魔王デオメット
ずっと話し込んでいる俺たちを心配して、アネモネが声をかけてきた。
「ヒデオ、まだ話してるの」
「ああ。でも安心してくれ。彼は敵じゃない」
「わかったわ。話が終わったら、ちゃんと説明してね」
アネモネが去った後、山田疾風怒濤がびっくりするくらいの笑顔になっていた。
「そうか、やっぱりお前が、あの竹部秀夫なのか!」
「え? なぜ知ってる?」
「ナッシング・トゥ・ルーズ社から来るデバッグレポートの中で、やたら細かいツッコミをしてくるヤツがいたからな。名前を覚えてたんだ」
「そ、そりゃどうも……」
「正直、最初はすごいムカついた。『お転婆は不適切です』だの『バーテンは差別語です』だの……うるせーんだっつーの!」
「いや、俺だってそういう言葉狩りっぽい規制は好きじゃない。でも、炎上してしまったら、作品にケチがつくだろ? 倫理系の指摘を甘く見ちゃダメだ。特に差別問題や宗教問題がからむと厄介だ。昔、宗教的なレギュレーションがらみで発売禁止、製品回収になった作品があるの……あんたなら知ってるだろ?」
「○○○○のことか?」
「うわっ! 直接タイトルを出すなって! とにかく、あの作品は製品回収になっただけではなく、某ゲーム機の看板タイトルだったはずなのに、作品ラインナップからも消えた。つまり、ゲームの歴史から抹殺されたんだ。あの悲劇を繰り返してはならない」
「あんなの……レアケースだろ?」
「でも実際に起きた。いいか? どんなに出来の良いゲームでも、レギュレーションひとつで葬り去られることがあるんだ。そして、そのレギュレーションは年々厳しくなっている。今は大丈夫でも、リメイクしたときに問題になるケースだってあるんだぞ? 『セイクリッド・ハートランド』というIPを守るために、そういうリスクは可能な限り排除したい。だから俺は、毎回細かく指摘してるんだ。例え原作者に嫌われたとしてもな」
「そっか……お前なりに、いろいろ考えてくれてたんだな。悪かったよ。認識を改めよう。それと……港町アエリア編のシナリオに対するレポートも、お前だったよな。……最初読んだ時はムカついたが、間違ったことは書いてない……っていうか、全部正しかった。それに、ゲームを良くしたいっていう熱を感じたからな。だからシナリオを見直そうと上に提案したんだ、だいぶ反対されたが、強引に押し切ったぜ」
そう言うと、山田疾風怒濤は俺の顔をチラッと見た。
「まぁ、あれだ。感謝してる」
「いや……こ、こっちこそ」
「お前に謝らなくちゃな。今でこそ感謝してるが、当時はただ、めんどくせーヤツだと思ってた。あんまりにもめんどくせーこと言うから、ラスボスの名前にしちまったくらいだ。『ひでおめんどくせー!』……『でおめんど』……『デオメット』……つまり、魔王デオメットの元ネタは、お前の名前って事だ」
「おい。今なんて言った?」
「だから謝るって」
……いくら後で謝罪されても納得できるものではない。
勝手に俺の本名を、ラスボスとして使うなんて……
「あんたのせいで、ミネアとか怯えてたんだぞ」
「いや、ほんと悪かった。ごめんって。このとおり!」
顔の前で大げさに両手を合わせ、拝むポーズをする。
腹は立つが、なんだか憎めない。
そう言えばこの人、『稀代の人たらし』って言われてたっけ。
「ひとつわからない点がある。じゃあ、あんたがラスボスの名前を付ける前、この世界で魔王デオメットはなんて呼ばれてたんだ?」
「こっちの世界の言葉で、『※ÅΩ~◇※Ω』と呼ばれている。昔も、今もな。それを俺が『魔王デオメット』って翻訳しただけのことだ」
「な、なるほど……わかった」
……いや、正直完全に理解したわけではない。でもこれで、この世界の変な翻訳機能の謎がぼんやりと見えてきた気がする。つまり、元のハートランド語を山田疾風怒濤のセンスで日本語に翻訳していたのだ。
「もうひとつ、わからないのがBGMだ。ゲーム中に流れる楽曲は、ジャスティス田中先生が作曲したんだろ?」
「ああ。私もその点に関してはずっと疑問だった。なんせ、私が田中先生に発注して書いて貰ったゲーム用の曲が、夢の中の世界でも大流行してるんだからな。これはまだ仮説なんだが……『観察者効果』という言葉がある。観察されることで対象の行動や状態が変化する現象って意味だ」
「なるほど。わからないな……」
「まぁ、私も詳しくは知らないが、観測することによって、相手も見られてることを意識した行動をするってことじゃないか? サボる回数が減ったりとか、そういうことだろうな。……で、ここから先は飛躍がひどいんだが、私という観測者がいることで、ゲームのハートランド王国と、夢の世界のハートランド王国とが、互いに影響を与え合っている……という仮説を立ててみたんだ」
「正直、理解が追いつかない」
「いいさ。ただの仮説だしな。そんなことより、未来の話をしよう。竹部秀夫、お前はこの先、この世界でどう立ち回るつもりなんだ?」
「俺は……いや、俺たち『勇者亡き勇者パーティ』は、ウィル王子の遺志を継ぎ、魔王デオメットを倒す」
「ふっ、自分の名前が元ネタの魔王をか……なかなか立派な話だ。ただ、立派すぎて少々腹を立てていることも事実だ」
「何が言いたい?」
「私はこれまで、ずっとこの世界の観察者だった。でもお前を見て思ったんだ。私の世界は、私が救うべきじゃないかってな。この世界に関しては、当然私の方が詳しいし、愛着だってずっとある。竹部秀夫、お前は単に、私のゲームをデバッグするために雇われたアルバイトだ」
「まぁ、否定はできない」
「もちろん、お前の仕事ぶりは認めている。でもな……ハートランド王国は私の世界だ。滞在できる時間が限られているとはいえ、私こそが勇者ウィルの遺志を継ぐにふさわしいのではないか?」
「つまり、俺にどうしろと?」
「お前と勝負したい。この先のストーリーは……そう、飛空艇だな。どちらが早く、飛空艇を手に入れられるか? それで対決することとしよう」
「ずいぶんと、勝手な話だな」
「世間じゃ原作者扱いだからな。このくらいのワガママは許して貰おう」
「さっきまで観察者だって言い張ってたくせに……」
俺の皮肉をスルーして、山田疾風怒濤は大きなあくびをした。
「ふわぁ……眠くなってきた。そろそろ起きる時間だな。じゃ……またな」
ジリリリリリン!
どこか遠くで、目覚まし時計の音が聞こえてきた。
それと同時に……山田疾風怒濤の姿は霧のように消えていった。
「お、おい! 山田疾風怒濤!」
その声を聞いて、みんなが駆けつけてくる。
「ヒデオ、さっきの覗き魔は?」
「消えちゃった……ですかにゃん?」
「でも、彼は敵じゃないんですよね?」
「いや、訂正する。あの男は、たった今……敵になった」
「「「え? ええええ!?」」」




