デバッグアルバイトのお仕事(3)
「そ、そんな……」
生まれて初めて目撃する人間の死―― 俺はその場で呆然と立ち尽くしていた。
目の前には、鮮血に染まった死体……見慣れた人物の死体。 そして吐きそうになる程に不快な、血の匂い。
「二階堂主任が肉塊に……」
図らずもこれまでの人生で最悪に趣味の悪い駄洒落を呟いてしまった気がするが、もちろん笑う気にはなれない。 というか、まるで洒落にならない。
なぜなら、このまま何も手を打たなければ、ほんの数秒後――俺もまた同じような肉塊になる運命だからだ。
「がふっ! がふっ!」
見るとフェンリルは、主任の腹を食い破り、腸を引き摺り出している。見ているだけで吐きそうだ。
今のうちに逃げよう……そう思った瞬間、奴と目が合った。
「グルルッ!」
おっと、もうひとつ獲物が残っていた。 そんなヤツの思考が確かに伝わった……気がした。
これはヤバい。死ぬ。間違いなく死ぬ。
「グァァァァーーーッ!!」
瞬きする間も無く、フェンリルが俺に襲いかかってくる。 必死に避けるが、右肩に激しい痛みが走った。
「ぐはっ!」
一気に血の気が引く。 死の恐怖が……ますます現実味を持って俺にのしかかってくる。
フェンリルの目がギラリと光った気がした。 獲物を追い詰め、勝利を確信した表情だ。
「こんなところで……死にたくない……」
その時―― 俺の左腕が無意識に動き、架空のキーボードを叩いた。
「Ctrl」+「Shift」+Z……デバッグコマンド起動!
時間が止まった。
俺の目の前には、見慣れたウィンドウが浮いている。 デバッグの仕事で、嫌というほど見たデバッグコマンドのウィンドウだ。
俺はその中から【WIN_BATTLE】のコマンドを選び、実行する。
ズバババーーン!!
聞き慣れた『会心の一撃』のSEと共に、フェンリルの巨体が四散した。
「か、勝った……」
直後、レベルアップのSEが3回鳴り、俺のレベルは4まで上がった。
……しかし、とても喜ぶ気にはなれない。
安堵と疲労……そして右肩の激しい痛みで、俺はその場にへたり込む。
頭の中で、さまざまな感情がぐるぐる回る。 異世界転生、魔物の襲撃、二階堂主任の死……
この先俺は、どうやって生き延びればいいのだろう? 言いようのない不安感が重くのしかかってくる。
……いや、待てよ?
この世界が、本当に『セイクリッド・ハートランド』なら……俺は誰よりも詳しい知識を持っている。 マップも敵もアイテムもストーリーも、全部頭に入っている。
デバッグの仕事で何百周もプレイしたゲームだ。 この知識さえあれば、俺はこの世界で誰よりも有利に立ち回れるのではないか?
加えて俺には、デバッグコマンドがある。 うまく活用すれば、これはチート級の能力だ。
よし! やってやろう!
「さぁ、デバッグの時間だ!」
デバッグコマンドを開き、【ENTRY_OFF】を実行する。 これでこのマップには敵が出現しなくなるはずだ。
まずは王都に行って怪我の治療をしよう。 そう決意して歩き出した直後――
「君は誰だ? そこで何をしている?」
背後から、俺を咎めるような声が聞こえてきた。




