前途茫洋
俺たちの未来は、良い方向に進んでいる。
そう自分に言い聞かせたばかりだけど……
正直、不安材料はたくさんある。
一番の頭痛の種は、山田疾風怒濤の存在だ。
マルケーノフは今際の際……おっと、これは「際」が重なるから重複表現なのか?
いや、今はそんなことどうでもいい。
とにかく、マルケーノフが最期に言った言葉……
「も、もうしわけありません……シュトゥルム・ウント・ドラングさま」
これは間違いなく、山田疾風怒濤のことだ。
それにしても、なんでRPGの中ボスは、死ぬ時に黒幕の名前を叫ぶんだろ?
黙って死んだほうが、迷惑かけずに済むのに……
まぁ、プレイヤーにとっては次の目的がはっきりわかるから、お約束というか……様式美みたいになってるのかもしれないけど……
実際、ゲームの『港町アエリア編』シナリオは、あまりにもご都合主義で、マルケーノフが名前通り間抜けすぎた。
しかし、現実世界ではそれが設定ごと書き換えられていた。
バトルでただ、見えない魔物を呼び出すだけの中ボス……と言うか『ギャグ要員』が、一転してちゃんとした悪役となっていた。これはどういうことなのだろう?
おそらく……原作者である山田疾風怒濤が、この世界をまるごと書き換えたのだ。
マルケーノフに入れ知恵をして、物語を改編した……そうとしか思えない。
そして……そのきっかけになったのは、俺のデバッグレポート。
そんな気がしてならない。
『魔物使いという設定を、もう少しシナリオに活かしてほしい』俺がそう書いたレポートの要望通りに、いや要望した以上のシナリオに書き換わっているのだ。
しかし、この仮説が正しい場合、だいぶヤバいことになる。
なんせ、敵は原作者。それと比べて、俺は一介のデバッグアルバイトに過ぎないのだ。
対立するようなことになったら、どうやって倒す?
いや、『なったら』ではない。
山田疾風怒濤こそが、ウィル王子の仇。対立は避けられないだろう。
◇
山田疾風怒濤、52歳。
美術系の専門学校を卒業後、グローリア社のアルバイトとして働く。
最初はドッター、つまりドット絵を描いていたのだが、ある日突然才能が開花し、『セイクリッド・ハートランド』のシナリオをたった一晩で書き上げる。
この作品が大ヒットし、小さなソフトハウスだったグローリア社は、大ヒットメーカーへと変貌した。
続く『セイクリッド・ハートランド2』は、より予算と時間をかけて作り上げた超大作で、前作以上の大ヒットとなり、山田疾風怒濤は一躍時の人となった。
TVのバラエティ番組に出たり、週刊誌で女性アイドルとのスキャンダルが噂になったり……と、良い意味でも悪い意味でも世間を騒がせている。
しかし『セイクリッド・ハートランド3』は、賛否両論。
タレント活動が忙しくなった山田疾風怒濤が、手を抜いて作ったのではないかという酷評が目立った。俺も当然デバッグしているが、確かに意欲作ではあるのだが、どこかチグハグというか……山田疾風怒濤の作風は薄まっていると感じた。
そして、起死回生を狙うのが今作『セイクリッド・ハートランド4』だ。
前作で落ちた売上と評判を取り戻すため、スタッフ一丸となって頑張っている。
俺は山田疾風怒濤には一度も会ったことはない。でもゲーム雑誌のインタビュー記事は毎回見ているし、SNSもフォローしている。
金髪で小太り、ちょっと胡散臭い顔をした中年男で、冬でもアロハシャツを着るのがポリシーなのだそうだ。
インタビューを読む限り、天才肌のクリエーターだ。
いや、本物の天才と言っても過言ではないかもしれない。
会議では全然発言しないくせに、「一晩考えさせてくれ」と言って、翌朝には全部の問題に対する解決策を用意している……そんな伝説がたくさんある。
一説によると、夢の中でアイディアがポップアップするのだそうだ。
よく『ゲームは共同作品』と呼ばれる。しかし、山田疾風怒濤はシナリオだけでなく、世界観やキャラクターデザイン、背景美術など、クリエイティブのほとんどを彼ひとりで考えているため、このシリーズは彼の『個人作品』といってもいいくらいだ。
実際、『エクスプロージョン&グローリア』社では、稼ぎ頭の彼は今『天皇』と呼ばれているのだそうだ。
そんな天皇と一介のデバッグアルバイトである俺が対立?
……まぁ、今の時点で深く考えても仕方ないか。
なるようになる。
いや、俺たちの力で、なるように『する』のだ。




