不確定な未来(1)
夜――
みんなが静かに寝息を立てるなか……俺だけは1人、眠れずにいた。
不安……なのだろう。たぶん。
デバッガーとして、俺はこの『セイクリッド・ハートランド』の世界を知り尽くしている気になっていた。でも、俺というイレギュラーな存在によって、未来はだいぶ歪められてしまっている。
一番深刻なのは、勇者ウィルの死だ。
彼を失った今、俺たち『勇者亡き勇者パーティ』は、どうなってしまうのだろう?
リーダーである俺が、みんなの前で不安な顔なんてできない。
でも、だからこそ、しっかりと考えなければ……。
不確定な未来を、少しでも明るい未来へと変えてゆくために。
港町アエリアには、レベッカだけではなく、魔物使いのマルケーノフがいる。
そう、偽教皇を操って女神像を爆破させ、ウィル王子を殺した張本人だ。
でも、ゲーム世界でのマルケーノフは、そんな黒幕的な存在ではなく、ただのギャグ要員だった。もうこの時点で、俺のゲーム知識は通用しなくなっている。
ゲームのあらすじは、こんな感じだ。
・勇者ウィルは、女騎士レベッカを仲間にするため港町アエリアを目指す。
・しかし、マルケーノフはそれを阻止するため、レベッカにウィル王子の黒い噂を吹き込む。「スケベ王子」「女の敵」など、根も葉もない噂なのだが、純粋で高潔なレベッカは信じ込んでしまい、2人は敵対する。
・ウィル王子とレベッカの対決。激しい剣のやり取り。二刀流との対戦に慣れていないウィル王子が苦戦する。
・しかしそのとき、若い女性の悲鳴が響き、ウィル王子とレベッカが共闘。被害に遭った女性への紳士的な配慮を見て、レベッカの誤解が解ける。
・実はマルケーノフは、二人の戦いを盗み見ている途中、たまたま通りがかった旅の美少女に欲情し、襲ってしまったのだった。
……いや、正直ひどいシナリオだ。
話の展開に、あまりにも無理があるし、いくらギャグ要員とは言え、マルケーノフがまぬけすぎる。
シナリオをデバッグ中、腹を立てた俺は、長文のレポートを提出した。
特にマルケーノフの魔物使いという設定が、バトルにしか使われていないので、もっとシナリオにも活かしてほしいと要望を出したのだ。
だけど経験上、デバッガーのこういう改善要望が通ったことはほとんどない。
たいていは「仕様です」の4文字で拒否されてしまう。
これは考えてみれば当たり前の話で、開発中のゲームをデバッグに回す段階というのは、シナリオも絵もプログラムもほぼできている状態なのだ。下手したら、ボイスも収録済みだったりする。いくらデバッガーの意見が正しかったとしても、それを変更するには、ものすごくコストがかかるのだ。
でも、だからと言って、このシナリオはあまりにもひどい。
俺の持論として、デバッガーは開発側とユーザー側の架け橋になるべきだと思っている。
ユーザーに最高のゲーム体験を届けるため、「仕様です」の4文字にくじけることなく、バグを報告し続ける。それが俺の矜持だ。だからダメ元で改善レポートを提出した。
開発側が……というか、原作者の山田疾風怒濤がそれを見たのかどうかはわからない。
でも、現実世界のマルケーノフのまぬけっぷりが改善されているように思えることを考えると……案外、俺の改善案が反映されて、こんなシナリオに書き変わったのかも……
いや、それはそれで困ったぞ。
ウィル王子が死んでしまうような未来なんて……俺は決して望んではいなかった。
未来が……歪められている。
デバッグで得た俺のシナリオ知識が、このエリアに関してはまったく役に立たなそうな点も、大きな不安要素だ。
……いや、そういう考え方はやめよう。
ゲームを楽しむのに、シナリオ知識なんて必要ない。
それに何より……エリザの笑顔を取り戻そうと誓った俺が、暗い顔なんてしてちゃダメだ。
さぁ、ネタバレ無しで、このゲームを楽しもう。




