王都バルディア(3)
アネモネが案内してくれたのは、俺の知らない酒場だった。
正直、戸惑う。 俺はこのゲームを何度もデバッグしていて、王都の構造も知り尽くしているはずだった。
なのにこんな知らない場所があるなんて……。
「ここは闇酒場よ。あたしたちみたいな裏社会の人間が集まる場所ってわけ」
あたりをキョロキョロと見渡している俺を見て、アネモネが説明をしてくれた。
なるほど。このゲームの主人公はウィルという王子なので、こういう場所は決して訪れない。 このため、ゲームでは省略されているのだろう。
省略といえば、酒場にはちゃんとトイレがあった。 21世紀の日本文化に慣れている俺にとっては、お世辞にも清潔とはいえない場所だったが、止むを得ず利用させてもらった。
「それじゃ、かんぱーい!」
生ぬるいビール的な酒でアネモネと乾杯する。
「ぷはー! 極楽極楽!」
……いや、極楽って仏教が由来の言葉だった気がするので、このゲームの世界観に合っていないのでは? と突っ込もうとしたが思い止まった。
よく考えたら、こうして異世界の住人と何の問題もなく日本語で意思疎通ができている時点で不思議なのだ。 おそらく、謎の力によって自動的に翻訳されているのだろう。
例えば彼女は……
「ぬペー! ゲンダラゲンダラ!」
――と、ハートランド語で喋っていて、最後の『ゲンダラ』が彼女たちの宗教観で呼ぶところの『天国』という意味だったりするのが、自動翻訳によって俺に通じやすい『極楽』という言葉に変換されている……とか、そういう仕組みに違いない。
「ねぇ、タケベ! あなた全然酔ってないじゃない! あたしの酒が飲めないっていうの?」
今、俺たちは酒場のカウンターに隣り合って座っている。 そしてすっかり酔っ払ったアネモネが、俺の肩をバンバンと叩きながら絡んでいる。
こういうスキンシップに慣れていない俺は、どう対応していいのかわからず、我ながら変な質問をしてしまった。
「あ、アネモネって何歳だっけ?」
「ちょっと、女性に年齢を聞くのは失礼じゃない? 21だけど」
失礼だと思うなら答えなければいいような気もするが、律儀に教えてくれるアネモネ。
「そうなんだ。見た感じ、もっと若いと思ってた」
これはおそらく、大人の事情なのだろう。 ゲームの中で未成年が飲酒する表現は、絶対にNGなのだ。
このため、飲酒をするキャラは必ず21歳以上に設定される。 ちなみに年齢が20歳ではなく、21歳というのにもちゃんと理由がある。
アメリカのいくつかの州では、法律によって飲酒可能な年齢が21歳なのだそうだ。
最近は、日本で作られるゲームもワールドワイドで発売されるので、こういった配慮が必要になってくる……。
まぁ中世ヨーロッパ風の世界観をベースにしたグローバル展開の本格RPGが、現代アメリカのローカルな州法に配慮するってのもなんだか皮肉な……って、あれ? なぜかアネモネが今、涙目になってこっちを睨んでいる。
「ちょ、ちょっとぉ……あなた今、あたしの胸を見ながら『もっと若いと思ってた』って言ったでしょ? わ、悪かったわね! 21なのに貧乳で! 何よ! そういうの……び、微妙に傷つくんだからね!」
「あ、いや……ちょっと待った! ご、誤解だって!」
最近はゲームシナリオでも、こういう性的な『いじり』は極力廃される傾向にある。 特に俺は、シナリオ系のデバッグが得意なので、よくこのような問題点を指摘している。
特に胸のサイズなど本人の努力ではどうにもならないようなことをネタにするのはよくない。 ただ、今回のケースはアネモネの方から急に貧乳ネタを振ってきたわけで、これは対処に困る。
「あ! 今あなた『貧乳は本人の努力ではどうにもならない』って言ったでしょ?」
「うわっ! い、いつの間にか……心の声が漏れて……」
「やっぱりそう思ってるのね! ひどーい!」
……もう、収拾がつかない。 さて、どう取り繕えばいいのか……。




