王都バルディア(5)
異世界に転生して、最初の朝だ。 まだ多少の不安はあるが、元の世界に戻りたいという気持ちは全くない。
それよりも、未来に対するワクワクの方がずっと大きかった。
とりあえず今日は、近くのフィールドでレベル上げをしよう。 そこで強くなって、アネモネを助けよう。俺はそう心に誓った。
アネモネを『助ける』という言葉には、ちょっと補足が必要かもしれない。
実は賞金首の女盗賊アネモネは、この後のシナリオでウィル王子に討伐されてしまうのだ。
ゲーム中でアネモネは、金持ちの一家を惨殺した大罪人として描かれている。
しかし、俺が出会ったアネモネは、とてもそんな悪人には見えなかった。 この辺り、昨日の闇酒場と同様、ゲームでは省略されている『何か』があるような気がする。
俺はアネモネの人懐っこい笑顔を思い出した。 あんないい子が、ただの中ボスとして討伐され、退場してしまうなんてストーリーのバグだ。
デバッガーとして、バグは根絶させなければならない。
「さぁ、デバッグの時間だ!」
気合いを入れ直し、俺はフィールドを目指した。
◇
王都を出ると、爽やかな風が吹いてくる。 ここがフィールドマップだ。
ゲームではここで勇ましいBGMがかかるのだが、リアルなので当然そんな演出はない。
このマップに出現するモンスターは、主にスライムだ。 一般的なRPGのスライムは、ぷるんとしたゼリー状の生き物だったりするが、『セイクリッド・ハートランド』のスライムは、もう少しリアルな粘液っぽい魔物だ。
シリーズ第一作から一貫して、このタイプのスライムが登場するのだが、ユーザーからは『ゲロ』と呼ばれている。
にちゃぁ!
粘着音と共に現れたのは、グリーンスライム。通称『緑ゲロ』だ。 ゲームをプレイしているときは気付かなかったが、こいつ……匂いがひどい。
まさに、駅のホームで一晩放置されたゲロの匂いだ。 もらいゲロがこみ上げてくるのを必死にこらえる。
にちゃ、にちゃあ!!
攻撃を喰らうと一定確率で毒に侵されるので注意が必要……なのは一般的な話で、俺にはデバッグコマンド【WIN_BATTLE】がある。
ズババババーーン!!
グリーンスライムを一瞬で葬り去ると、すかさず次の敵を探す。
にちゃ、にちゃ、にちゃぁ!!!
今度は、レッドスライムが二体現れた。通称『赤ゲロ』だ。 グリーンスライムの上位種で、粘液なのになぜか炎攻撃をしてくる。
「ラッキー!」
お目当てのモンスターがすぐに出現したため、俺は心の中でガッツポーズをした。 デバッグコマンドを使わず、あえて素手で殴りかかる。
ビチャン!!
生ぬるく冷めたお粥に、腕をズボッと突っ込んだような感触……。 正直、ちゃんとダメージを与えられたのか不安だったが、レベルが上がっているせいかレッドスライムAを一撃で葬り去ることができた。
残るレッドスライムBも、華麗な後ろ回し蹴りでとどめを刺す。
「……え?」
その達人のような動きに自分で驚いてしまった。 俺は万年帰宅部で、格闘技の経験なんて全くない。
なのになぜ、こんなすごい技がごく自然に出てしまうのだろうか? ……まぁ、深く考えても仕方ない。
きっとこれも、レベルアップの仕様なのだろう。




