飛空艇対決(2)
ちょっとしたハプニングはあったが、エネル岩を手に入れた俺たちは、バレット爺さんが住むテラピン村へと急いだ。
テラピン村は湖のほとりにある小さな集落だ。
湖畔の森にあったターコイズ・レイクは、大自然が溢れる湖だったが、テラピン湖は人工的に作られた感じの場所だ。
「さぁ、行こう」
「……しぶり」
いや、アヴィは渋っているわけではない。
『師匠に会うの、ひさしぶり』と言ったのだ。
◇
テラピン村は、静かだった。
外を歩く者はひとりもいないし、何件かある家も、扉を閉じたまま人の気配すら感じられない。
「……なほう」
「『今日は賑やかなほう』だそうだ」
「ぇぇぇ?」
小声で驚くアネモネ。
彼女なりに、空気を読んでいるようだ。
村の奥には、バレット爺さんの工房があった。
アヴィの研究室と同様、何本もの煙突が立ち、そこから色とりどりの煙がもくもくと吐き出されている。
「行こう」
俺もちょっと小声になって、工房へと歩を進めた。
◇
バレット爺さんの工房――
ガラクタだらけの部屋の中央に立っていたのは……
「よう! また会ったな、竹部秀夫!」
バレット爺さんではなく、山田疾風怒濤だった。
「ど、どういうことだ?」
「説明するまでもないだろ? 私の方が先に着いた。それだけのことだ。ちょうど良いタイミングで、ここの夢を見られたからな」
「くっ……」
「飛空艇の契約も、さっき済ませたところだ。つまり、この勝負……私の勝ちと言うことだな。ははははは!」
「ば、バレット爺さんと話をさせてくれ。俺はエネル岩を取ってきた。飛空艇を完成させるには、こいつが必要なんだろ?」
「……だそうだ。どうなんだ? 爺さん」
この時初めて、バレット爺さんが物陰から顔を出した。
ドワーフ族……なのだろうか?
身長は1メートルぐらい。長いあごひげと筋肉が特徴的な爺さんだ。
「おぉ、エネル岩か! 助かるぞぃ!」
「この岩と引き換えに、飛空艇の権利を……」
しかし、爺さんは残念そうにかぶりを振った。
「それはできぬ相談じゃのぅ。先に話を持ちかけてきたのは、あちらの旦那だからな」
「で、でも……」
山田疾風怒濤は、勝ち誇った笑顔を浮かべている。
「竹部秀夫。お前は確かに、ゲームについては詳しい。それは認めよう。しかし、キャラについてはどうかな? バレット爺さんは義理堅いんだ。後からどんなに良い条件を詰まれても、先に話を持ちかけてくれた顧客を裏切るなんてしない男だぞ」
……た、確かにそうだ。
完全に……見誤った。
「まぁ、そのエネル岩は、私が買い取らせて貰うよ。爺さん、準備を進めてくれ」
「がってんだ!」
呆然としている俺の手からエネル岩を受け取ると、そのまま地下室へと去って行った。
「みんなごめん。俺の作戦ミスだ」
「ヒデオ……」
「ははははは! これでわかっただろ? 原作者であるこの私が、デバッグアルバイトごときに負けるわけがないのだよ。まぁせっかくだから、この私の飛空艇の発進シーンでも見ていくといい」
『この私の』のところをやたら強調していたのが憎らしかった。
◇
山田疾風怒濤に促され、村の外へと出る。
すると……
ごごごごごっ!
テラピン湖の水面が二つに割れ、中から巨大な飛空艇セイクリッド号が現れた。
……これもおそらく、某アニメのパロディなのだろう。
しかし、飛空艇は浮上しても、俺の心は沈んだままだ。
「ではさらばだ! 諸君!」
山田疾風怒濤は、意気揚々と飛空艇に乗り込むと……
「飛空艇セイクリッド号、発進!!!」
と、青い空の果てに消えていった。
「くそっ! ゲーム知識で負けるなんて……」
残ったのは、深い後悔。
そして……この先、飛空艇無しでどう攻略すれば良いのか……という不安感。
「ヒデオ、そんな顔しないでよ。別に空なんか飛べなくても旅はできるじゃん」
「そうですよ。これまでもそうやって旅をしてきたのですから」
アネモネとエリザが慰めてくれるが、あの男に制空権を握られてしまったのは痛い。
「いや、まだ奥の手がある……」
正直、これは使いたくなかったのだが……
俺はデバッグコマンドの【CALL_SKYSHIP】を発動させた。
ごごごごごっ!
轟音と共に、さっき飛び去った飛空艇セイクリッド号が戻ってくる。
「え? ヒデオ、なにをやったの?」
「守秘義務のスキルで、飛空艇を呼び出した。これで俺たちの物だ」
「え?」
「でも……」
みんな微妙な表情をしている。
「このやり方は……ヒデオさんらしくないと思います」
「そうですにゃん。ずるいですにゃん」
「……チート」
「まぁ、気持ちはわからなくもないが……私も反対だ」
……みんなの言う通りだ。こんなやり方、間違っていた。
「確かにそうだな。山田疾風怒濤に謝って、飛空艇は返そう」
そのとき――
「いや、謝る必要は無いさ」
すぐ目の前に、山田疾風怒濤が立っていた。
「竹部秀夫、あれからお前について、いろいろ調べさせて貰ったよ。デバッグコマンドというユニークスキルを持っているんだってな」
「さすがにその辺は、お見通しか……」
「でも不思議なんだ。そのスキル、万能過ぎないか? お前がその気になれば、金なんていくらでも稼げるんだろ? なぜそれをしなかった?」
「この世界を……楽しむためだ。悪用せず、正しく使おうと思っていた。……でも、さっきのはやり過ぎた。すまなかった」
「だから、謝る必要ないって言っただろ。デバッグコマンドは、お前が一生懸命デバッグしてくれた証なんだからな。そういう意味じゃ、むしろ、私のほうがチートだ。夢で見た物語をそのまんまゲームにして、富と名声を得た。いい女もたくさん抱いたぞ」
「くそ! あの週刊誌報道、ほんとだったのかよ。あの女優さん、結構好きだったのに……許すまじ! マジ許すまじ!」
「いや、急に怒るなって」
「つ、つい取り乱した」
「お前がこの旅で歩んできた道……全部夢で見せてもらった。ほんと、よく頑張ったよな」
「…………」
「そして……悪用しないっていうポリシーを曲げてでも、飛空艇にこだわった想い……それを含めて、私はお前を許すし、認める!」
「……え?」
「私の大好きなこの世界を……お前が救ってくれって言ってるんだ、私の負けだ。竹部秀夫」
「山田疾風怒濤……」
「でも、急いだほうがいいぞ。昨日、王都で賜剣の儀が執り行われてな。ウィル王子の弟モルテディオが、新しい勇者になっちまったんだ」
「えええ?」
「ウィル王子の弟……ですか?」
どうやら、エリザすら知らない存在のようだ。
「第三王妃シモネッタの連れ子だ。王家の血は継いでないはずなんだが、オブリ教の教皇から信託を受けている。ヤツはすでにセイクリッドセブンのアリア=フロストハートを仲間にしてるらしいぞ」
「そ、そんなことが……」
「新勇者モルテディオ対、勇者亡き勇者パーティ……勝つのはどっちかな? まぁ、私は話が面白くなればどっちでも良いが……でもまぁ、心情的には、お前を応援してやるよ」
「ありがとう。原作者様が応援してくれるのは心強いな」
「いや、私は単なる観察者だ。おっと、目覚ましが鳴った。ふわぁ……そろそろ起きるよ。じゃあな」
そう言って、山田疾風怒濤は消えた。
「ヒデオさん、さっきの話って……」
「確かめよう。そして、残りのセイクリッドセブンを仲間にしよう。俺たちには、彼から託された飛空艇がある」
「そうね。旅立ちましょう。大空へ!」




