マンバン砦跡の決戦(2)
「ぬひひひっ! そこまでです!」
そこには、デバッグで何度も見た魔物使い・マルケーノフが立っていた。
味方をほとんど俺たちに倒され、孤立無援のはずなのに……
この男、なぜそんな自信満々な顔で立っていられるのだろう?
「そこまでです!」なんて言って、この状況から形勢逆転できる切り札を持ってるつもりなのだろうか?
魔物使いのマルケーノフ。
ゲームではただのギャグ要員だったが、この世界では違う。
偽教皇を操り、女神像を爆破させ……ウィル王子の命を奪った仇だ。
そして……王都でスタンピードを起こした張本人だ。
こいつだけは……許すわけにはいかない!
俺はマルケーノフを睨み付ける。
薄い頭髪に脂ぎった肌……
ギラギラと光る小さな目に、団子っ鼻。
やや尖った両耳、ニヤニヤとゆがんだ口。
小太りの体型に、やたら高価そうな服を着て、頭にはなぜか女物のティアラ……サイズが合わないらしく、斜めに被っている。
……あれは間違いなく、聖女のティアラだ。
くそっ! なぜヤツが……奇岩地帯の隠し宝箱を開けることができたんだ?
そして、ヤツの首には赤いバンダナ……って、え? 赤いバンダナ?
俺が驚いていると、マルケーノフのニヤニヤ笑いは、さらに大きくなった。
「ぬひっ、ぬひひひっ! どうしました? この私に、何か聞きたいことでもあるのですか?」
「あぁ、言いたいことも……聞きたいことも、山ほどあるさ。まずは、その赤いバンダナについてだ。お前は……魔力量が少ないのか?」
「いいえ。魔力なんて、余るほどありますよ?」
「じゃあ、なぜ黄色ではなく、赤いバンダナを巻いている? そのバンダナは寿命を消費するんだろ?」
「ぬひひっ! 寿命だって、余るほどありますよ。なぜなら、この私は……エルフなのですから!」
「……え、エルフだって?」
意外だった。
確かにエルフなら寿命が長いので、赤いバンダナを使っても大丈夫なのだろう。『エルフは美形』という先入観があったため、デバッグ時には気付かなかったが、言われてみれば確かに耳が尖っている。
……いや、それにしてもエルフの長い寿命を、そんなことに使う奴がいるなんて意外だった。というか、そんな奴だから、人間の『老い』に対して無頓着になれたのかもしれない。
「ぬひひっ! では、そろそろ私の切り札をお見せしましょう……いや、目に見えずとも、その体に味わわせてやりましょう!」
マルケーノフは芝居がかった大きな動きで両手を広げ、歌うようにこう叫んだ。
「ぬひっ! 邪悪イン・ザ・ボックス!!」
……しばしの沈黙。
気の早い兵士たちが騒ぎ出す。
「ん? どうした? 何も現れないぞ?」
「失敗か? 偉そうな口きいてた割に、たいしたことねぇな……」
俺は絶望した。
こういうときに、こんな台詞を言うのは……明らかに死亡フラグだ。
「ぐふっ!」
「ごげばっ!!」
案の定、くだんの兵士たちが血を吐いて倒された。
見えない敵によって……
「みんな気をつけろ! 奴が呼び出した魔物は、インビジブル! カメレオンのような保護色で、見えない攻撃をしてくる!」
「で、でもヒデオ……見えないのに、どう気をつければいいのよ?」
「アネモネ、みんなにこの水筒を配ってくれ!」
そう。昨日一生懸命用意した、絵の具入りの水筒だ。
「そこだっ!」
レベッカがぶちまけた絵の具が見事命中し、見えない魔物インビジブルは、ちょっと見えてる魔物チョイビジブルへと変化した。
「いいぞ、その調子だ!」
「ぐぬぬぬぬっ……まさか……そんなことが……」
マルケーノフは、明らかに動揺している。
このエリアに来て初めて、俺のゲーム知識が役に立った。
実はゲームでも、魔物使いマルケーノフは見えない魔物を使役していた。それを知っていたからこそ、実行することのできた作戦なのだ。
形勢は一気に逆転した。
「ヒデオさん、すごいですにゃん」
「いや、ごめん。そうでもないみたいだ……」
そのとき――
ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。
「ぬひっ、ぬひひひっ! 天は私に味方したというわけですね」
水性絵の具しか手に入らなかったのが悔しい。そして……
絵の具のチョイスも失敗したが、天気のことも全く考えていなかった。
ゲームではマップは常に晴天で、雨が降るときはイベント扱いだった。だから、天候のことを全く考慮せずに作戦を立ててしまったのだ。
……くそっ! 詰めが甘かった。
「弓兵、一斉掃射!!」
そう。矢が刺さってさえくれれば、魔物の位置は容易に特定ができる。
「ぬひひひっ! 無駄です! こいつの皮膚は、矢を通しませんから!」
……そう来たか。
おそらく、粘膜的な何かで守られているのだろう。
これは……まずいぞ……ほかに打つ手は……?




