王都バルディア(4)
……もう、収拾がつかない。 さて、どう取り繕えばいいのか……。
しかし、いつの間にかアネモネは眠っていた。
「ったく、ビール(風の飲み物)一杯で泥酔するって、どんだけ酒弱いんだよ?」
苦笑していると、カウンターの奥にいた店員が話しかけてきた。
「あっちにソファーがあるから、そこで寝かせてやんな」
「ありがとう。オーナー」
貫禄のある男性だったので、ついこう言ってしまったのだが、男は笑いながら首を振った。
「オーナーなんかじゃねぇよ。俺はただのバーテンだ」
その言葉を聞いてつい、俺のシナリオ系デバッガーとしてのスイッチが入ってしまった。
「あの……『バーテン』って言葉は、不適切用語なのでNGです。これは元々『フーテン』つまり風来坊をもじった言葉であるため、差別用語とされています。もちろん、諸説あるので絶対にNGというわけではないのですが、使用は避けておくべきかと……『バーテン《《ダー》》』なら問題ないのですが……」
そう。王都にある別の酒場メッセージをチェックしていた時も、この文言を発見して報告し、修正を確認したはずなのだが、まさか裏酒場でも同じ表現が使われているとは思わなかった。たぶん山田疾風怒濤がこの台詞を書いたのだと思うが……あの男、こういう配慮が全然なってない。
しかし、『バーテンダー』の男性は不満そうな顔で俺にこう聞いてきた。
「待てよ。バーテンの俺が、自分のことを『バーテン』って呼んで……どこが差別なんだ?」
「た、確かにそう言われてみれば……」
そうだった。 これがゲーム内で使われている用語だったら、デバッガーとして指摘して修正判断を仰ぐというのは当然の流れだが、今はリアルなのだ。
リアルなら別に、不適切用語だろうが、差別用語だろうが、未成年飲酒だろうが何も怖くない。 なまじ仕事でデバッグしてるゲームの世界にいるだけに、つい職業病的に指摘してしまったが、実は意味のない指摘だった。
「ごめんなさい。つい」
「いや、いいって」
バーテンダー、いやバーテンは苦笑しながら、俺に毛布を渡してくれた。
「明け方は冷えるからな。これを使え」
「ありがとうございます!」
この世界の住人、結構いい人が多いのかもしれない。
その後バーテンは、皿洗いをしながら独り言のようにこう言った。
「彼女、ウチの常連なんだ。いつも一人で寂しそうに飲んでるから心配してたんだが……あんたと一緒だと、あんな風に無邪気に笑うんだな」
「…………」
アネモネはお尋ね者だ。
きっと俺の想像できないような苦労をしているのだろう。
「アネモネのこと、よろしく頼む。ちょっとお転婆だけど、根はいい子だからな」
「はい、わかりました」
そう言った後、また俺のシナリオ系デバッガーとしてのスイッチが入る。
「ただ、さっきの『お転婆』って表現も、使用には注意が必要ですね」
「ん? どういう意味だ?」
「こっちは差別用語ではなく、ジェンダー的な配慮が必要な言葉です。例えば男性に対しては『お転婆』という表現はしないですよね? それはつまり、女性はおしとやかであるべきという押しつけが背景にあるわけで……」
「なんかお前、めんどくさいヤツだな?」
「うぐっ」
……正直、よくそう言われる。
「じゃあ、なんで言えばいいんだよ?」
「言い替えの候補としては、『やんちゃ』……ですかね?」
「はんっ! 全然違う言葉だろ!?」
確かに俺自身、この言い替えに納得しているわけではない。
正直、言葉狩りっぽくて違和感さえある。
でもデバッガーとしては、立場上指摘しないわけには……
あ、いや……リアルだから別に指摘しなくてもいいのか。
なんか俺、まだこの世界に慣れていない。
「まぁとにかく、彼女を奥のソファに寝かせてやれ」
「ありがとうございます」
小柄なアネモネをお姫様抱っこして、ソファまで運ぶ。 意外と楽に持ち上げることができたのは、俺のレベルが上がっているからかもしれない。
毛布をかけてやり、床に座り込むと……どっと疲れが押し寄せてきた。
「ほんの少しだけ……仮眠……しよう……」
――そして、気がついた時は、もう朝になっていた。
◇
朝。ソファにはアネモネの姿はなかった。 毛布もきちんと畳まれている。
なんか、嵐みたいな女の子だったな。
賞金首の女盗賊。
明るくて、人懐っこい笑顔が魅力的で、ちょっとお酒に弱くて、意外と女の子っぽい悩みを抱えている。 ゲームをプレイしている時は、『ちょっと憎めない悪役』ぐらいの印象だったけど、実際に会うと全然違う。
ゲームの中では、主人公ウィルが最初に戦う中ボス扱いで、倒した後は特にストーリーに絡まないキャラクターなのだが……正直、あのまま退場してほしくないと思った。
ふと見ると、毛布の上に走り書きのメモがあった。
『いろいろ失礼なこと言われた気がするけど……酔っ払ってて全然覚えてないから許してあげる。 アネモネ』
……やっぱりあの子、すごくいい女の子だ。




