偽勇者モルテディオ
大聖堂も禍々しく改装されていた。
……まぁ、破壊したのは主に俺だから、改装されること自体は仕方ない……というか、申し訳ないと思っている。
しかし、その姿はあまりにも悪趣味だ。
大勢の人々が、壁に生きたまま埋め込まれ、助けを求めてもがき苦しんだ姿のまま固められてしまった……そんな、おぞましいデザインだ。
「これ……本物の人間……ですかにゃん?」
ミネアが恐る恐る、壁に埋め込まれた人物像に触れてみる。
「すごく、固いですにゃん。さっき見た石像と同じですにゃん」
「じゃあ、やっぱり作り物なんだね。もう、びっくりさせないでよ」
アネモネが像を叩くと「こんっ」と乾いた音がした。
◇
大聖堂の中に入る。
俺とアネモネが割りまくったステンドグラスも、綺麗に修復されていた。
ただやはり、デザインはオブリ教らしい邪悪なものに変えられている。
……いや、『邪悪』と決め付けるのはよくないな。
髑髏とか生首とか魔物がモチーフになった、クールなデザインだ。
中央にある女神像も、女神オブリビアに変わっている。
確かにアヴィが言ったとおり、決して美しくはない。人間というよりはむしろ、悪魔に近い姿だ。
そして、その女神像の前で……ひれ伏すように祈る人物の姿があった。
間違いない。あれは、ブライアン=ブレイブハート国王だ。
「エル・イル・アラム・デオミスム……エル・イル・アラム・デオミスム……」
陛下も同じ経文を唱えていたが、俺たちの姿を見ると祈りをやめた。
「陛下……」
「ヒデオ殿にエリザ……レベッカ、それにアヴィゲイルか……ひさしぶりだな」
言葉こそ歓迎ムードだが、その表情は能面のようで、まるで感情が表に出ていない。
「新しい勇者が任命されたと聞きましたが……」
「勇者モルテディオ様のことだな。あのお方こそが、この国の希望の光だ」
「自分の子供に……さまをつけるの?」
アネモネの問いを、国王は無視した。
というかさっきからずっと、俺とセイクリッドセブンしか見ていない。
セイクリッドセブンは、この国の7名家出身。いわば貴族だ。
貴族以外相手をせず、アネモネやミネアのような平民は無視する気なのだろうか?
「モルテディオ殿は、王家の血を継いでいないと聞きます。実際、ウィルの葬儀でもお見かけしませんでした。なぜ彼が勇者に?」
あえて突っ込んだ質問をしてみたが、国王は動じなかった。
「血統に何の意味があるというのだ? 事実、初代ハートランド国王は、農民の出だった。これからは出自に関係なく、優れた者が勇者になるべきであろう」
国王は、相変わらず無表情のままこう続けた。
「わが息子……ウィルは、勇者としては、あまりにも甘すぎた。私を庇って死ぬなど……なんと愚かな……その点、モルテディオ様は素晴らしい。彼こそが真の勇者なのだ」
ウィルの名を出されて、俺の頭に血がのぼる。
危うくつかみかかりそうになるのを、必死に止めた。
なぜなら……
ブライアン=ブレイブハート国王が、両の拳を固く握りしめていたのを見てしまったのだ。
それこそ、血が滲むほど固く……
この人も……この人なりに『何か』と戦っているのかもしれない。
「ヒデオ殿、以後貴殿らが、『勇者亡き勇者パーティ』と名乗ることを禁じる。勇者は、モルテディオ様だ。そして……死んでしまった勇者になど、何の価値もない」
国王に聞こえないように、アヴィが、ぼそっと呟いた。
「……しね」
「『まぁ、別に私たちが自ら『勇者亡き勇者パーティ』なんて名乗ってるわけじゃないしね』って言ってる」
「ほんと、死ねばいいのよ」
アネモネがわざと、通訳前の言葉に同意した。
俺はみんなに目配せをして、大聖堂を後にした。
「エル・イル・アラム・デオミスム……エル・イル・アラム・デオミスム……」
国王はまた、長い長い祈りを再開した。
◇
街の人たちはずっと祈ってるし、国王もあんな感じだったし……
今のところ、偽勇者モルテディオの情報は、まるで集まっていない。
こうなったら、直接姿を見てやろう。
そう思って、王宮に向かったのだが……
「ヒデオさん……申し訳ないですが、王宮内は立ち入り禁止です」
門番に断られてしまった。
でも門番の顔……見覚えがある。
スタンピードのとき一緒に王都を守った……確か名前はニックだった。
「どうしてもダメか? ニック」
「い、いくらヒデオさんの頼みでも、これだけは……」
「ではせめて、中で何が行われているのか教えてほしい」
頼み込むとニックは、辺りをキョロキョロしながら、小声でこう教えてくれた。
「ここだけの話ですけどね。新勇者モルテディオ様が、シモネッタ様と共に、女神の力を得るための修行をしているらしいです。今日が7日目だから……あと3日は立ち入り厳禁なんです」
「なるほど……わかった。ありがとう」
「俺が喋ったってこと、内緒ですよ」
よし、これは良い情報を得ることができた。
◇
やはり情報を得るなら酒場だ。
俺たちは、街の酒場へと向かった。
しかし、扉は閉ざされ……というか板を何重にも貼られて封鎖されていた。
そして看板には張り紙が……
『酒になど心を惑わされるな。女神様の愛にのみ溺れよ!』
……オブリ教は、酒も禁止しているのか。
「王都で酒が飲めぬとなると、アエリアでも禁酒されるのは時間の問題か……これは困ったな。はっはっは」
酒好きなレベッカが、笑いながら困っていた。
「闇酒場に行ってみない? あそこのマスターは、お酒大好きだし、曲がったことが大嫌いな人だから、きっと教会に逆らって、営業してるはずよ」
「それはありがたい。冷えたエールがあれば、なおありがたいのだがな。はっはっは」
みんな大いに期待して、闇酒場へと向かったのだが……
◇
見慣れた闇酒場の奥には、見慣れない女神像が立っていた。
「エル・イル・アラム・デオミスム……エル・イル・アラム・デオミスム……」
信者たちが大勢集まって、跪き……祈りを捧げている。
「マスター、ひさしぶり。お酒、出してないの?」
アネモネが明るく聞いてみるが……
「異教徒は出ていきな。俺は、信仰の曲がったヤツらが大嫌いなんだ」
と、追い出されてしまった。
◇
王都バルディアは、街も人も変わり果ててしまった。
「ギルドがどうなってるのか……心配になってきましたにゃん」
ミネアと共に、冒険者ギルドへと急ぐ。
しかし、ここも封鎖されていた。
『魔物は敵ではない。共存すべき友である。以後、魔物討伐を禁ずる』
やはりここにも、花壇や酒場と同じ書体の張り紙があった。
「あうぅ……どうしたらいいんですにゃん?」
元職場の閉鎖に、動揺するミネア。
そこに、討伐帰りの冒険者が話しかけてきた。
「ミネアちゃん、なんとかしてくれよ。このままじゃ俺たち、おまんまの食い上げだよ」
「そ、そう言われても……」
そこに、オブリ教徒らしき女がやって来た。
「冒険者様……あなたも毎日、女神様にお祈りすれば、教会からパンとチーズが支給されますよ」
「ほ、本当か?」
「はい。こちらへどうぞ……」
信徒は冒険者を連れて去っていった。
「毎日、パンとチーズが支給……国費からまかなっているのでしょうか?」
「でも財源は……? ちょっと調べてみる必要がありそうだな……」
「はい」
……この国の闇は、思っていたよりも深そうだ。




