絶望のスタンピード(4)
魔物を蹴散らしながら大聖堂へと向かう。 見上げると、その上部から紫色の煙がもくもくと上がっていた。
「ヒデオ、この匂いは……」
「ああ。タルカスの村で見つけた魔香炉と同じだ」
「まさか……教会の連中があたしたちの村を?」
「それも確かめないとな」
人々を救うはずの教会が、組織的にスタンピードを起こしていたとしたら……これはとんでもないスキャンダルだ。
「魔香炉は最上階だ。急ごう!」
「わかったわ!」
大聖堂の扉を開けると、わらわらと魔物が出てくる。 しかし、今日一日で大幅にレベルを上げた俺たちの敵ではなかった。
「けほっ、けほっ! 中は煙がすごいね」
「窓を破壊しながら進もう」
「りょーかい!」
精緻なステンドグラスを破壊するのは気が咎めたが、換気のためには致し方がない。 というか……不謹慎だけど、ちょっとこれ楽しいかも。
様々な意匠を凝らしたステンドグラスが、俺たちの攻撃であっという間に砕け散る。 そして飛び散った破片が陽の光を浴びてキラキラと輝く……それがすごく綺麗で、ちょっとクセになりそうだ。
「ねぇ、ヒデオはセレス教徒じゃないの?」
「ああ。ウチは代々仏教だ」
「そっか、だからそんな楽しそうに大聖堂を壊せるのね……」
「あ、いや……俺はあくまで換気が目的で……」
「まぁいいわ。急ぎましょ」
――どうやら、楽しんでいるのがバレてしまっていたらしい。
◇
大聖堂の最上階。 フロアの中心には、巨大な香炉が作り付けられていて、そこから紫色の煙がもうもうと吐き出されていた。
「大聖堂そのものが……巨大な魔香炉として設計されている……エリザの言葉、どうやら本当だったみたいだな」
「そ、そんな……」
それはつまり、教会が組織ぐるみでスタンピードを起こしたということを意味する。 敬虔なセレス教徒であるアネモネにとって、それは信じたくないことだった。
「こいつを破壊するぞ」
「うん」
しかし、それを阻む者がいた。
「おやめなさい」
「あなたは……?」
「教皇聖下!」
大聖堂に教皇がいるのは、別に不思議なことではない。 しかし、これだけ魔物だらけの場所に、セレス教最高位の人物がいるのは、だいぶ違和感がある。
「なぁ、いつから教皇に化けていた?」
俺はカマをかけてみることにした。
「ん? どういう意味ですかな?」
「この世界には、『ディセプター』という魔物がいる。そいつは擬態が得意なんだ。この魔物自体はそれほど強くないし、知能も低いから大した害はないんだが……魔物使いのスキルを持ったヤツに利用されると、ちょっと厄介なことになる。教皇、あんたはディセプターの化けた姿なんじゃないか?」
もちろんこれも、デバッグで得た知識だ。 しかし、教皇は一切表情を変えない。
「女神よ……この者をお許しください……」
そう言って目を瞑り、祈り始めた。 俺は構わずに続ける。
「この半年、教皇は公の場に姿を現す機会がめっきり減ったと聞いている。たまに顔を出しても、賜剣の儀の時のように必要最低限の言葉で済ましていた……それは、正体がバレることを恐れたためじゃないのか?」
「な、何を言っておられるのやら?」
「そしてこの半年の間に、大聖堂の改修工事が行われた。表向きは賜剣の儀に備えて……という名目だったが、果たしてどうなのかな?」
「だ、黙りなさい!」
「確か港町アエリアに、名の知れた魔物使いがいたな……名前は確か、マヌケーノフ?」
「し、失礼な! マヌケじゃありません! マルケーノフです! マ・ル・ケー・ノ・フ!」
急に甲高い声になって否定してくる。
「ふっ、わざわざ名乗ってくれてありがとう。マヌケーノフ」
「……あぐっ!」
「つまり、ここにいる教皇は、ディセプターが化けた偽物で、魔物使いのマヌケーノフが遠隔操作してるってわけだな?」
「な、何を言っておられるのやら?」
また急に教皇風の口調になって誤魔化しようとしているが、もう手遅れだ。 名前通り(?)、こいつが間抜けで助かった。
「この期に及んで、まだシラを切る気か? だったら仕方ない。ディセプターが化けているかどうかは、こいつを使えばすぐにわかるからな」
俺はアイテムボックスから塩を取り出し、教皇に振りかけた。
「ぷはっ! な、なにを……うごべばがはっ!!!」
教皇の顔が、みるみる歪んでゆく。
ディセプターはスライム系の魔物だ。 だから塩をかけると水分が奪われ、変身状態が保てなくなるのだ。
あっという間に緑色のゲロ状になった“元教皇”を見下ろして、アネモネが冷たく言い放った。
「ヒデオ、こいつ倒しちゃっていい?」
「ああ、任せる」
セレス教徒であるアネモネにとって、教皇に化けるというのは許しがたいことなのだろう。 握った短剣にいつも以上の力を込めて突き刺す。
「ぐげぎゃーーー!!」
ディセプターは、一瞬で砕け散った。
「あたし、こんな魔物がいるなんて知らなかった。でもヒデオは正体の暴き方も知ってて……何でそんなに詳しいの? あ、これもやっぱり、守秘義務があるから言えない?」
「ああ。すまないな」
いつかちゃんと、話さなきゃいけないだろうな……。 そう思いながら、俺はアネモネに声をかけた。
「さぁ! 魔香炉を破壊するぞ!」
「うん!!」
こうして俺たちは、王都のスタンピードを鎮圧した。 ただ……そのために失った犠牲は、あまりにも多かった。
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