デバッグアルバイトのお仕事(2)
――気がつくと俺は、ひんやりとした土の上に仰向けになって倒れていた。
さっきまで働いていたオフィスとは明らかに違う場所……ここは、あの世か? 俺は死んだのか?
恐る恐る立ち上がり、辺りを見回す。 すると――
目の前に、さっきまでデバッグをしていた『始まりの森』のマップが広がっていた。
「やけに解像度が高いな。それにこのマップ……VR?」
まるて俺自身が、本当に森の中にいるような……そんなリアルな感覚がある。 そして何より、深い森の香りがする。
「いつの間に、匂い付きのゲームが?」
……いや待て、落ち着け俺。
この世界……ゲームにしてはあまりにもリアルすぎる。 頬に感じる風、木漏れ日の暖かさ、草を踏み締める感触…… それら全てが、圧倒的な現実感を突きつけている。
「これは……いったい……?」
俺が途方に暮れていると、背後から聞き覚えのある声で呼び止められた。
「あれぇ? ひょっとして、ひでおっさん?」
慌てて振り返ると……そこには二階堂主任が、ニヤニヤ笑いを浮かべながら立っていた。
「何だよ! どうせ夢なら、もっと可愛い女の子とか出せよ。こんなおっさんの出る夢とか最悪だよ!」
「は、はぁ……」
悪口を言われていることはわかるのだが、あまりにも現実味がなくて理解が追いつかず、つい間抜けな返答をしてしまった。
しかし、二階堂主任は俺に一瞥もくれずに喋り続ける。
「どうせこれ、異世界転生の夢とかだろ? ほら、ひでおっさんがよく読んでるヤツ。くっだらねぇ! お約束が過ぎるんだよな! 多分こうやって『ステータスオープン!』って言うと、ステータスウィンドウが……」
主任のニヤニヤ笑いは、いつの間にか驚愕の表情になっていた。
「ほんとに出た! マジかよ?」
見ると主任の目の前に、板状の物体が浮かんでいる。 青く半透明のそれは、俺のいる場所からは読むことができない。
「二階堂ユージ、27歳。男性。レベル1。職業:戦士。称号:異世界の漂流者。スキルは……なし? 嘘だろ? こう言うのって、転生した代償にすげぇスキルを手に入れるのがお約束だろーが! それを何だよ? 女神様ちゃんと仕事をしろよな!」
さっき異世界転生ものを『くっだらねぇ』と馬鹿にしてた割には、やけに詳しい感じの怒り方だ。
それはまぁいいとして、問題は彼の称号だ。 異世界の漂流者ってことは……やはり、俺たちは異世界転生したってことに……いや、まさかそんな……?
「おっさん、あんたはどうなんだよ? どうせろくでもねぇステータスなんだろ?」
もう、『ひでおっさん』と取り繕う気もなく、おっさん呼ばわりをしている。 しかし俺は気にせずにステータスを開き、読み上げてみた。
「ステータスオープン!
……あ、俺もステータスウィンドウ開けました。読み上げますね。
竹部秀夫、32歳。男性。レベル1。職業:デバッガー。称号:異世界の漂流者。スキル:デバッグコマンド……ですね」
読み上げている途中から、二階堂主任が爆笑し出した。
「ヒャッハッハ! 職業がデバッガーで、スキルがデバッグコマンド? どこまで社畜なんだよ! せっかく異世界の夢を見てるんだから、もう少しファンタジーな設定にしろっての!」
「いや、そう言われても……」
二階堂主任は、あくまでも『夢』だと決めつけているが、俺にはとてもそうは思えない。
この世界……あまりにもリアルすぎるのだ。 夢ならどんな悪夢でもいつか覚める。しかし、これが現実だとしたら……
俺のこういう嫌な予感は、昔から外れた試しがない。 そして今回も――的中してしまった。
「ガルルルルルル!!」
目の前に巨大な狼の魔物――フェンリルが現れたのだ。
「おっと、意外な急展開だな。でも俺の職業は戦士だ。返り討ちにしてやるぜ!」
「だ、ダメです! 主任!」
フェンリルの想定レベルは6だ。 レベル1の俺たちが倒せる相手ではない。
しかし、主任はこれを夢だと思い込んでいるので、まるで危機感がない。
「グルル……グォーー!」
フェンリルは、こちらを睨みながら唸り声を上げている。 なんとかして……助かる方法を考えなければ……
「くらえっ! あぐっ……」
俺の制止も聞かず、フェンリル目掛けて剣を振り下ろした主任は……喉笛を噛みちぎられ、一瞬で動かなくなった。




