押し寄せる危機(1)
「マッケンジーさんのお店に戻りましょ。弟さんのこと、早く伝えなくちゃ」
アネモネに促され、ゼンマーさんの家を出る。
……ん? ゼンマーさん……? ひょっとして、ぜんまーさん……せんまーさん……せんまーさお……千昌○?
「昭和かよっ! またしても昭和歌謡っ!!」
また叫んでしまった。
ミネアの耳が「ビクッ」っとなる。
「ヒデオさん、ひどいですにゃん……」
涙目になっているミネアが可愛い。
……いや、こんなことをしている場合じゃない。
というのも、さっきから妙な視線を感じるのだ。
「ちょっと歩くぞ」
不穏な気配を察したのか、みんなも黙って付いてきてくれる。
しばらく歩いて確信した。
「振り向かないで聞いてくれ。俺たちは尾行されている」
「……確かに、背後から殺意を感じますにゃん」
「あ、ごめーん。ちょっとあたし、お化粧を直すね」
なんか、ものすごくわざとらしい声を出して、アネモネが立ち止まる。
すぐにポシェットから手鏡を取り出し、背後の様子を伺い始めた。
「おばあさんが一人……こっちを睨んでるわ。首に……赤いバンダナを巻いてる!」
「赤いバンダナ団……略して『アバン団』だな?」
「くすっ、ヒデオその略称、結構気に入ってるでしょ?」
「ま、まぁ、ちょっとな」
いや、笑っている場合じゃない。
戦えば勝てるとは思うが、それだと老人虐待になってしまう。
ここは逃げたほうが良さそうだな。
「よし、あの先の路地に逃げ込もう」
全員が頷き、一斉に走り出す。
老婆には、追い付ける体力は残っていなかった。
◇
老婆の尾行を振り切り、路地の奥へと進む。
すると……
「しくしくっ……ふぇーーんっ!」
壁に向かって、うずくまるような格好で、幼女が泣いていた。
「お嬢ちゃん、どうしたんだ?」
「迷子にでもなったの?」
見たところ、9歳ぐらい?
白いワンピースに、同系色の可愛らしい帽子を被った幼女だ。
「こっちむいて、ほら! 涙を拭いてあげる」
アネモネが優しく声をかけると、幼女はこくりと頷いた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
……ん? ちょっと待て!
今、ものすごく嫌な予感がした。
あの幼女の声……妙に『作った感じ』がしなかったか?
よく見るとあの幼女……顔を覆ってる手が、妙に節くれ立ってないか?
それに首にある無数のシミ……あれはひょっとして……
「あたし、迷子になっちゃったの。こわかったよー! げひひひひっ!!」
「うわぁーーーーーーーーー!!!!」
つい悲鳴を上げてしまった。
幼女の顔が……皺だらけだったのだ。
やはり……首にあるシミも……老人斑に違いない。
「ロリババア、これがロリババアなのか!?」
動揺してつい大声を出してしまったが、すぐにその間違いに気付く。
ロリババアというのは、見た目は幼女で、言葉遣いなどがババアのキャラのことだ。
この場合は、ババババア? いや、9歳の幼女の格好をした、90歳の老婆そのものだ。
見ると幼女コス老婆の首にも、赤いバンダナが巻かれていた。
「に、逃げろ!!」
大慌てで、さっき来た道を引き返す。
しかし出口には、見慣れない老人が立ちはだかっていた。彼の首にも、当然のように赤いバンダナ……
「ひ、ひぃ!」
前門の虎、後門の狼……ならぬ、前門のジジイ、後門のババアだ。
「おにいちゃぁーん! 逃げるなんてひどいよぉ!」
後門ババアが、まだ幼女のふりをして追いかけて来る。
はさみうちだ。
「見つけたぞい」
「賞金首じゃ!」
パニックになって固まっている間にも、老人たちはどんどん増えていく。
わらわらと集まってくる。そして、全員がアバン団だ。
「ふぇっ、ふぇっ! その若さ……吸い取ってやろうかのぅ?」
「若いおなごが3人も! うむ、眼福眼福!」
洪水のように押し寄せる高齢者の波。
まさに、シニア・クライシスだ。
……いや、ちょっと言葉の使い方間違えてる気がするけど……これはまずいぞ!
アネモネも真っ青な顔で、こっちを見ている。
「ヒ、ヒデオ……どうするの?」
「強行突破、するしかないか……」
「でも、お年寄りに危害を加えるなんて……」
ゼンマーさんのときみたいに、魔物を呼び出してくれれば戦いようがあるのだけど……今回は生身の老人老婆だ。もちろん戦えば勝てるだろうけど……殴る? この人たちを?
いや、お年寄りを労る気持ちも大事だが、自分たちが、いたぶられてしまっては意味が無い。ここはやはり……戦うしか.……
迷っているうちにも、老人軍団はどんどんその数を増やしてゆく。
古い……というか、安いゾンビ映画みたいに……押し寄せるシニア津波。
絶体絶命のピンチだ。
……ど、どうする?




