雨の旅立ち(2)
荒れ地を進む途中、雨をしのげる洞窟があったので(いや、デバッグで当然知ってはいるのだけど)、俺たちはここをキャンプ地とすることにした。
火の魔法で、たき火を起こし、アイテムボックスから携行食を取り出す。
「え? ヒデオ……これ、なに?」
「俺の故郷の携行食『おにぎり』だ!」
この世界にはなんと、米があったのだ。
実際の中世ヨーロッパでも、一部地域ではジャポニカ米に似た米が流通していたらしいので、ハートランド王国に米があっても特に不思議ではないのかもしれない。ものすごく高価だったが、日本人としての本能をどうしても抑えきれず、つい手に入れてしまったのだ。
お米を鍋で炊いた後、とりあえず塩むすびを作ってみたのだが、海苔がないことに気付く。
こればっかりは仕方ないので、我慢して焼きおにぎりを作ることにした。
火の魔法で焼き付けたら、簡単に具無しの焼きおにぎりが完成したのだった。
……ああ、できることなら醤油が欲しかった。
(主に金銭的に)頑張って作った焼きおにぎりだったが、みんなの第一印象は芳しくなかった。
「これ……ほんとに食べ物なの?」
「匂いはおいしそうだけど……食べ方がわかりませんにゃん」
「そのまま手で食べればいいんだよ。ほら、こんな感じで……」
そう言って俺は、焼きおにぎりを食べてみせる。
うん、うまい。
話を聞くと、みんな手づかみでものを食べること自体、慣れてないそうだ。
……確かにみんな、パンを食べる時もフォークとナイフを使ってたな。
「でもこれ……食べたらすごくおいしい!」
「ほんとですにゃん! 表面がカリッとしてて、中は柔らかくて……食べる度に、なんだか力が湧いてくる気がしますにゃん!」
「ヒデオ、料理の天才なんじゃない!?」
天才は褒めすぎだけど、料理はそれなりに得意だ。
一人暮らしが長かったし、何より貧乏なので自炊を強いられていたから、自然と料理の腕が上がっているのだろう。(全然、誇らしくないけど……)
「普通、旅の携行食って言えば固いパンか、堅い干し肉だったけど、こっちの方がずっと食べやすいし、おいしい!」
「はい。最高ですにゃん!」
絶賛してくれる2人。
ずっと黙ってるけど……エリザはどう思ってるのだろう?
そう思って、目をやると――
エリザは、静かに泣いていた。
「ん? どうしたんだエリザ?」
「……しい」
「……え?」
「おいしいんです」
「そ、それはよかったけど……でも……」
「実は、あの日以来ずっと……何を食べても味を感じられなくて……それでも、元気にならなくてはと思って、無理にでも食べて……だけど、受け付けなくて吐いてしまったり……ずっと……ずっと苦しかったんです……でも、この『おにぎり』を食べたら.……素朴で、優しい味で……ぐすっ……すごくおいしいんです」
「エリザ……」
「そんなにおいしいなら、もっとたくさん食べてよ。エリザ、ちょっと痩せちゃったよ」
『ちょっと』という言葉を使ったのは、アネモネなりの優しさなのだろう。
実際、エリザは痛々しいほどに痩せ細ってしまっている。
味覚を取り戻した彼女の、笑顔を取り戻したい。
でも、それはまだ先になりそうだ。
「ヒデオさんと旅をすると、これが毎日食べられるんですかにゃん?」
「ああ。おにぎりは旅の必需品だ。たくさん作ったし、材料になる米もアイテムボックスに大量備蓄してあるぞ」
「すごい! 私、ここん家の子になって、良かったですにゃん!」
「そんな、飼い猫みたいに言わないでよ」
こんな風に、明るい旅を続けていれば……
エリザだって、いつかきっと笑ってくれるはずだ。
空を見上げると、長い雨が上がり……雲間から少しずつ、陽の光が差し始めていた。




