異世界?転生?(1)
「君は誰だ? そこで何をしている?」
背後から、俺を咎めるような声が聞こえてきた。 慌てて振り向くと、そこには初対面だが見慣れた顔があった。
「あ、あなたは……!?」
このゲーム『セイクリッド・ハートランド』には、7人の主人公が登場する。 彼らは『セイクリッド・セブン』と呼ばれていて、プレイヤーは好きな主人公を選んでゲームを始められるというシステムになっている。
今、俺の目の前にいるのは、『セイクリッド・セブン』の中でも特に女性人気の高いウィリアム=ブレイブハート。 ハートランド王国の第一王子だ。愛称はウィル。
誠実で、誰にでも優しい性格。正義感が強く、剣の腕前も王国一。 しかも爽やかなイケメン……という完璧人間だ。
先日も、雑誌の企画で行われた『発売前人気投票』で、堂々の総合第一位だった。
ゲームをデバッグしていて飽きるほど見たはずの顔だが、こうして実際に本人を目の当たりにすると、そのハリウッド俳優のようなゴージャスなオーラにクラクラする。
「君、怪我をしているじゃないか! 大丈夫か!?」
「え、ええ……なんとか」
「私は、ウィリアム=ブレイブハートだ。君は?」
「タケベ・ヒデオです」
「安心してくれ、タケベ殿。すぐに治療するからな。おい、エリザ。来てくれ!」
ウィルがそう声をかけると、物陰から金髪碧眼の美少女が現れた。
「彼女はエリザベス。私の友で、回復魔法を得意とする賢者だ」
「初めまして、タケベ様。お話は聞かせていただきました。すぐに治療いたしますね」
エリザもこのゲームの『発売前人気投票』で圧倒的な男性得票数を誇るヒロインだ。 清楚な美少女なのに巨乳……というギャップが支持されている要因らしい。
ストーリーが進むとウィルと恋仲になるのだが、今のところただの旅の仲間という距離感に見える。
「肩の傷、よく見せてくださいね」
「は、はい……」
至近距離に超絶美少女……。 32年間モテない人生を歩んできた俺にとって、こんな経験は初めてだった。 怪我をした肩の痛みより、むしろ心臓がドキドキと痛い。
息がかかるような近さで、エリザがそっと目を閉じる。
すると、その両手に柔らかな光が生まれ、広がってゆく……。 その姿は、まるで天使のような美しさだった。
「傷を癒したまえ……ヒール!」
光はゆっくりと俺の右肩に移動し、さらに明るく輝き出す。
それと同時に、優しく包み込まれるような温かさを感じ……気が付くと、あれだけ強かった痛みが、嘘のように消えていた。
「すごい……これが回復魔法?」
体力の回復なんて、ゲームの中では当たり前に行っているけど、実際に身をもって体験するのは初めてだった。 俺が感動していると、ウィルが優しく声をかけた。
「君はあまり戦い慣れていないようだな。魔物に襲われたのかい?」
「はい……いきなりフェンリルに襲われて……彼が……」
そう言って、二階堂主任の死体を指差す。
「友人か? 気の毒にな……」
生前はあまりいい関係とは言い難かったけど……こうして彼の死を目の当たりにすると、なんとも言えない寂しさを感じる。
「ごめんなさい。 亡くなってしまった方は、私の回復魔法では……」
エリザも悲しそうに目を閉じ、二階堂主任の冥福を祈った。
ゲームでは戦闘中に倒されると、HP1の気絶扱いになるのだが、やはりリアルではそんなヌルい仕様ではないようだ。
「ご遺体は、後で城の者に運ばせ、埋葬しよう。それよりもタケベ殿を安全な場所までお連れしないとな。この辺りは強い魔物が多く出る」
「何から何まで、ありがとうございます」
しかし、王子の言葉とは裏腹に城下町に辿り着くまで、魔物とは一切遭遇しなかった。 よく考えたら、デバッグコマンド【ENTRY_OFF】を実行済みだった。
だが、そのことをウィルたちに説明するわけにはいかない。
「不思議なこともあるものだ。フェンリルたちが一匹も現れないとはな。タケベ殿、あなたはよほど運がいいらしい」
「ま、まぁ……そうかもしれませんね」
「幸運の女神に愛されし者……あなたのことは、ラッキータケベと呼ばせてもらおう」
「まぁ! ラッキータケベ……素敵な響きですね」
あ、いや……そんな『ラッキーすけべ』みたいな呼ばれ方はちょっと……と、そう思ったが、この本格RPGの世界の住人に『ラッキーすけべ』について説明するのが妙に照れくさくて、俺はずっと黙っていた。




