心配ないさ」
結局のところ。
翔太は茜のことを気にかけている。
人を好きになるのは理屈ではない。
何だかんだ言っても。
翔太は茜を想っているのだ。
俺は翔太の肩をポンッと叩いた。
翔太が弱々しい笑顔を浮かべた。
放課後。
俺達少年探偵団は揃って教室を出た。
6年1組の教室の前で、
教室から出てきた一色拓海と
鉢合わせた。
一色は俺達を見ると、
「おっ!
鈴木と塚本じゃないか。
お前ら元気にやってるか!」
と洋と茜に声を掛けた。
「一応、元気だぜ」
「はい。
先生こそお元気そうで」
「はっはっは。
そうかそうか。
じゃあな!
悪いことはせず、
真っ直ぐ家に帰れよ!」
背を向けて歩き出した一色が、
頭上でヒラヒラと片手を振った。
その仕草は、
まるでトレンディードラマに
出てくる俳優のようだった。
「ヒーロー先生って、
ちょっと変わってるよね。
僕は嫌いじゃないけど」
「変わってるんじゃなくて、
カッコつけてるだけだぜ。
ま、悪い奴じゃないけどな」
「素敵だわ。
拓海先生」
3人は思い思いのことを
口にしていたが、
それでも皆、
一色に対しては、
概ね良い印象を持っているようだった。
ただ。
俺には1つ気になったことがあった。
「何で一色は、
洋と茜に声を掛けたんだ?」
「何でって?
そりゃヒーローは、
俺と茜ちゃんの3、4年の時の
担任だからな」
洋の言葉に、
茜は
「うんうん」
と声を弾ませた。
「・・それはつまり。
葉山の担任でもあったわけだな?」
俺がそう言うと、
2人は顔を見合わせてから、
不思議そうに頷いた。




