第104話 記憶と先入観
「・・彼は誤解されやすい人だった」
ふいに。
ナカマイ先生が呟いた。
「お世辞にも・・。
子供達に人気のある先生とは
言えなかったでしょ?」
ナカマイ先生は小さく息を吐き出した。
「女の子達の噂も、
私の耳には入ってたのよ」
ナカマイ先生の言葉の1つ1つが、
俺の心に刺さった。
「彼ったら、
水泳の授業の着替え中に、
何度か家庭科室に入ることが
あったんでしょう?
あれも悪気はなかったのよ。
猿田先生は考えるよりも先に、
行動するところがあって。
猿田先生は単に。
家庭科室の火元のチェックを
していただけなの。
去年家庭科室でボヤ騒ぎがあって、
それ以来、
すごく気にしてたから」
彼という言葉が生々しいと思ったのか、
ナカマイ先生は途中から
「猿田先生」と言い直した。
「それにあの外見だから。
皆怖がってたでしょう」
そう言うと、
ナカマイ先生は目頭を押さえた。
「猿田先生は
常に子供達のことを考えていたの。
でも。
それは空回りしてたみたいだけど」
ナカマイ先生が語るボス猿は
俺の知っているボス猿とは
まったくの別人のようだった。
俺は子供の頃の記憶と先入観により、
ボス猿という人間を
誤解していたのかもしれない。
大吾の件でも。
運動会の組体操の
練習中の指導にしても。
誰かが怒らなければならない。
決して。
理不尽な説教ではなかった。
甘やかすことと
優しくすることは違う。
俺はナカマイ先生から目をそらした。
胸が締め付けられるような感覚に、
俺は息苦しくなった。
ナカマイ先生に気付かれないように、
俺はそっと息を吸った。
「せ、先生・・。
遺書は職員室の
猿田先生の机の引き出しに
入ってたんだよね?」
ナカマイ先生は
俺の質問の意図がわからないのか、
首を傾げつつ
「そうよ」
と呟いた。
遺書が見つかったのは、
確かボス猿の死から4日後。
時間的には
誰にでもそのチャンスはあった。
同僚の教師は当然のこと、
生徒にだって、
それくらいの工作は可能だ。
それでも。
第一発見者を疑うのは
捜査の基本である。
「先生。
その遺書って誰が見つけたの?」
「えっ?」
ナカマイ先生の表情が固くなった。
彼女は何も言わず空を見上げた。
やがて。
躊躇いがちに口を開いた。
「・・一色先生よ」
俺とナカマイ先生の視線がぶつかった。
お互い何も言わなかった。
この場所だけ、
時が止まったかのようだった。
「グーグーポッポー」
どこかで雉鳩が啼いていた。
「・・あら。
もうこんな時間」
いつの間にか。
辺りはすっかり暗くなっていた。
「さあ。
もう帰りましょう」
俺達は並んで屋上を出た。
扉を閉めると、
ナカマイ先生は
ポケットの中から鍵を取り出して
施錠した。
「校長先生のお部屋から
こっそり借りてきたの。
スペアキーはないから、
返しておかないと」
そう言って、
ナカマイ先生は悪戯っ子のように
ペロっと舌を出した。




