~閑話~ デバッガーのジレンマ
明日は『賜剣の儀』だ。
俺はただ、勇者誕生という歴史的瞬間を見守るだけの脇役だけど、それでもソワソワして眠れない。
……眠れないと、ついいろんなことを考えてしまい、余計に眠れなくなるのが俺の悪い癖だ。
例えば……デバッグについて……
◇
『デバッガーのジレンマ』という言葉がある。
……いや、ない。たった今俺が考えた。
ただいつも思うのは、デバッグという仕事をしてると純粋にゲームを楽しめなくなるような気がする……ということだ。
実際、最初にデバッグをするバージョンなんて、とんでもない未完成品で、曲やボイスも当然入ってないし、グラフィックもほとんどが仮絵。テキストも誤字だらけで、キャラクターの動きも雑。つまり、超クソゲーなのだ。
そのクソゲーを、隅から隅まで細かくチェックして、開発チームに報告。さらに、その修正を確認するまでが俺たちデバッガーの仕事なわけで……前にも書いたけど正直、ものすごく地味な作業だ。
もちろん、素材ができあがる度にゲームの完成度が上がってゆくので、それを見守る充実感みたいなものはある。でもその頃になるともう、シナリオも飽きるほど読んでるし、絵も見飽きてるし、音楽も聞き飽きている……と、純粋にゲームとして楽しめるような状態では無くなっているのだ。
よく『趣味を仕事にするって素晴らしい』みたいな言葉がある。
もちろんそれは否定しない。
でも、趣味を仕事にしてしまうと、その人はその瞬間から、『自分の最大の趣味』を失ってしまう……そういう考え方もできる。
俺は昔からゲームが大好きで、この仕事に就いたのもゲーム開発に関わりたいという想いからだった。
今でも新作ゲームが出ると、発売日に買っている。
ただ……夢中になってゲームを遊んだ学生時代と比べると、どうしても職業病というか……つい誤字を探してしまったり、うっかり致命的な止まりバグを見つけてしまったり……と、昔ほど純粋に楽しめていないことに気付く。
おっと、ついネガティブなことを書いてしまった。
もちろん俺は、このデバッグという仕事に誇りを持っている。
地味だけど、物作りに参加できている充実感もある。
自分の名前がスタッフロールに載っているのを見ると、例え末席でもすごく感動する。
で、結局ここで何が言いたいのかというと……。
俺は、この『セイクリッド・ハートランド』というゲームを、心の底から楽しみたいと思っているのだ。
デバッガーとしてではなく、いちプレイヤーとして。
実際、【ENTRY_OFF】を解除してウィル王子と共闘した時、すごく楽しかった。デバッグコマンド自体は便利なスキルだから、今後も使うとは思うけど、ほどほどにしたいと思うようになってきたのだ。
最初は、デバッグコマンドをフル活用して、『俺つえー』を楽しもう……そんなふうに考えていた時期が俺にもあった。でも、あのウィル王子が努力に努力を重ねて強くなったと知り、チートして強くなった自分が恥ずかしい……とまでは言わないけど、だいぶ居心地が悪くなり始めているのが正直な今の気持ちだ。
みんなが真面目にコツコツ頑張ってるなかで、自分だけ楽して成果を得るのはなんか申し訳ない……そう思い始めているのだ。
「勇者の称号はヒデオにこそ相応しいのではないか?」
ウィル王子がこう話すをの聞いた時、俺は正直、戸惑った。
言うまでもなく、この世界の主人公は勇者ウィルなのだ。
チートを使って強くなった俺が、あまり前に出すぎると、勇者ウィルの冒険譚そのものが歪んでしまう危険性がある。
ウィル王子の仲間……できれば親友として、共にこの世界を救う!
そして、ウィルとエリザの恋の行く末を、後方腕組みおじさんとして見守ってゆく……そんなポジションが望ましい。
あ、今つい『おじさん』と書いてしまったけど、俺は32歳。決しておじさんではない。ただ……自分では認めたくないけど、ちょっと老け顔だとはよく言われる。32歳なのに、おじさんいじりされるのは、たぶんそれが原因なのだろう……って、俺は何を言ってるんだ?
とにかく、この世界を心の底から楽しむために、デバッグコマンドは極力封印して『ここぞ』という時に使おう。俺はそう心に誓った。
まぁ、デバッグコマンド自体、ちょっと使いにくいところがあって、【ENTRY_OFF】を使うと敵が出ない分、経験値などは入らないし、【WIN_BATTLE】もボスバトルを含むイベントバトルには無効だし、【FAST_TRAVEL】も一度行った場所にしか移動できないし……と、だいぶ制約があるので、これまでもその『ここぞ』ってタイミングですら、使えなかったという経緯はあるのだけど……。




